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瀬名 紫陽花
MIRAN@新作短編集公開!!
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【その日の夜】
夜の神社は、昼とはまるで別の顔をしている。
灯りは少なくて、空気は澄んでいて、
虫の声だけが、規則正しく流れていく。
カチ、カチ。
僕は門の上に座って、月を見ていた。
昼間に止めたり動かしたりした時間が、今は素直に流れている。
「……いた」
下から、静かな声。
「おー」
覗き込むと、駿がいた。
さっきまでの切羽詰まった感じはなくて、
肩の力が抜けている。
顔も——
少し安心した顔。
「もう大丈夫そうじゃん」
僕が言うと、駿は小さく笑った。
「……うん。間に合った」
「そりゃ良かった」
僕は門から降りて、駿の前に立つ。
夜風が、二人の間をすり抜ける。
「さっきは……助かった」
「ん?どっちの“さっき”?」
「……両方」
駿はそう言って、胸元のお守りに触れた。
「時間が足りなくて、焦って……
でも、ここに来たら……」
言葉を探すみたいに、一瞬だけ視線を落とす。
「……戻れる場所があるって思えた」
その声は、もう震えていなかった。
僕は少しだけ目を細める。
「それな」
軽く、でもはっきり言う。
「ここは、そういう場所だよ」
駿は、月を見上げた。
「……不思議だな」
「何が?」
「止まった世界より……
こうやって普通に話してる今の方が、落ち着く」
「はは」
僕は笑う。
「それ、成長ってやつ」
駿は苦笑いする。
「……時間、止めなくても……
大丈夫な気がする」
「“今夜は”な」
「……うん」
否定しないところが、駿らしい。
少し沈黙。
虫の声。
遠くで、風が木を揺らす音。
「なぁ」
駿が先に口を開いた。
「最初に会った時さ」
「ん?」
「自分だけ動けたの、覚えてる」
「忘れるわけねーだろ」
「……あの時、怖かったけど」
駿は、ゆっくり続ける。
「今思うと……
止まらなかったの、良かった」
「だろ?」
「……止まってたら、ここまで来れてない」
その言葉に、僕は一瞬だけ、何も言えなくなる。
「……ほんと、お前さ」
「?」
「ちゃんと分かってきてるよ」
駿は照れたように、少し視線を逸らした。
「今日は、もう頼まない」
「お」
「この時間は……流れてていい」
「いい判断」
僕は門の柱にもたれて、腕を組む。
「じゃあ、帰れ」
「……冷たいな」
「安心した顔見れたから、十分」
駿は小さく笑って、一礼する。
「また来る」
「時間足りなくなったらな」
駿は振り返って、夜道を歩いていく。
その背中は、昼より少し軽かった。
僕は門の上に戻る。
カチ、カチ。
止めなくていい夜。
進んでいい時間。
「……ま、今日はこれでいいか」
月を見上げて、僕は静かに笑った。