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第6話 「三ヶ月」
「……あと三ヶ月」
ホークアイズの事務所。
瑠衣はカレンダーを見つめていた。
「誕生日まで、三ヶ月かぁ」
「そうだ」
仁が答える。
「でもさ」
瑠衣は振り返る。
「三ヶ月って、長いようで短くない?」
「短い」
「即答だな」
「だから急ぐ」
仁は机に資料を広げる。
「お前の母親について調べる」
「うん」
「それと、父親が言っていた『役目』についても調べる」
「……」
瑠衣の表情が少し曇る。
杖道が気づいた。
「怖いか」
「……ちょっと」
瑠衣は正直に答えた。
「また、あの家のこと思い出すから」
「無理をする必要はない」
「でも」
瑠衣は笑う。
「俺のことだし」
そして。
「俺自身が知りたい」
仁が頷く。
「分かった」
「それで、何から?」
「母親だ」
「母さん?」
「ああ」
仁は一枚の資料を取り出した。
「お前の母親の名前は、物怪美咲」
「……」
瑠衣の目が止まる。
「その名前……」
「知っているか」
「うん」
瑠衣は静かに答えた。
「小さい頃、母さんから聞いたことがある」
「何を?」
「『瑠衣は瑠衣のままでいい』って」
仁が黙る。
杖道も。
「……」
瑠衣は笑った。
「母さんだけだったんだ」
「何が?」
「俺に『女の子らしくしろ』って言わなかったの」
「……」
「だから俺、母さんの前では好きなことしてた」
瑠衣は少し遠くを見る。
「髪も結ばなくてよかった」
「……」
「男の子みたいな遊びもしてよかった」
「……」
「母さん、いつも笑ってた」
瑠衣の声が少し柔らかくなる。
「でも」
その笑顔が消えた。
「ある日、母さんがいなくなった」
仁が尋ねる。
「何歳の時だ」
「七歳」
「その後、父親が?」
「うん」
瑠衣は頷いた。
「その日からだった」
「何が」
「女の子らしくしろって言われるようになった」
仁は資料を見る。
「……母親がいなくなった直後か」
「そう」
瑠衣は膝の上で手を握った。
「最初は意味が分からなかった」
「……」
「でも、何回も怒られて」
「……」
「そのうち覚えた」
瑠衣は笑う。
「女の子でいれば、父さんは機嫌がいい」
「……」
「だから、そうしてた」
杖道が静かに言う。
「瑠衣」
「ん?」
「お前は悪くない」
「……」
「当時のお前は、自分を守るためにそうしていた」
瑠衣はしばらく黙った。
「……うん」
その日の午後。
三人は、瑠衣の母親について調べるため、古い記録を保管している施設を訪れていた。
「ここ?」
瑠衣が建物を見上げる。
「ああ」
仁が答える。
「母親の名前が最後に記録されている場所だ」
「なんか怖いな」
「帰るか?」
「帰らない!」
「なら入るぞ」
「はいはい!」
三人が中へ入る。
古い資料を調べる。
しばらくして。
「……あった」
仁が一枚の資料を見つけた。
「何?」
瑠衣が覗き込む。
そこには。
物怪美咲。
そして。
その隣に――
「……父さんの名前」
「そうだ」
仁が言う。
「二人は一緒にある組織に所属していたらしい」
「組織?」
「名前は『ノクターン』」
瑠衣が首を傾げる。
「聞いたことない」
「俺もない」
杖道が資料を見る。
「裏で動いていた組織か」
「おそらく」
仁はページをめくる。
そして。
「……」
手が止まった。
「どうした?」
瑠衣が聞く。
仁は資料を読む。
「お前の母親は、組織を抜けようとしていた」
「……」
「その理由は」
仁が読む。
「『娘を普通に育てたい』」
瑠衣の目が大きくなる。
「……母さん」
資料には続きがあった。
『娘には、自由に生きる権利がある』
『女であることを理由に、利用されるべきではない』
瑠衣は何も言わない。
ただ。
その文字を指でなぞった。
「……母さん」
小さく呟く。
「俺のこと……守ろうとしてたんだ」
杖道が頷く。
「そうだろうな」
瑠衣は目を伏せる。
「でも、いなくなった」
「……」
「俺、母さんがいなくなったの、俺のせいだと思ってた」
仁が瑠衣を見る。
「なぜ?」
「俺が何かしたから、母さんがいなくなったんだって」
「違う」
仁が即答した。
「お前のせいじゃない」
「……」
「資料を見る限り、母親は自分の意思でお前を守ろうとしていた」
瑠衣の目に涙が浮かぶ。
「……そっか」
一滴。
涙が落ちた。
「そっか……」
仁は何も言わなかった。
ただ。
その場にいた。
杖道も。
何も言わず、瑠衣を見守っていた。
しばらくして。
瑠衣は涙を拭った。
「……よし」
「何がだ」
「母さんのためにも」
顔を上げる。
「俺、ちゃんと知りたい」
「そうだ」
「父さんが何をしたのか」
「……」
「母さんがどこに行ったのか」
そして。
「俺が、なんで女の子として育てられたのか」
仁が資料を閉じる。
「行くぞ」
「うん!」
帰り道。
瑠衣はいつもより静かだった。
「……」
仁が歩きながら見る。
「瑠衣」
「ん?」
「疲れたか」
「ちょっとだけ」
「休むか?」
「いや、大丈夫」
「そうか」
数歩歩いたところで。
瑠衣が立ち止まった。
「……仁」
「何だ」
「俺さ」
「うん」
「今日、母さんが俺を守ろうとしてたって知れて……ちょっと嬉しかった」
「……そうか」
「でも」
瑠衣は笑う。
「同時に、もっと会いたくなった」
仁は答えない。
瑠衣は続ける。
「母さん、どこにいるんだろうな」
杖道が言った。
「探す」
「え?」
「母親も探す」
瑠衣は目を見開く。
「……いいの?」
「当然だ」
「おっさん……」
杖道は瑠衣を見る。
「お前が知りたいなら、探せばいい」
「……」
瑠衣は笑った。
「ありがとう」
その夜。
瑠衣は自分の部屋にいた。
鏡を見る。
一ヶ月間。
毎日見ていた鏡。
女の子の服を着て。
長い髪を整えて。
決められた笑い方をして。
「……」
瑠衣は自分の髪に触れる。
「昔の俺」
鏡の中の自分を見る。
「……今の俺」
少し笑う。
「どっちも俺なんだよな」
その時。
ふと。
瑠衣の口から、昔の言葉が出た。
「……ごめんなさい」
自分でも驚く。
「……」
誰もいないのに。
何かをしたわけでもないのに。
謝ってしまった。
瑠衣は口元を押さえる。
「……まただ」
その瞬間。
コンコン。
「瑠衣」
仁だった。
「……仁?」
「入るぞ」
「うん」
扉が開く。
仁が瑠衣を見る。
「どうした」
「……」
瑠衣は少し迷った。
「今、何もしてないのに謝っちゃった」
「……」
「昔の癖」
仁は少し黙る。
そして。
「なら」
「ん?」
「謝らなくていい」
「……」
「ここには、お前を怒る奴はいない」
瑠衣の目が潤む。
「……うん」
「それだけだ」
「……仁」
「何だ」
「ありがと」
「別に」
仁は扉へ向かう。
「寝ろ」
「うん」
扉が閉まる。
瑠衣はベッドに座った。
そして。
小さく笑った。
「……おやすみ、仁」
翌朝。
仁と杖道が事務所に集まる。
机の上には、新しい資料。
「昨日の資料から、一つ分かった」
仁が言う。
「何?」
瑠衣が近づく。
「ノクターンは、子どもの性別を利用した計画を行っていた」
「……」
「そして、その対象者の条件が」
仁は一枚の紙を置く。
そこには。
『特定の家系に生まれた女性』
と書かれていた。
瑠衣の顔から笑顔が消える。
「……女性?」
「ああ」
「それが……俺?」
仁は頷く。
「おそらく」
杖道が続ける。
「そして、計画の実行日が記されている」
瑠衣が紙を見る。
そこには――
瑠衣の誕生日。
「……」
瑠衣の手が震える。
「あと三ヶ月」
仁が言う。
「俺たちは、その日までに全部突き止める」
瑠衣は紙を握る。
怖い。
でも。
今度は逃げない。
「……うん」
顔を上げる。
「俺もやる」
仁が頷く。
「それでいい」
杖道も静かに言う。
「三人で行くぞ」
「うん!」
瑠衣が笑った。
そして。
ホークアイズの三人は。
瑠衣の誕生日に待ち受ける「計画」を止めるために動き始めた。
――第7話へ続く。
コメント
1件
ああ、もう…第3話、すごく良かったです…😢 瑠衣くんが「お母さんは俺を守ろうとしてたんだ」って気づくところ、涙が出そうになりました。小さい頃から自分を責めてたんだなって思うと胸が痛いです。 それに、無意識に「ごめんなさい」って謝っちゃう癖とか…仁くんの「謝らなくていい」がすごく沁みました。 三人の距離感がじんわり温かくて、続きが気になります!
アニオタちゃん
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3,102
るあ
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