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────首都・ギルデンブルグ。


今朝から町は騒々しさに包まれていた。道は人で埋め尽くされ、押し合い、罵倒が歩いている。緊急事態が魔塔より警報で町へ響き渡ったからだ。


これまでに一度も起きたことのないけたたましい警報音に驚いた人々は、マニュアルに従う皇室騎士団たちの誘導によって避難区域を目指している状況で、しかし、上手くいっていない現状が、魔塔主のカトリナを悩ませた。


「た、大変です、魔塔主様……!」


最上階、魔塔主の間を蹴破るような勢いでやってきた一人の魔導師の男に、カトリナは「落ち着きなさい」と睨みつける。男は一旦整理しようと深呼吸をしてから、彼女に大きな声で「首都へ進撃してくる魔物の群れを確認しました!」と言った。


種族を問わず、なんらかの理由で結託しているのか、首都を目指して進撃。その数およそ万単位に及ぶと見られ、その中にはロード級の反応が千以上に及び、現状のままでは首都の結界も突破される可能性が高い。避難区域にあるポータルロックに補充される魔力では首都の住人全員を他の地域に送るのは、ほぼ不可能。時間を稼ぐか、あるいは魔物たちの全滅が、救助の条件になると報告を受けて、困惑する。


魔塔にいる大魔導師たちを総動員したとしても、ロード級の数を考えれば全滅は必至だ。首都の警備管理を行うフロアへ向かい、さらに詳しい状況を知るために急ぎ、首都周辺に見られる反応を設置された巨大な水晶の球体に映し、絶望した。


「……なに、これ。信じられない」


魔物の反応を示す赤い光がどこまでも広がっているのは、まだ分かる。だが、その中に異質な反応がある。明らかに周囲の魔物たちとは一線を画す紫色の輝き。ロード級よりもさらに強い魔物が存在する可能性を想定した──魔王イルネスが現れてから──魔力の反応。思わず手で口を押えてしまうほどの衝撃だった。


「そんな馬鹿な……こんなの誰が勝てるってのよ」


結界が反応を示すのは、ヒルデガルドの手で調整が施され、後に命名された、あるひとつの存在。──デミゴッド。決して戦ってはならないとまで忠告されているほどの怪物が、首都を目指して進撃する魔物の群れにいるのだ。


緊急事態に顔を揃えた大魔導師たちの誰もが落胆する。首都の結界などでは守り切れるものではない。ひと息のうちに剥がされ、首都には大勢の魔物が傾れこみ、ポータルロックで人々を逃がす時間も与えてはくれないだろう、と。


「落ち込んでいる場合ではございませんわ、皆様」


ふと、絶望的な状況の中にひとりだけ、はっきりとした抑揚で声を響かせる者がいる。誰もが諦める中、その女性だけが闘志に満ちた瞳を輝かせた。ティオネ・エルヒルト。エルヒルト大商団の団長にして大魔導師のひとりであった。


「たとえ敵にデミゴッドがいようと、わたくしたちに怯む理由はございませんでしょう。この命を擲ってでも時間を稼ぐのです。求めるべきは勝機でなく活路。人々の役に立つのは、何も平和の中を共に歩むことだけに限りませんわ」


飾り気のない灰色のローブに身を包み、手にはグローブを嵌めて拳を握り締め、どんっと胸を叩き、彼女はさらに続けた。


「俯いていても死ぬのを待つのと同じです。一人でも多くの人間の命を救うには、わたくしたちが最前線に立つほかありません。大賢者の名に頼って、これからも子犬のように震えるだけなら、魔塔など最初から必要ないのです」


ぽつぽつと、絶望が希望に変わっていく。ただ死ぬだけなら一人でも多くを。そんな彼女の言葉を若輩者の戯言だと罵る者はいない。年老いた魔導師の男がおもむろに立ち上がって、ふう、と息をつく。


「エルヒルト殿の言う通りじゃ。大魔導師たる称号を持つわしらが、ただ臆病に椅子に座っていても意味がない。しかし、戦うのが怖い者は無理をする必要はないでしょうな。……魔塔主様、どうかご指示を。わしらはそれに従うだけです」


カトリナは少しだけ黙り込む。自分の指示で、どれだけの人間が犠牲になるのか。死地に行けと言うようなものだ。それでも彼女は言わなければならなかった。心では誰にも戦ってほしくない。命を大切にしてほしい。そう願いながら。


「分かったわ、それじゃあ……」


大水晶に触れ、魔塔全域に音声を響かせる。


「魔塔所属の魔導師たちに告ぐ。我々、魔塔は人々の安全確保を優先するため、首都外部において魔物の軍勢との戦闘に移る。ポータルを開くから、意志のある者は準備をして魔塔入り口に集まりなさい。それから、戦うのが怖い者。家族との時間を優先したい者。それぞれ理由があって戦いたくない者は帰る支度をして避難するように。誰も責めたりしないわ。……以上よ、各自、自己の判断のもと行動へ移しなさい」


通信が終わり、ひと息つく。これが正しい判断なのかは分からない。だが、それ以外に考えられる選択肢が彼女たちにはなかった。


「ではわたくしたちも行きましょう、ここからが正念場……」


いざ出発しようとしたとき、大水晶をちらと見た魔導師のひとりが、指をさして「お待ちください、新たな反応があります!」と叫んだ。そこには、首都の前に構えて微動だにしない、三つの巨大な反応。ほぼ紫色に近い輝きの間に、黒色に染まりかけているような深い色をした反応がひとつ。


「首都の門に近いわね、水晶に周辺の状況を映せる?」


「少々お待ちください。……映りました!」


その瞬間、全員が言葉を失った。門を背にして軍勢に立ちはだかるように待つのは、二匹のドラゴンロードだ。しかし、その二匹の反応は紫色に近い色を放っているだけで、では、その黒に近い反応を示すのは何者か?


「ドラゴンの、デミゴッド!? 音声を拾って、すぐ!」


「は、はい! 問題ありません、やってみます!」


ずんっ、と音がした。稲妻を思わせる二本の角を誇らしげに、大きな尾を一振りして地面を叩く少女のような何者かが、腕を組んで──。


『聞こえておるんじゃろう、人間。──我が名はイルネス・ヴァーミリオン。大賢者ヒルデガルドの名のもと、この儂が手を貸してやろう!』

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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