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岩泉視点
朝から様子がおかしいとは思ってた。
いつもみたいにうるさい及川じゃなくて、声に覇気がない。
目も合わせねぇ。
何より――あいつ、俺から逃げた。
「…ちっ」
下駄箱から出た瞬間、胸の奥に嫌なざわつきが残った。
喧嘩したわけじゃねぇ。
俺が何かした覚えもない。
でもあいつは目を逸らして、手を振り払って、挙句には大声まで出した。
“やめてって言ってんじゃん”
あんな声、聞いたことねぇ。
苛立つというより、不安の方が強かった。
あいつは強いふりが上手い。
ふてぶてしく笑って、調子乗って、馬鹿みたいに前向きで――
でも実際は、ちょっとしたことで簡単に折れそうなガラスみてぇなやつだ。
「どこ行ったんだアイツ…」
校舎内を適当に歩く。
授業には間に合ってるはずなのに、足が勝手に及川を探してる。
階段の方から、誰かが小さく鼻をすする音が聞こえた。
まさかな。
そう思ったが、足はもう勝手にそっちに向かってた。
踊り場に差し掛かった瞬間、背中に電流が走った。
そこに座ってたのは――及川だった。
横には松川。
及川は顔を伏せて、肩を震わせてた。
松川は何も言わず隣にいて、ただ支えてるように見えた。
「……。」
胸が締めつけられた。
なんで俺じゃねぇんだよ。
怒りとも違う。
嫉妬とも違う。
ただ、悔しかった。
あいつがこんな時、俺の名前すら呼べないくらい追い詰められてるって事実が。
誰にも見せないはずの弱さを、俺以外に見せてるってことが。
「及川……何があったんだよ」
言葉が声にならねぇ。
もし近づいたら、及川はまた逃げるかもしれない。
それが一番怖かった。
松川の視線が、ふとこちらを見た。
何も言われてないのに分かった。
“今は来んな”
そういう目だった。
拳を握りしめてもどうにもならない。
俺はただ、踊り場の影から二人を見つめるしかなかった。
「馬鹿野郎…」
小さくつぶやいて、踵を返す。
今行ったら、壊しちまう。
それだけは分かった。
でも――
いつか、あいつがちゃんと俺の方を見れるまで。
逃げずに立てるようになるまで。
その時は絶対、離さねぇ。
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