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初めてのFUMINORIへのおごり
リハーサルの合間、短い休憩時間ができたFUMINORIとFUMIYAは、スタジオ近くのカフェへ足を運んだ。
店の扉を押し開けると、ふわりとコーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐる。
午後のカフェは穏やかで、静かに流れるBGMと、時折響くカップが触れ合う音が心地よい。
大きな窓から差し込む陽の光が、木目調のテーブルを柔らかく照らし、まるで時間の流れが緩やかになったかのようだった。
扉をくぐるなり、FUMINORIはいつものように自然とレジへ向かおうとする。
しかし、その瞬間——
「ふみくん、今日は僕が奢ります!」
FUMIYAが勢いよくFUMINORIの前に立ちはだかった。
FUMINORIは一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに表情を引き締める。
そして、まるで当然だと言わんばかりに——
「ダメ」
「……即答!? なんで!?」
FUMIYAが抗議すると、FUMINORIは腕を組みながら静かに言った。
「リーダーだから」
「えっ?」
「それに、年上だから」
「そんなの関係ないですよ!」
FUMIYAはぐっと前のめりになり、真剣な目でFUMINORIを見上げる。
「僕だって、ふみくんにお世話になってるんですよ! 振り付けを考えてくれたり、アドバイスをくれたり……それに、絶対ご飯も奢ってくれるし!」
「それはリーダーとして当然のことだろ」
「でも、僕だって何かお返ししたいんです!」
FUMIYAは拳をぎゅっと握る。
その顔はどこか必死で、まっすぐな気持ちが伝わってくる。
「だから……今日は僕に払わせて!」
FUMINORIはまっすぐにFUMIYAの視線を受け止め、少しだけ目を細めた。
「……そうやって俺に奢ろうとするの、何回目だ?」
「えっ……」
「FUMIYA、俺が奢るのは、俺が先輩にそうされてきたからだ」
静かに告げられたその言葉に、FUMIYAは息をのむ。
「俺も昔、先輩に『受け取れ』って言われて、素直に奢られてきた。だから、お前も受け取れ。次は後輩にしてやればいい」
「……」
FUMIYAは言葉に詰まる。
確かに、FUMINORIが普段メンバーに何かを奢るとき、そこに特別な理由をつけることはない。
ただ「当たり前のこと」のように振る舞っている。
「でも……僕、ふみくんに初めて奢りたいんだ」
その一言に、FUMINORIの目が一瞬だけ揺れる。
FUMIYAの表情は真剣だった。
まるで子どもが大人になったことを証明したいかのような、そんな顔をしている。
しばらく沈黙が続いた後、FUMINORIはふっと小さく笑った。
「……じゃあ、コーヒーだけなら」
「えっ、本当に!? いいの!?」
「それ以上はダメ」
「やったぁ!!」
飛び跳ねるように喜ぶFUMIYAを見て、FUMINORIは小さく笑った。
「そんなに嬉しいのか?」
「嬉しいよ! ふみくんに初めて奢れるんだもん!」
誇らしげなFUMIYAは、意気揚々とレジへ向かう。
そして、店員が「ご注文は?」と尋ねるより早く、元気よく答えた。
「コーヒー2つお願いします!」
「かしこまりました」
カードを差し出しながら、FUMIYAはちらっとFUMINORIの方を見る。
——どうだ! ちゃんと僕が払ってるよ!
その無言のアピールを受け取ったのか、FUMINORIは「よかったな」とだけ呟いた。
「うん!」
受け取ったコーヒーを慎重にトレーに乗せ、FUMIYAは大事そうに運ぶ。
その後ろ姿を見ながら、FUMINORIはまた小さく笑った。
***
窓際の席に座ると、FUMIYAは満足そうにコーヒーを見つめた。
「ふみくん、ブラックだっけ?」
「うん」
「僕はミルクと砂糖入れる派なんだよね~」
そう言いながら、スティックシュガーを2本入れ、くるくるとかき混ぜる。
「ふみくんも、たまには甘いの飲んでみればいいのに」
「……コーヒーは苦いのがいい」
「えー、なんか大人っぽい」
FUMINORIは何も言わずにカップを持ち上げる。
そして、FUMIYAが奢ったコーヒーをひと口。
「……?」
ふと、FUMINORIの手が止まる。
「どうしたの?」
「……いや」
FUMINORIは微かに目を伏せ、またゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。
「美味い」
「……!」
その一言に、FUMIYAの表情がぱっと輝いた。
「でしょ!? 僕が奢ったコーヒーだから、いつもより美味しく感じるんじゃない?」
FUMINORIは黙ってカップを置き、視線を窓の外に向けた。
——確かに、いつもと同じブラックコーヒーなのに、ほんの少しだけ味が違う気がする。
それがFUMIYAの気持ちのせいなのか、それとも本当に特別なコーヒーだからなのか——
「……気のせいかもしれないが」
「ふふ、でしょでしょ!」
嬉しそうに笑うFUMIYAを見ながら、FUMINORIは小さく微笑んだ。
たった一杯のコーヒー。
それだけのことなのに、なぜかこの時間が少しだけ特別に思えるのは——きっとFUMIYAが、自分のために心を尽くしてくれたからだろう。
FUMINORIは静かにカップを傾けながら、そんなことを考えていた。
ふと、ふわりとカフェのドアが開き、外から冷たい風が流れ込んでくる。
午後の光は少しずつ傾き始め、窓際のテーブルを斜めに照らしていた。
FUMINORIはカップを持ち上げ、もう一口だけコーヒーを飲む。
そして、ふと呟くように言った。
「……お前がどれだけ有名になって、どれだけ金持ちになったとしても——俺が奢るからな」
「えっ?」
思わぬ言葉に、FUMIYAは目を瞬かせた。
FUMINORIはカップを置き、軽く指で縁をなぞる。
「だから、お前は素直に受け取れ。で、次は後輩にしてやれ」
それは淡々とした口調だったが、どこか優しく、そして揺るぎないものだった。
FUMIYAはしばらく黙ってFUMINORIを見つめ、それからふっと小さく笑った。
「……もう、そういうとこほんとにカッコよすぎるんだから」
そう言いながら、少し頬を膨らませる。だが、その表情はどこか誇らしげでもあった。
「でも、今日は僕が奢ったからね! 記念すべき1回目!」
「……まあ、コーヒーだけならな」
FUMINORIは目を細め、静かにコーヒーを口に運んだ。
FUMIYAは嬉しそうにスプーンでカップの中をかき混ぜながら、楽しげに話し続ける。
「ねえ、次はどこかご飯食べに行こうよ! でも今度は僕が……」
「ダメ」
「えぇぇ……!」
FUMINORIはそんなFUMIYAの反応を見ながら、微かに笑った。
窓の外を見ると、午後の日差しは穏やかに街を包んでいる。
どれだけ時間が経っても、立場が変わっても——この関係は変わらない。
FUMINORIは、静かにコーヒーの苦みを味わった