「赤い巨大なグイヤのような生き物か。よく無事でしたね」
リージョンシーカー本部では、兵士がグラウレスタでの出来事を、素敵な髭を生やした男に報告していた。
ちなみにグイヤとは、ファナリアに生息するイグアナのような姿の、無害で小さな生き物である。
「相手の先制を撃ち落とせたのが大きいですね。それにシーカー達の未知の生物への対処も完璧でした。我々だけではどうする事も……」
「ああ、その代わり兵士のように人への対処は上手くない奴が多いのです。だから落ち込む必要はないですよ」
適材適所。シーカーと兵士では専門分野が違うだけの事である。
その言葉に少しホッとした兵士は、戦闘の様子を伝え、部屋を出て行った。
「しっかし、巨大生物か。まだまだあそこは分からない事が多いな」
「そりゃそうであろう。われわれはまだ、グラウレスタのいりぐちで、まごついているにすぎん」
部屋の奥から子供の声が聞こえてきた。
「……総長? いないと思ったら……いつからそこにいたのですか?」
声のした方を向き、その主を目で探しながら質問を投げる男だが、声の主が見つからない。
「さいしょからだ。はいってくるなり、じゅうようなハナシをはじめるから、どうしようかとおもってたぞ」
「はぁ……」
「と、ところでロンデルふくそうちょう? つくえのヒキダシをあけてくれないか?」
声に従って、ロンデル副総長は机に向かい、一番大きなひきだしを開けてみた。
そこにはなんと、アリエッタよりも小さな幼女が丸まって入っていた。
「た、たすかったぁ~。でれなくて、もうちょっとで、なくトコロだった……」
「何やってるんですか総長……」
幼女をひきだしから出しながら、呆れながら説明を求める。
「いやな、キンキュウジタイということで、おとなしくタイキしていたのだが、おまえのノックがきこえたときに、あわててしまってな。イスからおりようとしたら、ひらきっぱなしだったヒキダシにつまづいて、そのままアタマからころがりこんで、なんととじこめられてしまったのだ」
「……はぁ」
「なんとかタスケをよぼうとしたら、もうひとりいるのにきづいてな。はなしがおわるまで、ガマンしてたとゆーワケなのだ」
「その見た目で、体裁とか雰囲気とか気にしても仕方ないんで、我慢とかしないでくれませんかね?」
中々見事なドジっぷりに、もうため息をつくしかなかった。
この幼女は、ピアーニャ・セグリッパ。リージョンシーカーの総長であり、創始者の一族である。
「なにおう! わちのカリスマせいがうしなわれたら、どうするのだ!」
「そんなもの最初からありませんって。祖父の代から言われ続けているじゃないですか」
「ふんっ! そんなもの、アテになるか!」
自分の好みじゃない評価は、決して聞きたくない総長であった。
「とりあえず、トウバツしたせいぶつを、みにいくぞ。どこにあるのだ?」
「ニーニルですよ」
「ん? ここではないのか」
「はい、本部よりもグラウレスタに行き来する人が多いから、有力な情報がある可能性が有るかもしれないという理由で、そちらに運び込んだそうです」
一応話は全て聞いていたが、閉まったひきだしの中からでは、会話は聞こえにくい。その為総長は、所々聞き逃していた。
普段塔で使っている人用の装置とは違い、大きな物体…木や大道具などを転送する為の装置を使い、例の生物の死体をファナリアへと運び込んでいた。
「なるほどな。ならば、ゆくぞ」
幼女な総長は、カッコよくマントを翻し、部屋を出た。だが、その姿をカッコいいと思う人は、未だかつて誰1人として存在した事は無かった。
「ん……む……」
「はうん……」
すっかり夕方になり、クリムの腕の中で、アリエッタがモゾモゾと動き始めた。
(なんだ? やわらかい……こんな気持ちのいい布団あったっけ?)
寝ぼけて頭を動かすと、それに合わせて枕の形が変わる。そしてクリムの頬が少し紅潮する。
「んはぁ…甘えられるのが嬉しすぎるし。これがママの気持ちだし?」
「何目覚めてるのよ。アリエッタ、そろそろ起きるのよ」
パフィが肩を叩くと、パチクリと目を開けて、キョロキョロと辺りを見渡すアリエッタ。
「んー?」(……あれ? 寝ちゃってた? でもここは……?)
「おはようなのよ」
「おはようだし」
すぐ近くから聞こえる挨拶に反応して見上げると、目の前には見知ったお姉さんの顔がある。
「くりむ? おあよ?」
「はぁ〜、この子寝ぼけちゃってるし。そんな顔も可愛いし」
(あれ? なんか近くない? ん? んんん?)
徐々にアリエッタの頭が冴えてくる。
(ちょっと待って、僕は何を枕にしてるんだ!? こんなに柔らかくて気持ち良い……!?)
意識がハッキリしてきて、今の状況が見えてきた。なんと、クリムの胸に頭を預けているだけでなく、手も置いて密着している。
「ふにゃあああ!?」
「おっと、危ないのよ」
慌てて離れて落ちそうになるも、パフィがキャッチ。もっと柔らかい枕に包まれてしまう。
「ぱひーっ!?」(なにこれどうなってんの!?)
パフィに抱えられてしまっては、もう子供の力では抜け出す事は出来ない。混乱して少し暴れた後、大人しくなった。
「驚かせちゃったみたいだし」
「クリムと一緒なのは初めてだから、仕方ないのよ」
「くりむ!? ぱひー!? あわわ……」(あわわわわ……ごめんなさいごめんなさい! 謝るのってどう言えばいいんだ!?)
すっかり目が覚めて、大慌てのアリエッタ。しかしその時、
くぅぅ〜〜〜……
アリエッタのお腹から、気の抜ける音が鳴った。
音を出した張本人は、みるみるうちに赤面し、抱えられた状態で下を向き、他の3人は一斉に暖かい視線を送った。
「…………はっ! いけないし! 急いで晩ごはん作るし!」
すぐにクリムが、何も作ってない事を思い出し、立ち上がる。
「アリエッタちゃんの分も作るし、アンタたちもついでに食べていくし。パフィ手伝うし!」
「分かったのよ、アリエッタはミューゼと一緒に待ってるのよ~」
パフィはアリエッタを降ろし、クリムと一緒にキッチンへと向かっていった。
残されたアリエッタは、お腹を抑えて俯いているところを、ミューゼに捕獲されてしまう。
「う〜〜〜」
「恥ずかしがっちゃって、可愛いなぁ。あの2人の料理はおいしいから、良い子で待ってようねー。またお絵かきする?」
言いながら、杖から紙を出してみた。
「かみ!」(描いていいの!?)
「ふふ…本当に絵が好きねぇ。はいどうぞ。炭筆は……あった、はい」
すっかりテンションが上がり、絵を描き始めたが、夢中になって描いているうちにやがて食事が運ばれてくる。
お腹の空いていたアリエッタは、嬉しそうに頬張っていく。
(美味しそうに食べるなぁ)
(うふふ、いい笑顔なのよ)
(はぁ~~~幸せだし!)
(おいしい! おいしい~!)
甘えるのにはまだ抵抗があるアリエッタだったが、幼い本能は食欲と美味には一切抵抗出来なかった。
「ふーむ、キモチわるいぞ」
「そんなこと言われても困ります。仮にも死体なんですから」
「このクチビルからちょっとこぼれてるシタをみてみろ。でろんとしててケリとばしたくなるぞ。それにしてもブサイクだなー」
転移でニーニル支部へとやってきたピアーニャは、それを見るなり文句を零していた。
目の前にある巨大なトカゲの頭は、それだけで見上げる程大きい。
「こいつのなまえは?」
「まだありませんよ。グラウレスタの新種という事で、いつも通り特徴をまとめた後、会議で決める事になります」
「そうか……それにしても、コレほんとうにシタイか? なんかいまにも──」
まじまじと見つめていたら、死体の目がゆっくりと開いた。
「………………は?」
「どうしました、総長?」
そして目が合った。
「!! しんでないじゃないか! はなれろロンデル!」
言い終わるよりも早く、ロンデルの腕を掴み、後ろに飛ぶピアーニャ。
周囲のシーカー達も、信じられないという目で生物を見ている。
「そんな! 確かに呼吸は止まっていましたし、斬りつけても反応はしませんでしたよ!?」
「生き返っただと!?」
混乱しながらも武器を手に取るシーカー達。その中心で巨大な生物は大きく体を震わせ始めた。
「ちっ、撃て! 何を仕掛けてくるか分からん!」
「おうっ!」
数人のシーカーから撃ち出される魔法が命中するも、生物はその動きを止めない。それどころか、体が不自然に膨らみ始めた。
「なんだ!?」
ピアーニャが叫ぶと、生物が体を起こし、おかしな角度に全身を捻る。そして……
ビヂャァッ
濡れた音と共に、生物が裂けた!
「んなっ!? 勝手に死んだ!?」
「違う! 何かいる!!」
視線が集まる部屋の中心に、裂けた体と粘液にまみれながら、先程の巨大な姿よりも一回り小さい、同じ生物が立っていた。
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