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完全に目が合った。
怖い、冷め切っている。
父親にこんな感情を抱いたのは初めてだった。これまでは、自分の憧れでなくなった父さんに対して、「ああ、もう俺の目標じゃないのか」と、こちらが冷えたような感情を抱いていたというのに、今はどうだろうか。
「とう、さん……」
「ありゃ、星埜の親父?」
「おい、下ろせ。後、なめた口利いたら、捕まるぞ、お前」
「なめた口って……ん? 何? 星埜の親父ってもしかして、刑事?」
そう言いながら、俺を下ろした朔蒔の表情は少し強ばっているように思えた。確かに、彼は暴力を振るっていて、停学になった経験もあるし、傷害罪とか……色々やましいことはあるだろう。さすがの朔蒔でもお酒を飲んでいたり、タバコを吸っていたりはしていないと思いたいけれど。
そういう意味で、強ばった……というよりかは、また違う、別の。
(俺の父さんのこと警戒している?)
朔蒔に限ってそんなことがあるか、と思いたいが、顔を見る限り、目つきが変わったのは事実だった。ニヤニヤとしていた、あの余裕そうな笑みは消えて、スンと真顔になったような。
スーツ姿の父さん、制服の朔蒔、そして体操服の俺というシュールな光景は、このネオンが輝く繁華街には不釣り合いな気がした。
少し行けば居酒屋やキャバクラなどといった大人の世界が広がっているここに、いつもなら、ここを通らない父さんがいて、俺はそこも不思議でならなかった。でも、大方予想はついている。
(また、殺人鬼を探しているのか……)
母さんを殺した殺人鬼の情報を得るために、こうして遠回りしていると考えたら辻褄が合うのだ。そうとしか考えられない。そして、運悪く、俺はそんな父さんと鉢合わせてしまったわけで。
父さんは、俺がここにいることを誤解しているのだろうか。まさか、夜遊び……とか、疑っているんじゃないかと。
俺は、何て言われるか怖くて、年甲斐もなく足が震えていた。情けないと思うが、これが俺なのだから仕方がないと開き直るしかない。
朔蒔が俺の横に立ってくれている。その横顔をチラッと見る。コイツが居てくれることで、幾分か安心感があるのかもしれない。本当に情けなく思ったが。安心感を抱くのが、父親じゃなくて、大嫌いな奴とは。
「あ~えっと、星埜のお父さんですか。こんばんは。星埜くんと仲良くさせて貰ってる、同級生の朔蒔って言います」
「さく……」
そう、俺の前に立って、まるで守るようにして、俺の父さんに挨拶を始めた朔蒔を見て、そんな風にかしこまれるのかと驚いている自分がいた。誰彼構わず、人を見下すような、玩具としか思っていないような目を向けるのかと思えば、こうやって礼儀をわきまえているのかと。
(お前、そんなこと出来たのか……)
感心してしまっている自分がいる。これが常識なのかも知れないが、朔蒔に常識というものがあったのかと、まずそこからなのだ。
そうやって、朔蒔の挨拶を見ながら、父さんはどう返すのかとみていると、これといって表情を変えることなく「ああ、そうか。星埜が世話になっているようだな」と短い言葉を返すだけだった。
それが、何だか、朔蒔も俺も馬鹿にされたような、どうでもイイそこら辺の石ころだと思われているような気がして、少し突っかかってしまった。
「それだけかよ」
「何だ、それ以外何かあるのか。星埜。第一、お前はもう高校生、いい年だ。私の気を引こうとしなくても良いし、私だっていつまでもお前の面倒を見られるほど暇じゃない」
「それにしたって」
「心配でもして欲しかったのか。それとも、叱って欲しかったのか。何故お前が、制服ではなく、体操服なのか聞けば良いのか。お前が、この繁華街で友人と何をしようとしていたか聞けば良いのか。夜は出歩くなと言えば良いのか」
「とう……」
「お前はもう自分の頭で考えられるとしだろう。正義とは何か、正しいとは何か自分の頭で考えられる。私の見立てが間違いではないのならな」
先に帰る。そう言って、父さんは俺と朔蒔の横を通り過ぎていった。
本当に冷たい言葉だった。でも、それでいて、その全てが俺の心に刺さって抜けなかった。こんなに惨めになるなら、挨拶だけして……いいや、無視してもよかったんじゃないかとすら思えるほどに。
「……」
「星埜、泣いてんのか?」
「泣いてない……いつもの事だ」
ズッと鼻を啜って、俺は朔蒔に背を向けた。さすがの朔蒔も、俺の心情を察してか、ウザ絡みをしてこなかった。
初めから、そんな風に気遣えるのなら、気遣って欲しいと、八つ当たりのように思ってしまうのは許して欲しい……
(いいや、これは俺が悪いな)
ハハッと、乾いた笑いが漏れて、俺は一歩踏み出した。
「おい、星埜」
すると、後ろから腕を引かれ、俺は思わず振返る。そこで見たのは、同情するような、置いていかれることを悲しいと、寂しいと叫ぶような子供の顔をしている朔蒔だった。