夢の中で、電子音が聞こえている……
アラームってうるさい…ん?……違う?
……電話…電話?
「…うん……」
‘うんって…リョウ、7時だぞ。仕事大丈夫か?’
「うん…」
‘何時からだ?’
「9時…」
‘何時に出る?’
「…8時…40分……」
‘近いんだな’
「………おはよう…颯ちゃん」
‘チッ…はよ…もう少し寝ぼけて話してろよ’
「うん…颯ちゃん……大丈夫?眠いでしょ?」
‘いや、ギンギン’
「そう、すごいね颯ちゃん」
‘……’
返事が聞こえないので……私は、颯ちゃんの心の内や体の事情を全くわからないまま、勝手に…やっぱり颯ちゃんも眠いんだと心の中で決めつけた。
「颯ちゃん、今夜は早寝してね」
‘………’
「颯ちゃん?しんどい?」
‘苦しい……’
「え…苦しいの……?」
‘会えないから苦しい…心も体も苦しい……’
心も体も?それって……大丈夫なの?
「えっと…颯ちゃん……」
‘何?’
「何か怒ってる?」
‘いや……痛いだけ’
「痛いの?」
‘いや…こっちの話……何?’
「…今日お店行くよね……?」
‘行く。朝のうちに配送がくる’
「…あのね……」
‘何?’
「…忙しい時期に……うーん…」
‘今からでも、どこへでも会いに行くぞ’
「うん…颯ちゃん……」
‘どこ?’
「…まだ言わないで……お母さんとか」
‘誰にも言わない’
「……東京」
‘ふっ…リョウ、近いな’
「うん…」
‘仕事何時まで?’
「5時半」
‘迎えに行く。住所送って’
もう深く考えることはしなかった。
ただ、颯ちゃんには会えると思った。
会って話がしたいと思った。
私は最寄り駅だけ颯ちゃんに送ると、急いで顔を洗い身支度を整える。
夜中に使ったマグカップを洗いながら、夢も思い出したけど気持ち悪くはならなかった。
お昼休憩の間に三岡先生に電話したが、裁判期日で出ておられるようで繋がらなかった。
先生にはとてもお世話になり、心配をかけているので報告はしておかなければならない。
‘今日東京で颯ちゃんに会います’
とだけメッセージを入れて、事務所の裏道の住宅街にあるベーカリーへ行くと、レジの前にいる孝市先生と会った。
「そんなにたくさんですか?」
「片山先生と食べながら打ち合わせすることになったから」
一緒に事務所へ戻る間に
「ここで半年くらい?慣れた?仕事も、人も、空気も」
そう聞かれた。
「空気…以前東京へ遊びに来た時には空気が違うって感じたのに……今回は感じていませんでした。感じる余裕のないまま慣れたのでしょうか?」
「わかるよ。必死な時って周りにまで心が向かないからね」
「孝市先生にもそういうことってあるんですか?」
「あるよ、よくある」
「例えば…って聞いても大丈夫ですか?」
「良子ちゃんは優しいね。それくらい聞いても問題なし。簡単なことだよ…父親と比べられたり、父親と間違えて依頼したと言われたり…まだアソで、パートナー先生に指導してもらうことも多いけど、一歩外に出ると‘北川法律事務所’の息子だから何でもわかるように思われている。常に必死だよ」
「それでも、さすがに弁護士先生ですよね。依頼者様の話を聞く時の先生からは余裕を感じます」
「演じてみたり、心がけてみたり…試行錯誤しながら生きてますよ、はい、到着」
先生に開けてもらったドアを通りながら、皆それぞれ一生懸命なんだと改めて思う。