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羽田沖上空アメリカ合衆国空中司令機内通信室
ほんの数分前。
センサーマンのジャンが放った言葉をうけて、ナビゲーターのクロエは会話する気力を失っていた。
クロエは世間話に興味はなく、職務中は誰とも会話はしたくなかった。
羽田空港が見えて、緊張感も和らいだせいか、ジャンの放った無神経なひと言に、機内の雰囲気は一気に沈んだ。
センサーマン達の目の前には、空域を飛び交う様々な波長帯の電波識別モニターが備えられていて、各ポジション毎にそれらの乱れを解析し分析する。
一方で。ナビゲーターの仕事は、地上観測や目標エリアの交信傍受が主な役割である。
この通信室だけでも、15名のスタッフが働いていた。
「誰もいなくなったシブヤを歩いてみたいもんだぜ、きっと映えるぜ!一気にインフルエンサーの仲間入りだ!」
ジャンの言葉に同調する者は居なかった。
クロエは、イリノイ州シカゴで帰りを待つ、夫や子供達を片時も忘れたことはない。
東京の空であろうと、シリアだろうとウクライナであろうと、それは変わらぬ普遍的な価値観だった。
東京ジェノサイド一報を受けて、突然愛する人間が消えてしまう恐怖に、自分はきっと耐えられるのだろうか…と、幾度も自問自答した。
だから、ジャンの言葉には一層腹が立ったのだ。
隣の席のフレディは、コネチカット州ニューロンドンの生まれで、クロエは幼い頃にこの街で過ごした時期があった。
1975年生まれの同世代同士、クルーの中でもいちばん心が許せるフレディがジョークをとばした。
「あいつは田舎モンの差別主義者だ。俺らのボスにそっくりだぜ」
フレディが言うボスとは、大統領のドナルド ザッケンバーグを指しているのは明らかで、肩をすくめておどけた表情を見せる彼の姿に、クロエは幾分か救われた。
「ありがとう、フレディ…」
細かく揺れ始める機体に、アナウンスが流れる。
「ちいさな問題が発生した…心配する必要は無い、一旦着陸をやり直す。機はこれより上昇する。皆しっかり働いてくれよ。俺はもう退任間近なんだからな!』
パイロットのイルヴィン・ボイド大佐の言葉に皆は笑った。
機体は高度を上げ始めていた。