私は、至急の兄の嫁候補のことで報告書を母に送り、太鼓判をもらったので、2日後の兄とのお茶会に向けて、ある令嬢のところへ足を運ぶことにする。普通は、私付の侍女がいるのだが、私には理由があっていない。私自身で動き回ることになるのだが、この寮では、私の突然の訪問も暗黙の了解となっている。
私と同じ階にある一番奥の部屋に向かう。部屋の前までいき、ふぅっと一つ深呼吸をする。コンコンとこぎみよくノックした。
「はい、少々お待ちください」
侍女の声が聞こえたので、私は一歩後ろに移動する。扉が開いて、侍女の顔が見えた。
「アンナリーゼ様、ようこそお越しくださいました!」
いつも思うが、なぜか、この侍女にはとても歓迎される。そのまま、主人に取次なしで部屋に通されてしまった。
「ごきげんよう! エリザベス!」
侍女に案内され入ったところで、この部屋の主人に声をかける。
「アンナ! ごきげんよう! 今日はどうなさったの?」
侍女と同じように主人であるエリザベスもにこやかに私を受け入れてくれる。学年は1つ上だが、学園で1番仲がいい。夜会や茶会で何度も会いお友達になったのだ。
「先程まで、兄とお茶を一緒にしていたの。そのときに珍しいお菓子を用意してくれたので、一緒にどうかと思って」
お菓子の入った包みを持ち上げると、「まぁ!」とエリザベスは嬉しそうにしてくれる。お茶の用意をするよう侍女に頼んでいた。
「こちらにいらして! サシャ様とはどんなお話していたのか、聞かせてくれる?」
エリザベスは、席を勧めてくれたのでそこに座らせてもらい、先ほどまでの兄との話をすることにした。
このエリザベス、私の『予知夢』では、「義理の姉」になる予定の人なのだ。一目会った時から、私はとっても気に入っていたので、兄にも是非薦めたいと思っていたら、『予知夢』にまで出てきてくれた。ありがたいことに、エリザベスは兄のことが好きなのだ。こうして、私を受け入れてくれるのも、兄のおかげもあるかもしれない。ただ、同じ学年でも、兄とは接点がなかなかなくて話すことができないらしい。
そこで、サシャの優秀な妹である私の出番ということだ。きっちり二人の仲を取りもとうと思う。是非とも、エリザベスには私の義姉になってもらいたい。
もし、このチャンスを兄がものにできないようなら、私は兄を見限るつもりでいるくらい、私はとってもエリザベスが好きなのだから。
「兄とは、卒業式のエスコートの話をしていたの」
『卒業式のエスコート』と言った瞬間、エリザベスの目の色が変わったように思う。
「あの……サシャ様は、もう……」
もじもじとしながら、エリザベスは聞いてくる。よし、脈あり。元々あった脈も確実となった。
「いいえ。まだ、決まっていないの。それで、パートナーがいなくてとても悩んでいるって言っていてね? このままでは、私がパートナーになってしまいそうで。お兄様ってあの性格でしょ? 声をかけるにもなかなか難しいようで……」
「そう……」と嬉しそうに、でも、切なそうにしているエリザベス。
さすがにちょっと言い難いんだけど……兄をお婿にどう? だなんて……。でも、兄のため、家のため、そして、何より私のため!
「あのね……とっても、言い難いんだけど……エリザベスさえよかったらなんだけど……」
いつもの私と違って、ものすごく歯切れの悪い話し方に、エリザベスは小首をかしげてこちらを見ている。とっても不思議そうに。
「あの……エリザベスを兄に紹介させてもらえないかな? 私、兄も好きだし、エリザベスもとっても好きなの。だから、もし、うちの兄でよければ、エスコートの件考えてほしいと思って……」
ちらっとエリザベスを覗き見してみると、目がウルウルして滴がこぼれた。ちょうど、そのときに侍女がお茶を持ってきたので、大変である。
誤解だ!
「エリザベス様! どうなされましたか!? アンナリーゼ様!」
取り乱す侍女に睨まれ、叫ばれ……、私は散々だ。
「ニナ! 違うの!! アンナは何も悪くないわ! 私が勝手に涙を流してしまっただけ……。アンナもニナも突然、ごめんなさいね? ビックリしたわよね……」
「私は、大丈夫。ちょっと、こういう展開も想像はしてきてますから……」
そこまでいうと、私はきちんと座り直してエリザベスに向き直る。
「エリザベス……いえ、エリザベス様、ぜひ、私の兄に紹介させてください! あなたは、とっても可憐で聡明なお嬢様だわ。見た目だけでなく、しっかり芯も通っている素敵な方で、私にとっては憧れのお姉様です。うちの頼りない兄をどうかお願いします!!」
私は、兄のため自分のため、エリザベスに頭を下げる。ニナにより涙も拭かれすっかりかわいいお嬢様になったエリザベスは、嬉しそうに笑ってくれる。
「私が憧れのお姉様? アンナにそんなこと言われるととても恥ずかしいけど嬉しいわ!」
意を決したかのように優しく語りかけてきた。きっと、私が提案したことへの確認をするつもりなのだろう。
「アンナは、私をサシャ様に紹介してくれるという。それって、私の気持ちに気づいているからかしら?」
試すように言われれば、私は「はい」と答えるしかない。
「そうですね。知ってます。エリザベスが、兄に好意を寄せていることも。それと、縁談もかなりの数が来ていることも知っていますよ。でも、どの縁談より、兄と一緒になったほうが、エリザベスは幸せになります。多少、うちの兄は頭でっかちのあんぽんたんですが、少なからず、打算的ではないかと」
私の話に耳を傾け、頷いている。兄のことを想像しているのだろう。優しい表情だ。
「一度好意を持てば、半永久的に持ちますからね……よっぽどのことがない限りは大丈夫ですし、器用ではないので他に誰かに恋をすることもないでしょう。エリザベスの好感度は、今現在もばっちり。私も兄にはそのように話もしてますしね。兄は、エリザベスに興味も持っていると思いますよ?」
エリザベスは、口をパクパクさせながら赤面している。まさか、兄妹のお茶会で自分の話題が出ているだなんて思ってもみなかったようだ。
「我が家への招待、受けていただけますか? まずは、私の友人としてですが……」
試すように上目使いで言ってみると、案外了承してくれそうな雰囲気だ。
「……わかりました。ご招待受けます」
はぁ……と、ため息をひとつついてエリザベスは了承してくれた。
「それで……私から招待はしますし紹介はしますが、当日は兄とエリザベス、二人のお茶会にしてもいいでしょうか?」
「えっ? どういうこと……?」
「実は、当日もう一人お客様が来ます。エリザベスはよく知っているはずの方ですが、交換お茶会ですね……? 私も兄から紹介される側なのです……」
そこまでいうと、兄妹の悪だくみも受け入れてくれたようだ。
「そう、アンナも紹介される側なのね……? ちなみにどなたか伺ってもいいかしら?」
少しためらった。
でも、将来の義姉に隠し事しても仕方ないので正直に答えることにする。
「あの……内緒ですよ?」
ちょっと気恥ずかしい。家族以外には、誰かに言ったことがなかったから。
「わかりました。ここだけの秘密にしましょう」
エリザベス、とっても悪い顔してるよ? 人の恋バナってとても楽しいものだから仕方がない。
私は、深呼吸をひとつして、姿勢を正す。
「銀髪の君を招待します!」
…………沈黙…………。
どれくらい沈黙しただろう……か?
「アンナ? 銀髪の君は、確かダドリー男爵のご令嬢と婚約されたと噂されていますが? そんな方を紹介されるなんて、サシャ様に幻滅いたしました!」
そういって憤慨し始めるエリザベス。
「お……落ち着いて! エリザベス! ねっ? 一旦、落ち着こう!」
そっと置かれているカップをエリザベスに手渡すと、ぬるくなった紅茶を一口飲んでいる。それで落ち着いてくれたと油断していた。
「落ち着いてなんていられません! 私の大事なアンナになんてことでしょう!」
……そうではなかったらしい。
エリザベスは、兄と同い年なのでソフィアがいた頃をよく知っている。それこそ、ジョージアにいついかなるときもぴったりくっついていて、他の女性が近づこうものなら、お呼び出しや嫌がらせなど日常茶飯事で、今では考えられないほどすごかったらしい。
ソフィアも余裕を持って接するほうが、私はいいと思うのだけど……。むしろ、ジョージア様に幻滅されないのかしら?
誰もソフィアには忠告を言っていないらしい。まさに、私が公爵令嬢イリアから同じような嫌がらせは受けているから……なんとなくわかる。イリアからすれば、折れない私がさらに憎いらしいけど、私の方は、イリアに対して特別なんとも思っていないのだ。これは、イリアには内緒。
「おやめなさい。あんな気性の女性がそばにいるような男性はアンナが幸せになれません!」
エリザベスが、真剣に私のことを考えてくれていることがとっても嬉しい。
なので、私は笑顔で返す。
「大丈夫。これは、運命で決まってるから……私、抗うつもりはないわ。そんなふうにエリザベスが心配してくれて忠告してくれるのが、とても嬉しい! やっぱりエリザベスは素敵ね!!」
「断固反対!」といいつつ、私に呆れているエリザベス。
「私のお願い聞いてくれる? やっぱり、嫌かな? 」
「嫌な理由はないわ。サシャ様を紹介してもらえて、一緒にお茶会まで用意してもらえるなんて、私にとっては願ったり叶ったりだもの。でも、アンナのことが……」
「私のことなんて、気にしなくていいの。エリザベスにチャンスが巡るように、私にもジョージア様を知るチャンスが巡ってきただけよ。そんなに深く考えないで!」
その後、招待をしてもいい日を確認していく。そうすると、「どの日も大丈夫だ」とニナが答えてくれる。
「では、兄と相談して、招待状送るね。実は、兄には誰を紹介するって言ってないの。だから、当日まで内緒ね! どんな顔するかしらね。もう、腰ぬかしちゃうかもしれないわね!」
ふふふと笑うと、エリザベスもにこやかに笑っている。
「楽しみにしているわ!」
それから、しばらく最近の近況をして、私はエリザベスの部屋を退出する。
ここに、兄妹の計画がなったことになる。
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