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なんで、こんな目に……
泥水で汚れたスカートをひいて、私は歩いていた。先輩、私もう……
意味がわからなかった。私はただ、注意しただけだった。やりたくてやったんじゃない。
隣の教室で、放課後殴られてる人がいた。悲鳴と笑い声と、打撃音と、机と椅子とが倒れる音が、不気味だった。悲痛だった。
でも見て見ぬ振りしようと思っていた。
「ねえ、あなた、もしこれを止めれなかったら、責任を取ってもらうわ。まあ、少しこいつと同じ目に遭わせてやるだけだから大丈夫よ。止める気がないならわたくしに着いてきなさい」
古林会長がそんなふうに言ったので仕方なく、私は止めに行った。
「ダメです——いじめは……」
か細い声が出た。
教室にいた、男女八人組が、振り返った。
「え?なんだってぇ」
「いや、その……」
無理矢理に、その中の一人が私を教室に連れ込んだ。
「なんか文句あるのか!」
「いえ……その」
威圧されて、声が震えていた。掃除用具の入っているロッカーに背中を押しつけられていた。あの時の碧波先輩の方が、首根っこを掴む力は強いし、突きつけ方も乱暴だけれど、頭に添えられた柔らかい手がないが故に、何度も何度も冷たい塗装のされた木の扉に、頭が強く打ち付けられた。首は締まりそうになっていた。腹に二、三度蹴りを入れられて、床に倒れ込んだ私に、落ち葉やら泥やらの混じった水を彼らは容赦なくかけた。
「行こうぜ」
教室の中は私一人だけが取り残された。そのまま私は、冷たい夕方の風を濡れた体に浴びていたのだ。
会長は、知らないうちに帰っていた。
泥水はいつまでも尾を引いて、地面を濡らしていた。ああ、今からバスと電車を乗り継いで帰らなくてはならないのに——
歩くたびにペタペタと音がする。
時間ももう危ういらしい。私は次のバスを目指して走り出した。赤信号の時間が億劫だった。
気がつけばバス停にバスが止まっていた。番号も間違いない!
残り5m,4,3,2,1……
「待ってください!」
ドアが閉まった。バスの発射音が聞こえた。
突然、ガラガラと音が鳴ってドアが開いた。
「どうぞ」
車掌さんの声が聞こえた。
「ありがとうござ……」
「あ、でもすみませんが、汚れてるので乗車はご遠慮ください」
嘘だろ……
このバスに乗らなくては、私は家へは帰れない。歩いて帰るなんてさすがに野暮な距離だ。電車、バス、市電をものすごい数乗り継いで、ここまで来ているのに。
「ドアが閉まります」
私は危険を察知して慌ててバスから遠かった。でもそれを一瞬のうちに後悔した。
嘘……。私、どうやって帰るの。
路上で一泊とかやだよ。
タクシー呼べるほどのお金はないし、もうどうにもならないや。
ひとまず学校に戻ろうかな。そして、電話してもらおうかな。そうすれば迎えに来て……ああそうか、今父も母も出張だ。
気が暮れた。日も暮れた。
もう、どうしようもないじゃない。
「風邪ひくわよ」
死んだような声が聞こえてきた。
見れば、蛇のように細い目をした、美しい少女が立っている。
「こんなになって……古林会長から大人しく殴られた方がよかったでしょうに。」
螺鈿先輩……
「抵抗なんてしなくていいの——されるがままに、打たれて、殴られて、蹴られた方が人生楽よ……」
彼女の目は、冷たかった。彼女は夜鷹のような目をしていた。死んだような、でも妖艶な、そんな目をしていた。
「さ、家に帰りなさい」
螺鈿先輩がそう言った。もう日も暮れていた。
「いえ、それが……バスや電車に乗るのを断られたので、家に帰る手段がありません。」
「じゃあ、私の制服貸してあげるわ。一回家へいらっしゃい。」
「いや、私の家の方に行くバス、次に出るの十時です。そして、そこから市電に乗って、電車乗って、そうしたら家に行くバスがもうありません。」
螺鈿先輩は珍しく笑った。苦笑ではあったが。
「うち、来ない?」
先輩らしくないと思った。ぎこちない話し方だった。
「でも、ご迷惑じゃないですか?」
「いいわよ、着替え買うお金はある?」
「それくらいなら……あります」