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(なんつー顔、してんだよ)
バカか、と口から漏れそうになったが、何とか飲み込んで俺は、ネオンの光に照らされ、逆光になりながらも、はっきりと見えた朔蒔の表情を見て言葉を失った。
置いていかないでと叫び声が聞えそうな顔。でも、その口は開いていないし、俺をじっと見て、何かを訴えているように見えた。
「あ、え、何?」
やっと開いた口からは、間抜けな声が出て、俺だけが何も理解できていないようなそんな表情で見つめれば、朔蒔は、さらに俺の腕をグッと引き寄せて、そのまま唇を俺の頬に押し付けた。
チュッと音を立てて離れたソレは、俺が知っている朔蒔とのキスとは違う、まるでおまじないか何かのような可愛らしいものだった。
俺の思考は完全に止まっていた。今、何が起きたのか、俺はどうしてこうなっているのか分からず、ただ、目の前の大嫌いで、可愛い顔している男を見つめることしか出来なかった。
「え、さく……」
「俺のママンが……やってくれてたから。おまじない的な、愛情表現っつーの? よくわかんねェけど」
と、朔蒔はもう片方の手でガシガシと頭をかきながらいう。
(ママン? まま……母親のことか)
朔蒔が聞き慣れない単語を言うので、頭の中でどうにか変換して、朔蒔のいうママンが、彼の母親だということを理解する。そして、朔蒔の母親がしたように、朔蒔は俺の頬にキスしたと。それは、性愛とか恋愛とかじゃなくて、親愛的な。温かくて大きな愛を、俺に注いでくれたのだと。
おまじないといったから、彼にとって特別な物なのかも知れない。
俺が知っているこいつのキスは、強引で俺の意思なんて尊重しない獣みたいな物だったから、以外というか、本当に琥珀朔蒔とう男がよく分からなかった。
「星埜が悲しそうな顔してたから。元気の出るおまじない的な?」
「は……子供見てえ」
「星埜だって、さっき、親父に怒られて悲しそうな顔してたくせに?」
「それは……」
言葉が詰まる。
先ほどの冷たい目と、冷たい言葉を思い出して、また身がキュッと、心臓がギュッと掴まれるような感覚に陥った。
朔蒔は、思い出さなくていいよ、あんなの。と軽くいったが嫌な記憶という物は、頭の中で何度も再生されて、根強く残ってしまう物で、ほんの数分前のことでも思い出してしまうのだ。
それを見て、朔蒔はぽつりと零す。
「あーでも、いや、俺の父親よりかはマシだし」
「何だよ……お前、父親と仲悪いのかよ」
朔蒔は、俺が自分の言葉を拾いあげるとは思っていなかったのか、あの真っ黒な瞳を丸くして、何度か瞬きをして首を傾げた。それから、あー、だの、んー、だの唸った後、興味なさげに笑う。
「ん、クソだよ。最悪。あんなゴミと血が繋がってるとか勘弁して欲しい」
「自分の親をそこまで言うか。さすがにないだろ」
「いーや、あるンだなあ、それが」
と、朔蒔はいうとひらひらと手を振った。
朔蒔が家に上げたくないといった理由は、父親のせいか。と何となく察して、でもそれ以上は突っ込もうと思えなかった。何だか、そんな簡単な事じゃなくて、朔蒔を取り巻く、今の朔蒔を創り上げた原因がそこにあるかも知れないというのに。それでも、俺は踏み込めなかった。
朔蒔が踏み込むなというように、線を引くから。
「まあ、俺の家族とか、家のこととかはどーでもよくて。星埜の親父、ピリピリしてるだけだと思うから。理由が何かは知らないけど」
「……」
朔蒔がそんなふうにあっさりというので、いうべきか迷ったが、何故か今は聞いて欲しいという感情に駆られて、口を開いてしまった。
「…………母さんを殺した殺人鬼を、父さんは追ってるんだ。ずっと……十年近く」
「……」
「何だよ、聞きたいみたいな顔してたくせに」
これは、八つ当たりだった。
自分がいっても良いかななんて思ってしまった事が恥ずかしくて、情けなく感じて、朔蒔のせいにしようとしてしまった。最低だと分かっていても、朔蒔はそれに気づく様子もなく「あーごめん、ごめん」といつも通り謝る。
「そーなんだ。まあ、そりゃ、拗れるわなァ」
「……そういうことだ。俺の父さんは警察官で、俺の目標で憧れで……数年前までの話だったけど。でも、いつか、あの正義感溢れる父さんに戻ってくれると信じてるんだ」
「それで、星埜はその殺人鬼のこと探してると」
「いや、俺は……父さんがやめろっていってるし。すっげぇ、危ない殺人鬼だってのは、母さんを殺した方法見れば分かるし」
今思い出せば、吐き気が込み上げてくる物なのに、あの時の俺はどうにかしてた。
そんな俺の言葉にも興味なさげに「見つかるといーな」見たいなこと言って、朔蒔は俺を見ていた。そこの見えない黒い瞳で見つめられると、身体が熱くなるのはどうしてだろうか。
「じゃあ、その殺人鬼がまだどっかでうろうろしてるかも知れないから、星埜気をつけて帰れよ」
「お前だって……ん!」
「おやすみのキス」
ぺろりと舌を出して、朔蒔は笑っていた。
何が、おやすみのキスだと、言い返したかったが、触れた唇が温かくて、まだその温もりが残っていて、朔蒔がひらひらと手を振りながら繁華街に消えていくのを、俺はただ見届けるしかなかった。
「何だよ……今の」
胸がザワッとしたのは、気のせいだと言い聞かせて、俺は繁華街とは逆の方向に足を進ませた。