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53 - 第53話 ダンジョンアタックで奴隷の見極め 彩絲編 1

2024年05月06日

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彩絲と雪華は相談して奴隷たちを二つのパーティーに分けることにした。

彩絲が担当するのは、兎人姉のクレア、人魚族のローレル、リス族ネラ、ネマ、ネイ。

現時点では目立った問題はないようだが、そこはかとなく不穏な気配を感じる。

クレアは卑屈すぎ、ローレルは脳天気すぎ、リス族の三人は没個性。

全体的に好感度が低いのだ。

これ以上下がらないといいのじゃがのぅ、と彩絲はひっそり祈った。


冒険者ギルドへ連れて行き、アリッサに変わって代理の主登録を済ませたあとは、ゆったりと腰を下ろして茶を注文すると、奴隷たちの好きにさせる。


「準備が整ったら声をかけるがよい」


奴隷たちはいきなり突き放されてしばらく所在なげにしていたが、リス族の一人が意を決したように意見を述べる。


「クレアさんに、初心者冒険者が無料でもらえる全ての物をもらってきていただきたいです。ローレルさんには、私たちでも受けられそうな依頼を見てきていただきたいです」


「うーん。私、イマヒトツそういった判断に自信がないのよねぇ。えーと、ネイちゃん? かな? が、一緒に来てくれると嬉しいかも」


「よく私たちの区別がつきますね!」


ネイが驚いている。

他の二人も、クレアも驚いていた。

彩絲は人の心が読み取れるという彼女の発言を覚えていたので、驚かなかった。

アリッサへの発言からして、何もかもを暴くような読み取りはしていないようだったし、リス族の判別は難しそうなので咎めるまでもないだろう。


「……じゃあ私たちは三人で行こう。貴女たちは愛らしいから、万が一連れて行かれたら大変だわ」


「それを言うのなら、クレアさんも愛らしい容姿ですから気をつけた方がよろしいのでは?」


「大丈夫よ。これでも私、戦闘特化の奴隷なのよ?」


腕まくりをしたクレアが力こぶを作っている。

ネラとネマはその上で楽しそうに飛び跳ね出してしまった。

冒険者ギルドには随分と可愛い者好きが多かったようだ。

部屋の空気が一気に優しくなった。

今の所彼女らを拉致しようと考える不逞の輩《やから》はいないらしいので、彩絲は静かに観察を続ける。


ローレルとネイは、クレアたちの様子を少し見詰めただけで、すぐに依頼書を見に行った。

近くにいるギルド員を捕まえて、初ダンジョンアタックでも達成できそうな依頼を聞いている。

実にセオリー道理の行動で二人に何の非もなかったが、余り性質のよろしくないギルド員だったらしく、詳しく説明してやるよと言いながら、ローレルの尻に手を伸ばした。

すかさず肩に乗っていたネイがくるくるくるっと回転して勢いをつけながら、男の手の甲を思いっきり踏みつける。


「ギルド内においてセクハラ行為は厳禁です! ローレルさん、他のギルド員に聞きましょう。女性がいいです!」


「そうですねぇ~。何の断りもなく女性のお尻を触ろうとするなんて、ただの痴漢ですものねぇ~?」


「断ったら許すんですか、ローレルさん!」


「好みの男性であったら或いは。しかし、仕事をサボってはそもそも論外ですねぇ~。主様もお嫌いでしょうし」


「ええ、私もそう思います。なるべく主様のお心に添うように行動しなければ……すみません! この人、痴漢行為を働いたので処分をお願いします。お手すきの女性のギルド員さんにお願いできますでしょうか?」


「まだ触ってねぇだろう!」


愚かじゃのう。

語るに落ちるとは。


体格の良いギルド員男性が二人現れて痴漢未遂の男は奥へと引き摺られていく。

代わりにキャンベルが出てきて、謝罪後に過不足のない説明をしながらお勧めの依頼書を選んでいる。

耳を澄ませるに、痴漢野郎には罰金が科されるようだ。

その半分がローレルに与えられるらしい。

冒険者同士のやり取りであれば介入しなかったかもしれないが、ギルド員がしでかしたがためにきっちりと対応したのだろう。

アリッサの奴隷への不手際は、アリッサ自身への不手際なのだと、理解できているのはキャンベルを含めて少なそうだ。

王都ギルド職員の質が随分落ちたと冷ややかに見下しながら、お茶請けとしてついてきたクッキーを囓る。

ナッツが入っていて美味しい。


キャンベルが選んだ依頼をそのまま全部受けたらしい。

奴隷が受けられる依頼上限は十件。

慎重なキャンベルが断らなかったのは、アリッサの奴隷は当然優秀だと判断した結果だろう。

彩絲的にも受けすぎかと思ったが、アタックが順調であれば十分にこなせる量でもあると判断して、助言は控えた。

依頼書を持った二人が戻ってくる。

確認を頼まれたのでざっと目を通す。

新人の手には余るが、このパーティーなら問題なく依頼達成できるものだったので、彩絲は大きく頷いた。

ほっと胸を撫で下ろした二人だが、その目が困ったふうに初心者向けアイテムを受け取るだけだったはずの三人の背中を見詰めている。


「クレアさん、ネラ姉! 二人はもう依頼書をもらっている!」


「え? ああ、本当だね。いろいろと御説明ありがとうございました! 助かりましたわ!」


せかすネマを優しく見詰めたクレアが、鼻の下を伸ばしきった男性ギルド員に深々と頭を下げる。

胸の谷間を見せつけるのに最高の角度なのは彩絲の気のせいなのか。

ネラはギルド員の手のひらの下へ潜り込み、体を擦り寄せている。

感謝の表現にしては随分となれなれしい。

クレアの胸を凝視したままのギルド員は、それでも反射的に手の下にいるネラの全身を撫で回したようだった。


どうやらこの二人は、性としての女を、必要以上に使うのを得意としているようだ。

額に皺を寄せれば、ローレルとネイも同じように眉根を寄せていた。


「遅くなってごめんね! 初心者向けアイテムと説明冊子とマップをもらってきたよ!」


「あとはモンスターの弱点が描かれた本と品質の良い物を採取する方法が描かれた本も!」


「……全てもらってきましたの~?」


「ええ、そうよ」


クレアとネラはにこにこと嬉しそうで、ネマだけが不満げだった。


説明冊子とマップは、新人でも手が届く値段だ。

新人にこそ読んでほしいと、かなり値段を抑えている。

だが弱点図鑑と良質採取図鑑は、新人が手を出すには高価な値段設定にしてあった。

それを一ギルド員の判断でもって無料で手渡すのは、これもまた犯罪行為のはずだ。

 一度でも拒否していれば、無理矢理押しつけられたと言い張れもするが、そんなやり取りはなかった。

恐らく当然のように受け取った。

キャンベルの表情を伺えば、わかっております、といった感じに頷かれる。


つまりは、彩絲が奴隷たちの見極めをアリッサに任されているから、今は見逃してダンジョンアタック終了後に、罰を与えるということだ。


アリッサの持つ奴隷が犯罪者になるのは避けたいが、下心しかないギルド員にも非があるので、酷くても罰金を支払う程度で片がつくだろう。


キャンベルに借りを作ったようで落ち着かないが、これが見極めである以上彼女の判断に従うのが無難だった。


ローレル、ネマ、ネイが様子を窺うので首を振っておく。

それだけで彼女たちは、今はこれ以上の忠告はしなくていいと理解したようだ。


「……私とネイで冊子を読みますわ~。ネマはマップに強いとのことですので、それをメインに図鑑なども読みたいと思いますの~。買い物をお願いしてもよろしいかしら~?」


「任せて!」


「得意分野です!」


二人は胸を張って頷いた。


「彩絲さん。私とネラちゃんで買い物に行って参りますので、主様からの資金をいただけますでしょうか」


「うむ。よくよく考えて使うが良い」


「はい! 当然です。なるべく早く戻りますね!」


「ネラ姉! 必要なものをきちんと確認してくださいね!」


「安心して任せてよ、ネイは心配性ねぇ」


ネラはぴょんとクレアの肩に乗ってひらひらと手を振る。

資金と一緒に手渡されたマジックバッグをしっかりと抱えて、クレアとネラは買い出しへと出かけた。


「ネラ姉……心配です。ネル姉がいないと余計な買い物をしてしまうから……」


「クレアさんも一緒になって買いそうな気がしますわ~」


「私も一緒に行った方が良かった?」


「うーん。ネマさんが行っても貴女が疲れるだけだった気がしますわ……」


「そう、ですね……私たちは、私たちでできることを」


「ええ、しっかりやりましょう」


ネイが手早くお茶を淹れた。

彩絲の分も一緒だった。

ギルドが出すものより数倍美味だ。

ぺこりと下げる頭を指の腹で優しく撫でる。


買い出しに行っていた二人が戻ってきたのは、三人が冊子や図鑑を熟読し、マップでダンジョン攻略を念入りに話し合ったあとだった。


彩絲はお茶でたぷたぷになったお腹を摩りつつ、既に五人の評価が三対二、良評価・悪評価に分かれ始めているのを憂いて瞼を閉じた。


ダンジョンまでは直通馬車が出ているが、一般的に新人は使わない。

慣れた冒険者でも、理由がなければ使わない。

馬車を使うぐらいなら、酒と女に使うぜ! というのが、大半の冒険者たちの意見だ。

ちなみに、男性冒険者より少ない女性冒険者たちは比較的よく使うのだが、それは見栄を張った結果の愚行が多い。

そんな状況なのだがクレアとネラが御者を誑かし、これまた無料で馬車へ乗ることに成功した。

どうやら同乗者たちは彩絲を見知っていたらしく何も言わない。

しかしクレアとネラを見る目は、初級ダンジョンで一番嫌われているモンスターのゲジを見るのと同じ目つきだった。

ルール違反、マナー違反はどこの世界でも嫌われる。

命のやり取りが身近な冒険者たちは、特に実力なき者が違反するのを嫌った。

三人の肩身が狭そうだが、他人の振りをしているせいか、他の冒険者たちは同情の眼差しを向けている。

誰しも一度や二度は、意に沿わぬ者とパーティーを組んだ経験があるからだろう。

美人だが顔に派手な傷がある女性は、許可を得てネマとネイの頭を優しく撫でていた。


ダンジョンに到着し、ダンジョンの入り口を守る門番に媚びを売りすげなくされてふて腐れる二人の背後で、門番に深々と頭を下げた三人に彩絲は声をかける。


「妾は基本、蜘蛛形態で同行する。疑問点は遠慮なく質問していいが、妾から声をかけるのはよほどの緊急時以外ないものと思うがよい」


「ええ、分かっておりますわ~。重々注意をして進みたいと思っております」


「はい、ローレルさん、ネマ姉、行きましょう」


「お二人とも! 入りますよ!」


「えぇ? そんなに先走らなくてもいいじゃない、ちょっと! 待ってぇ!」


まだ門番に何か言いつのろうとするクレアの兎耳を引っ張れば、クレアはようやく三人の背後についた。


「ローレルさん、やはり女性ばかりのパーティーは心配ですから、男性を一人二人入れた方がいいのではないかしら? 新人でもソロの方もいらっしゃるようですし」


追いついたクレアがローレルに話しかけた。

先行するソロの男性が二人それぞれ、背後をちらちらと見ている。

敵が近付いているのに気がつかない冒険者未満の者とともに行動したとて、足を引っ張られるだけだと思うのだが。


「……今回は私たちの力の見極めでダンジョンに入ったわけですから、緊急事態以外では他者の介入は避けた方がよろしいかと思います。それに……」


「それに?」


「あんなに近くまで敵に近寄られて気がつかない方たちと、共にいるのは正直不安ですね?」


「なっ!」


「げっ!」


男たちは自分に向かってくるモンスターに、ローレルの発言で初めて認識できたらしい。

幾ら何でも油断しすぎだ。


「え、援護を頼む!」


「こっちもだ!」


しかも、助けを求めてきた。

出現したモンスターは、ガードスライム二体。

こちらから攻撃しなければ様子を窺うだけのモンスター。

一体何の助けが必要だというのだろうか。


「ええ!」


「勿論よ!」


ネラはさて置き、クレアがガードスライムの特性を知らないはずもない。

ここで恩を売って、金やら何やらを引き出す心積もりなのか。

単純に男を近くに置きたいだけなのか。

妹がそばにいないからこそ、男に全力で媚びを売れるのかもしれない。

ネラも同じく姉がいないからこその暴走のようだ。

三人が止めもしないのに驚く。

どころか、愚かしくもガードスライムに襲いかかっていった二人を避けながら、先へと進む。


「え?」


「ええぇ?」


「お、おい! どこへ行くんだよ?」


「人助けをしてる仲間を置いていくとか、何て情がねぇ奴等なんだ?」


しかし彼らの言葉など歯牙にもかけない三人は、マイペースに依頼の達成に向けて採取をしている。


「手の平サイズののこのこを五個、折れ枯れ部分のないうさくさ三本、極力形が似たえるのみ二個採取完了です!」



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