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「ぱ……」
「パパ、だ」
「パパ……?」
「……」
「…………」
ちょっと待って。
(パパ?え、今パパっていった?パパ?フィーバス卿を、パパって?)
別に、なんて呼ぼうがいいんだろうけれど、まさか、顔面氷山のフィーバス卿の口からパパなんて言葉が飛び出すなんて思っていなかった。驚きで顎が外れそうだった。
「ええっと、その、えっと、パパ、と呼べば、いいんですか?」
「いいやすいと思ってな」
「……」
「ダメか」
「ぱ、パパ様……」
「……」
「パパ」
「…………しっくりこないな」
と、フィーバス卿は自分でいったくせに、何か違うと顎に手を当てて考え出した。そりゃ、しっくりこないだろう。それに、フィーバス卿は、これまで子供がいなかったんだから、自分がなんて呼ばれるか想像してこなかったのだろう。いや、想像した結果、パパと呼ばせてみようと思ったが、何か違ったということなのだろうけれど。それにしても、いい年した娘にパパ呼びでいいのか、辺境伯様でもいいのだけど、貴族ってそう言うものじゃないの? とも思ってしまう。でも、フィーバス卿も、そういうのに不慣れなんだろう。
私と一緒なのかも知れない。そんな親近感も湧いてきて、私は先ほどまでの緊張が馬鹿みたいだったと頬が緩んでしまった。
さすがに、パパ呼びは出来ないけれど、お父さんらしくあろうとしている、フィーバス卿を見て、こちらも心を開かないわけにはいかないと思った。
「おとう……さん」
「ステラ?」
「お、お父さん、お父様と呼ばせてもらっていいでしょうか!」
「……っ!?」
驚いているのだろうが、全然顔に出ない。もう、この人の表情筋は、生れたときに死んでしまったんだろうと思った。可哀相に。まあ、そんなことはどうでもよくて、多分、驚いて、そして少し嬉しいんだろうフィーバス卿の顔を見て、お父様、と呼ぶことにしようと、私は決めた。血が繋がっていないけれど、お父様、と呼ぶのは不思議だ、と慣れない感覚ながら、でもそれがしっくりきて、私はよし、と小さくガッツポーズを決める。それを見て、フィーバス卿も少し笑った気がした。
狼みたいな、シロクマみたいな人なのに、可愛さもあって、不思議だ。
「お、お父様。その、お話というのは、その、呼び方のことだけでしょうか」
「いや、それもあるんだが、色々、ステラに聞いておかなければならないと思ってな」
「は、はい」
「上手くやっていけそうか。この地で……大方、アルベド・レイの気まぐれにも思える」
「気まぐれってそんな」
「利用しようとしているのではないかと疑ったが、彼奴が、珍しく人を大切にするから、興味が湧いた。勿論、お前という存在にも興味が湧いている。でなければ、養子には取らなかっただろう」
と、フィーバス卿はいうとソファに座るように促した。黒いソファに腰を掛け、私はフィーバス卿と向かい合う。一対一、ソワソワしてしまうのは許して欲しい。
フィーバス卿が、私だけを呼びつけた理由は、アルベドについて探りを入れるためかも知れない。相変わらず、アルベドは信用がないというか、貴族なら当然で、人を疑って当たり前なのかも知れないけれど。こういう、仲介というか、どっちにも属さないけれど、どっちにも情報を渡すみたいなのは、私、なれていないと思う。すぐに顔に出るし。
「ステラの出自については何も言わないでおこう。アルベド・レイとの関係も、お前がいったとおりなのだろう」
「は、はい。アルベドとは……ちょっと複雑な関係で。でも、利害の一致って言う所はありますし、かといって、利用しあっているわけでもない……かもしれません」
「言い表しにくいのか?」
「そう、ですね……あまりべらべら喋るつもりも、喋れる内容をもっているわけでもないので」
フィーバス卿は、世界がまき戻ったことを、そもそも知らないだろう。だから、このはなしをしたところで分からないに違いない。それに、前の世界の話をして、またERROR表示が出たらたまったものじゃない。そう言うことを考慮して、濁しながら話している。フィーバス卿も、それについて言及してこないのがありがたい。
なら、フィーバス卿は私とアルベドの何を聞きたいのか。
「アルベド・レイは、随分変わったな」
「え?」
「ステラが、彼奴とどれほどの時間一緒にいたかは分からない。だが、俺の知っているアルベド・レイは、もっと疑り深く、人と距離を作っている人間だった。自分の手が汚れようと構わない。人殺しを何とも思わない、貴族らしからぬ貴族……」
フィーバス卿はそこまで言うと、ふうと息を吐いた。
確かに、アルベドは周りから見たらそう思われるかも知れない。その評価は、フィーバス卿からみても変わらないようで、アルベドが距離というか、壁を作ってきたこと、その壁を私は知らないことが今分かった。いや、はじめこそ、壁はあったのかも知れないけれど、気づかないうちに壊してしまっていたみたいな。アルベドから、そんなものを一切感じられない。いえば、レンガの壁を自分から崩して、招き入れたみたいな。分からないけれど。
でも、他の人に対しての態度は、あまり良いものではないらしい。貴族らしからぬ貴族。考えは、貴族らしいところもあるけれど、貴族らしくないところもあって。光魔法と闇魔法が手を取って生きられる世界にしたいという夢を持って。けれど、人と会話したところで、受け入れられないと、その夢は一人のもので。悲しい人、寂しい人といえば、そうなのかも知れない。
「アルベドは優しい人だと思う……います」
「そうだな。優しいのは何となく分かる。だが、もっと前は、そもそも誰かと一緒にいるなんていうことも、人を信頼し、支えようとすることもなかった、という話だ。だから、変わった、変わったように思える。本来の優しさを取り戻した、といういい方も出来るかも知れないな」
「その話を私にして、何か目的でもあるんですか?」
「目的か……嫌ないい方をするな。ステラは」
と、憐れみの目を向けられ、私はしまったと視線を落とす。私も、疑り深い性格になってしまったのかも知れない。裏切られ、断罪され、そして、戻ってきた……そんな経験があるからこそ、人をすぐに信じてはいけないと、教訓になっている。それが、今、悪い方に作用している。
さすがに、お父さんを疑うのはやめようと、私は心の中で自分を叩く。こんな自分が嫌になるけれど、自分を守る為には、疑って、自分しか信じないって言うこともまた一つ手だとは思う。それが良いか悪いかは別として。
「目的は別にない……だが、アルベド・レイが、ここまでステラを養子にと薦めてきた理由が気になってな。多分、ステラが思っているものとはまた違う理由だと思うぞ?」
「理由なんてそんな……」
フィーバス卿は、私とアルベドの目的は分からないにせよ、私達がグルであるということは見抜いているらしい。その上で、アルベドにはまた違う目的があるのではないかと、彼は言うのだ。そこに関しては私は何も言えなくて、そうなんですか、という風にしか返せない。
「可愛い娘が出来たんだ。父親として守るのは当然だろ?」
「そ、そういうものなんですかね……」
「確かに、まだ娘と認めて数時間程度しか経っていないが、俺としては、家族として仲良くやっていきたいと思っている」
「ええっと、何故?」
「俺の妻は、病弱で子供が産めない身体だったといったのは覚えているだろう?勿論、子供が産めなくても、妻を愛していた。妻も俺の事を愛してくれていた。養子の話も上がっていたんだ。だがその途中で、妻は死んでしまった。だから、子供などいらない、そう思っていたのだが……一人は辛いものだな」
フィーバス卿はそういって、自傷気味に笑う。それが、痛々しくて見ていられるものじゃなかった。本当は子供を望んでいた。けれど、そんなこといえないし、フィーバス卿の妻も困らせたくなかったのだろう。子供が欲しかった夫婦に子供が出来なかった。そして、愛する妻を失って、理想の家族など考えたくなかったのだろう。それもあって、フィーバス卿は迷いつつも、私を養子に迎え入れてくれたと。
「俺も勝手が分からない。この年まで、娘も息子もいなかったからな。少しはしゃいでいるのだ。分からないくせに。どうしようもない大人だろ」
なんて、フィーバス卿はまた笑って私を見た。でも、今度は何だか頼りない父親ですまない、みたいな感情が感じられて、私は反応に困ってしまった。