上手く月子を売り込めなかったな。
使いすぎてヘロヘロになった新聞紙の兜で殴られそうだ、と思いながら、唯由は社食に向かう。
連絡とってやってくれって頼まれたって道馬さん言ってたし。
おとなしい月子というのも不気味だし。
もしかして、月子は道馬さんが好きなのではないだろうか。
そんなことを思いながら、社食に行き、ほかほかのライスとヒレカツとサラダとコーヒーをとってみんなの席に行くと睨まれた。
「あんた、今、道馬さんと連絡先交換してなかった~っ?」
スマホのやりとりをしていたので、誤解されたようだ。
「違うよ。
雪……」
雪村さんからの電話を切られたんだよ、と言うのもな、と思い、黙ったが、そのままだと勘違いされたまま殴られそうだった。
「月……」
おっとっ。
月子が道馬さんを好きみたいで、なんて話題も危険だ。
そもそも、月子誰よと言われそうだし。
そこでまた口ごもると、後ろのテーブルから、
「雪、月、と来たら、花かしら」
と言う声が聞こえてきた。
美菜だ。
雪月花か。
いや、花子や花男の話題はないです、と唯由が思っていると、美菜が言う。
「道馬なんかにこだわらなくても、私がいい男紹介してあげるわよ。
実は、週末のコンパ、急に事業部のイベントの手伝いに駆り出された子たちがいて、女子、足らなくなっちゃって」
はいはいはいっ、とみんなが手を上げる。
「大野さんのコンパッ、グレード高そうっ」
だが、美菜は、えー? と眉をひそめる。
「こんなにたくさんはいらないなあ」
「じゃ、じゃあ、じゃんけんでっ」
と言う正美たちに、美菜はテーブルの上にあったスマホを取りながら言う。
「あー、やっぱ、いいわよ。
全員来ても」
ほんとですかっ? とみんな、身を乗り出した。
「向こう増やしてもらえばいいわよね。
せっかく、これだけの美女軍団が来るって言ってるんだから、向こうも嫌とは言わないでしょ」
美菜は早速スマホで何処かに連絡をとっている。
「さすが、大野様っ」
「さすが、姐御っ」
「さすが、親分っ」
「……親分はやめて」
姐御はいいんだ……と思いながら、唯由はヒレカツについていた市販のタレをかけていた。
「唯由は?」
美菜主催のコンパに行けるとなって、急に心が広くなった正美が唯由に訊いてくる。
手を上げなかったからだろう。
「あ、私は……」
唯由が断る前に、高速でメッセージを打ちながら、美菜が言ってきた。
「ああ、その子はいいの。
ヤンバルクイナ飼ってるから」
ヤンバルクイナ……? とみんなが訊き返してくる。
「野鳥の会とか入ってるの?」
と範子が不思議なことを訊いてきた。
それくらい日常生活に出てこない、ピンと来ない単語だからだろう、ヤンバルクイナ。
いや、野鳥の会の人、絶滅危惧種を飼っては駄目なんでは……と思いながら、唯由はヒレカツにかぶりつく。
熱々だから、これはこれで美味しいけど、やっぱり、おばあちゃんちのが美味しかったな、と豚大量虐殺の昼食を思い出していた。
困ったようにだが、おじさんたちに酌をして回っていた蓮太郎の姿も思い出し、唯由はちょっと微笑んだ。
「待ってください。
電話が切れている」
みんながまだ、ああでもない、こうでもないと唯由と蓮太郎の旅行について揉めている中、蓮太郎はようやく電話が切れていることに気がついた。
「この敷地内にも電波の調子が悪い場所があったんですね」
スマホを見ながら蓮太郎が言うと、
「いや、それ、切られちゃったんじゃないの~」
と事務員さんたちが言って笑う。
「もう一回電話して、今度はビシッと決めなさいよ、蓮くん」
「そうそう。
女はなんだかんだで強引な男に弱いのよ」
「好みのタイプに限るけどね~」
女性陣は次々とそんなことを言い、笑っている。
……好みのタイプ。
蓮形寺の好みのタイプとはどんな男だろうか。
少なくとも、王様ゲームでいきなり下僕になれとか言い出す男ではないような。
唯由のおかげで、蓮太郎にも少し常識が芽生えはじめていた。
だが、まるきり常識に寄ってしまうと、そもそも、王様ゲームからはじまり、愛人関係な自分たちの関係がなかったことになってしまう。
蓮太郎は、心の中にちょっとだけ現れた常識をそっと箱にしまった。
「昼休みも終わりですね。
じゃあ、もう一度、電話してみます」
「すごいねー、れんれん。
そこは迷わないんだね~。
また断られたらどうしようとか思わないんだね~」
感心したように紗江が言う。
また断られたら……。
そういえば、断られたな、さっき。
みんなが陽気にしゃべってる中だったから気にならなかったが。
俺は断られるのだろうか……?
王様で下僕な関係からはじまったはずなのに。
今は何故か下僕の言動にビクビクしている、と思ったとき、事務員さんたちが声をかけてくれた。
「蓮くん、頑張れっ」
ありがとうございます。
また、今度、行列のできる店のなにかを持ってきます、と蓮太郎は心に誓う。
「ビシッと決めるんだよ、蓮くんっ」
電話がつながり、
「はい」
と唯由の声がした。
大きく息を吸い、
「お……」
お前のやりたいこと、なんでもさせてやるから、俺に礼をさせてくれ、と言おうとした。
が、唯由の言葉の方が早かった。
「すみません。
さっき、電話切っちゃって。
あの、うちのおばさんがやってる温泉宿があるんですけど。
そこでよければ、一緒に行きませんか?」
蓮太郎は次の言葉が出ずに沈黙する。
「温泉宿に行きたいんですよね? 雪村さん」
いや、俺はお前に礼がしたかっただけなんだが……。
「よく考えたら、雪村さんには結構お世話になってるなと思って。
おばさんのところなら、お母さんたちも文句言わないと思いますし。
いつなら空いてますか?
結構人気の宿なんで、キャンセル待ちになるかもしれませんけど。
空いてる日にちを教えてください
キャンセルが出たらご連絡いたします」
仕事モードで言ってくる唯由に、テキパキと話を進められる。
キャンセルが出て都合がつけば、即、旅行に行くことになってしまった。
いや、なってしまったって。
行きたかったからいいのだが……。
スマホを切った蓮太郎は息をつめてこちらを見ている事務員さんたちの方を向く。
「……ビシッと決められました」
と言って、みんなに吹き出された。
「やっぱり、蓮形寺さん、蓮くんに似合いの人だわ~」
そう言い、梅田も笑っていた。
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