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天史拾遺長歌集

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天史拾遺長歌集

57 - 言ってはいけない名前

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2025年06月15日

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事後処理は、のちに駆けつけた白砂神社の巫女衆によって、円滑に進められた。


彼女らはまず、運河にぷかぷかと浮かぶあの胡乱うろんな人影を、数人掛かりで祓除ふつじょした。


本式のお祓いとは少し違う。 どちらかと言えば、お焚き上げに近しい儀式ものだった。


他の数名は、公園設備の破損箇所をチェックしつつ、市の土木管理課と連絡を取っている様子だった。


こうした事態に際して、建造物等の破損が出た場合、補償については、“人影”の対処を正式に受諾した団体が務めるという、おおやけのルールが設定されているそうだ。


ただ今回、明らかに手を下したのは彼女個人なワケで。


“絶対こじれるな、こりゃ……”とは、なかば顔色を損なった史さんの弁である。


お祓いの儀式が行われる間、ほのっちと史さんは、春見大社の二柱を厳重に隔離して、かの人影には一切近づかないよう配慮している様子だった。


そうだ、春見大社の二柱ふたりと言えば


「姫さま、これ。 もう絶っっ対に落とさないでくださいね?」


「えぇ、気をつけます。 ごめんね愈女ゆめ


愈女ちゃんがふゆさんに手渡したのは、綺麗な色をした勾玉だった。


これこそが、彼女の言う“落としもの”の正体だった。


通力つうりきの、物実ものざね? そんなモンあんのかね? 初耳だわ」


「えぇ、姫さまの出自は少々特殊でして」


「元は人間か?」


「お分かりになりますか?」


「何となくな………」


通常、神々には内燃機関のような物が備わっており、これを働かせて神通力をふるうという。


ふゆさんの場合は、言い方は悪いがそれが外付けの形になっていて、この物実ものざねを常に身につけておく必要があるとの事だった。


もしも手放してしまえば、神通力の行使はおろか、神格にまで影響を及ぼしてしまうと。


言うまでもなく、絶対に落としてはいけない部類の代物だ。


「あの日は、お友達のお宮に遊びに参りまして、それでうっかりと」


「うっかり……」


マイペースなのは、彼女のなのかも知れない。


ふと、疑問が湧いた。


「記憶は? なんで記憶が、あんな風に……」


これまた言い方は悪いが、エンジンを取り外したところで、走行距離がリセットされる訳じゃない。


神通力の核を手放したからといって、記憶にあそこまで障害が現れるものだろうか?


「そりゃ混線だな……」と、史さんが小難しい表情で言った。


彼にしては珍しく、考え考えの調子で語をつむぐ。


「人間の頃の記憶と、神になってからの記憶。 長さで言やぁそりゃ後者だろうが、その濃さで言やぁ……な」


人間にとって、自分が生まれた土地、故郷は一人にひとつしかない。


そこで体験した事柄は、どれほど年月が流れようと、容易にせるものじゃないだろう。


「ん……?」


違和感がある。


その図式で行くなら、人間の頃の記憶が表に出てきても良さそうなものであるが。


一緒に“落としもの”を探し歩いたふゆさんに、そうした兆候は、特に見られなかったと思う。


先ほど、史さんは“混線”と言った。


長い記憶と濃い記憶。 その二者が、勾玉という安定を欠いたことで複雑に絡み合い、予期せぬ不具合を出したという事だろうか。


そうした疑問も、続くふゆさんの言葉を経て、有耶無耶うやむやの内に霞の向こうへ消え失せた。


「ともあれ、このたびは誠にお世話になりました。 禍津星霊神まがつほしたまのかみ


たちまち、現場が凍りつくのを感じた。


白砂神社の面々は、揃いも揃って口をポカンと開け、潔斎けっさいした巫女にはあるまじき不体裁をさらしている。


うち一名が、スマホをポロリと取り落とした。


「あの、何か………?」


「いや、無事に落着して良かったぜ。 良かったよ、なぁ?」


渦中の史さんは、平静と変わらず。 いつでもひょうげることが出来るよう、口元に幾分かの遊びを持たせているふうだった。


けれど、見間違いでなければ、その眼は決して笑っていなかった。


ふと、友人に目を向ける。


彼女の顔が真っ青になっているところを、初めて見た。


「姫さま姫さま……」


「あ、そうでした……」


なにか無礼があったのか、場の空気を察した当人たちも、いよいよ不安になったのだと思う。


ふたりして、何やらゴニョゴニョと取り交わした後、ふゆさんは改めてうやうやしく礼を述べた。


「ありがとうございました、禍津星霊大神まがつほしたまのおおかみ


「うわ……」


思わず口に出したのは、巫女さんの内の誰かだと思う。


史さんの表情を見る。


顔は笑っているものの、ひたいに青筋が立っていた。

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