テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「「ふわ!」」
家の中に入った途端、二人が仲良く感嘆の声を上げた。
スラム街の家とは思えないほど綺麗に保管がされている点に、まずは驚かされる。
「家の管理はスラム街の者が率先して行っているようです。備えつけの家具などもそのままですね。最初は商会の護衛をつけていたのですが、最近はスラムの住人に管理を任せています」
「ほぅ。商人とは思えぬ対応じゃのぅ」
「御心配はごもっともでございます。ですがこの物件はスラム街の者たちに愛されている場所ですので……その方が管理が容易いのですよ。経費もかかりませんし」
経費がかからないというのは、重要だ。
だがただより怖いものもない。
「スラム街の者たちとて、今の生活から脱却したいと考える者は少なくありません。そんな者たちにとって、この家はある種の聖域……二度と失わせたくないという心意気を私は買っております」
なるほど、それならただには該当しないだろう。
目に見えないものに値段をつけるのは難しいが、イグナーツは今回彼らの行動とその心に高値をつけたのだ。
私としては好ましい判断だった。
レオンとディアナは興奮冷めやらぬ様子で、店舗部分に当たる一階をくまなく探索している。
「凄い! 在庫収納スペースがこんなにあるなんて驚きです!」
「魔法で拡張されているのかな? どうやって維持しているのだろう……」
純粋に喜ぶディアナに、検証するレオン。
なかなかにバランスが取れた組み合わせに思える。
「在庫収納スペースは地下にもありますよ? レオンが見ているスペースはスラム街出の冒険者が魔法で拡張したようです。維持には魔石が使われています。住民総出で持ち寄った魔石を使っていると聞いています」
あ、きちんと情報交換ができているんだ。
スラム街の住民たちも、イグナーツによる管理を納得しているらしい。
「地下や上も確認していいですか?」
「ええ、存分にどうぞ」
レオンは上の階へ、ディアナは地下へ行くらしい。
私たちは一階に残った。
そして周囲を見回す。
これは買いだな、と思う重要ポイントとして、すぐに商売ができるように、必要な機材が整っているのかが上げられた。
かかる費用も馬鹿にならない。
初期費用は少なければ少ないほどいいはずだ。
何しろこの家ならば、クリーニングの必要もない。
毎日誰かの手で丁寧に清掃されている気配があった。
「スラム街物件ですからね……基本は賃貸なのですが、こちらの物件は買い上げも可能です」
「スラム街の住民を雇う条件で?」
「そうですね。でも孤児院の子たちが住むとなれば、雇わなくてもいいそうです。孤児院からスラム街に来た子や、スラム街から孤児院に入った子も少なくないですからね」
スラム街から孤児院に入れるのなら、本来の孤児院として機能している面もあるのだろうか。
魅了娘に支配されている今の孤児院では難しそうだが。
「……もしこの物件にするなら、購入じゃろ」
「その方が私どもも有り難いですね」
282
#死亡遊戯で飯を食う
ユイ
93
「この物件で決まりじゃないの?」
「他の二軒はこちらに比べると、住環境が良好なのですよ。長く住むならそちらを勧めたいのです」
なるほど。
あくまでもこの物件は一時住まい用の扱いなのだ。
物件を購入した孤児たちには、貯蓄に励んでもらう。
最終的にはもっと良い環境へ移り住むのを見越した上で。
そしてこの物件は孤児たちのように、後ろ盾がない純粋なスラムの住民によって運営させたい……そんな考えだろうか。
「ただ初期費用に関しては圧倒的にこの物件が安価なので……彼らの判断に任せようと思っています」
二人の様子を見ればこの物件で決定な気もする。
だが比較対照はあるにこしたことはない。
この物件で決定したあとも、もっと快適な環境を求めて頑張るという目標を定めるのもありだろう。
「……たくさん収納できそうですね! がんがんダンジョンに潜らないと!」
ディアナが鼻息も荒く地下から戻ってきた。
地下は倉庫的な扱いらしい。
「……住居環境は……スラム街と考えれば文句のつけようがないですね。今の教会と同程度です。ただ小さい子たちには、少し過ごしにくいかもしれません」
「え! そうなの?」
「うん。さすがに教会よりは小さいし、遊ぶ場所もないんだ」
教会には広くはないが庭もある。
共用のスペースもあるだろう。
「ちょっと見てくる!」
「俺も一緒に行くわ」
一度階下に降りてきたレオンは、再びディアナと一緒に上へ登っていく。
「教会と孤児院って併設されているの?」
「この街ではそうですね。孤児院の子たちは教会の庭で遊ぶのを許されています。教会内への出入りも基本的には自由ですね」
「教会への出入りが自由とは! 珍しいのぅ」
「ええ、ですから歴代の院長はしっかり孤児たちを指導していたのですが……」
今代の院長はそれができていないと。
魅了娘に絆される前から問題がある人物だったようだ。
「昔より厳しさが増しただけで、恵まれない環境になっています。他の孤児たちも途方に暮れているでしょうね」
「早急に始末せんとなぁ」
彩絲が天井を仰ぐ。
逃げ出せた子たちは残った子たちよりも、恵まれているのかもしれない。
少なくとも私たちが今、手を差し伸べているのだから。
「家具に手を加えたり、片付けたりすれば大丈夫じゃないかな?」
「そうねぇ……この物件の住居部分は、あくまでも大人たちが寝るためだけに用意された場所って雰囲気みたいだし」
「その程度ですむのは、随分と有り難い状況なのですよ?」
「それは! 勿論承知しています。本来であれば俺たちにこの物件は手の届くものではなかったと」
「ええ。それを承知の上で、問題点を洗い出しているだけです」
文句があるわけではない、と大慌てで言い訳をさせるイグナーツは、今の孤児院の院長よりよほど、聖職者に向いていそうだ。
「他の物件も見てから決めるのじゃ。ここは十分見て回れたかぇ?」
「はい! 気になる点は全て見終えました」
「はい。次の物件へ案内していただけますか?」
もっと見るべき点はありそうだが、二人のチェックポイントはクリアしたらしい。
収納は十分チェックしたみたいだけど、トイレと水回りが個人的には気になるよね。
「では、移動いたしましょう。最愛様も大丈夫でしょうか?」
「ええ、問題ないわよ。行きましょうか」
「では……次の物件は、貴方方が気にしている住居部分に力が入っている物件ですよ」
二人の瞳がきらきらと輝く。
小さい子たち目線でなく、自分たち目線でも重要ポイントなのだろう。
外に出た私たちは大蛇と大蜘蛛に乗って再び移動した。
スラム街の人々は何故か私たちを見て拝んでいる。
スリとか当たり屋の心配をしていた自分は、こっそりと胸の中で、ごめんなさい、と謝罪しておいた。
街中を大蛇と大蜘蛛で移動する。
すっかり観光名物になっているようだ。
走り寄ってくる輩が多い。
スラム街の住人を見習って控えてほしいところだ。
有象無象を駆除すべく前後左右に大蛇と大蜘蛛の護衛がついた。
レオンとディアナは勿論、イグナーツも感動している。
「……この街の人間はここまでマナーがなっていませんでしたか?」
ノワールの声が低い。
声の聞こえる範疇にいた何人かがその場でへたり込んでいる。
「魅了娘がしでかしているせいもありますね」
「子供たちがやらかすと、良識的な大人たちは咎めるが、そうでない者は便乗するからのぅ」
「子供たちのせいにする大人もおりますね……独断で駆除して参りましょうか?」
隣に並んだノワールが問うてくる。
それもありかなぁ、と思ったがやはり筋は通しておきたい。
魅了娘だって目覚めたら逸材になる可能性もあるしね。
「いいえ。自分がしでかしたことを最低限自覚させたいので、場は設けてもらわないと」
「あぁ、魅了娘を使って我欲を貪る輩も一掃する方向ですね?」
「そうね」
ノワールが珍しく怒っている。
何がそこまで彼女の癇に障るのだろう。
孤児たちが酷い目にあった点かな?
休憩小屋で面倒を見ていたノワールは、私の知らない情報を聞き出しているのかもしれない。
「二件目はこちらですね」
外観はスラム街の物件に比べてかなり小綺麗だ。
アットホームな個人経営のパン屋さんといった印象を受ける。
三階建てなので、店が一階、住居が二階三階となっているのだろう。
二人はやはり感動して物件を見上げている。
「どうぞ」
イグナーツが扉を開けても二人は私を見つめる。
笑顔で頷けば二人は弾む足取りで家の中へと入っていった。
一階は販売スペースと製造スペースに分かれているようだ。
扉の向こう側にあったのは販売スペース。
パンを並べる棚やテーブルなどはそのまま配置されていた。
結構年季が入っている。
街で長く愛されていたパン屋なのだろうか。
私の表情から疑問内容を読み取ったイグナーツが答えてくれる。
「老夫婦が若い頃からやっていたお店ですね。後継者がいなくて廃業を余儀なくされたのですよ。ちなみに老夫婦は仲良く介護施設に入っています」
「そうなのね」
「ええ、街でも有名なおしどり夫婦でしたから。三人の子供は残念でしたけど、パン屋を継がせなかったのは英断でしょう」
仕事が忙しい夫婦が子育てに手が回らないケースはよくある話だ。
また本人がどれだけできた人たちでも、子供たちが性質を受け継がないのもよくある話。
親の心子知らず。
無論その逆もしかり。
他者の手に自分たちの大切な店舗を預けたのだ。
その覚悟は知れる。
「パン棚やテーブルはそのまま服を置くのに使えそうね」
「ええ、そうですね。服を売るには少々狭いですが問題ないと思います」
「あちらの部屋では毎日パンを焼くのもありなのかしら?」
「パンの匂いのする服屋ですか……服と一緒にパンの販売も求められそうですね」
そうなってくると今の人数で回すのは難しそうだ。
孤児院から信用できる子供を連れてきて働かせるのもありだとは思う。
店では服を売り、作ったパンは昼時のみ屋台販売するという手もあるだろう。
孤児院を卒業した子たちに職業の選択肢が増えるのは嬉しい。
最初の一歩がこの店ならば、そこから先も進みやすい気がするのだ。
「住居部分はすばらしいです!」
「こんなに違うなんて……スラムと街の差を見せつけられた気分です」
レオンは感心一択だが、ディアナは凹んでしまったようだ。
無理もないが、ここで落ち込んでいる場合ではないだろう。
「そうですね。貴女は運が良い。その差を感じられる現状を目の当たりにできたのですから」
ああ、そうか。
まず本来であれば彼女たちには、見比べる機会すら与えられないのだ。
「口にできるのが既に贅沢な悩みだってわかっているんですけど、つい。すみません」
「いえいえ。自覚があるならそれで結構です。自分の目で見れば目標もより具体的になるでしょう」
「はい。それは間違いなく。最初はスラムのお店でも……ああ、頑張ればスラムのお店だけでなくここや他のお店やおうちも購入できるのか」
「孤児院では他に適正のある子もいるでしょう。ダンジョンに潜って一緒に商品を入手してもらえれば、二軒目や三軒目も考えられるのでは?」
「俺たちは運良くがっつりとダンジョンに入るための知識を与えられて、経験も踏めたからな。同じように指導してやればいいだろ」
圧倒的に力が上の人間や人外者に教えられるのと、友人に教えられるのとではいろいろと問題もでてきそうだが、目の前に食や住居があれば頑張れるのかもしれない。
「レオンは楽天家だよね……まぁ、皆だからこそ夢が見られるんだけどさ」
夢すら見えない孤児院での生活。
レオンのようなカリスマのある子は希少だ。
魅了娘のカリスマとは全く別物だから、良い方向に舵も取れるだろう。
「物件を押さえておくのってできるんですか?」
「手付けが必要だし、長くは無理だね」
「ですよねー」
「料理が上手な子はいるのかい? それこそパン焼きができるような子たちが」
二人は顔を見合わせて頷く。
「はい。シスターだけでは手が足りませんので、手伝う子は多いです。その、味見ができるときがあるので人気なんです」
「ええ、男女ともに。そうですね……即戦力なら五人ほど」
それは凄い。
この店舗の広さなら職人はそこまで必要ないが、交代要員として使えるだろう。
「その五人は優秀なので、たぶん研修させてもらえれば販売も可能かと思います」
「研修、ですか」
孤児院に在籍していたり、孤児院出だと名乗ったりすると、普通の店での研修は難しいと皆が話していた。
嫌な差別だが、実際犯罪に走る者も多いのだから無理からぬ話なのだろう。
研修させる側とて損ばかりではやりきれない。
コメント
1件
ああ~~もうこの回めっちゃ好き!!物件見学の行き来でディアナとレオンの性格の違いが出てるのがたまらんかった😭💕 ディアナが「収納すごい!」ではしゃいで、レオンが住環境ちゃんとチェックしてるとこ、凸凹コンビ感が良すぎる…。あとイグナーツがスラムの住民の心意気を評価してるところにじーんときたよ😢 この物件、ただの物件じゃなくて、人の想いが詰まってるよね…後編も楽しみすぎる!!