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駅前にある大きな商業ビル。その中にある、そこそこ大きな本屋さんに僕はいた。さすがに、いつまでも小出さんから本を借りてばかりでは申し訳ないなあって。
だから僕は僕で少しずつ自分のお金で本を買うようにしようと思って来てみたわけで。それと、理由がもう一つあるんだよね。僕ってライトノベルがどのようにして本屋さんに陳列されているのか見たことがないから。今までずっと、いわゆる一般文芸のコーナーと漫画のコーナーに直行して、本を購入したらそのまま帰宅していたから。なので、ライトノベルのコーナーに立ち寄ったことがなかったんだ。
と、いうわけで。僕はまず、ライトノベルのコーナーを探してみた。それで見つけたんだけど、めちゃくちゃビックリした。
「え? こ、こんなに大きいの?」
漫画程ではないにせよ、そのコーナーは僕が想像してたよりもずっと大きかった。これって、下手したら一般文芸よりも大きいのでは? それだけ需要があるっていうこと? すっごいカルチャーショックなんですけど。
でも、これだけたくさんあるとはてさて、一体どれを買ったらいいのやら。迷う。迷いすぎる程に、迷う。一応何冊か手に取ってみたんだけど、余計に分からなくなっちゃった。
だってさ、どれもこれも、やっぱりあらすじみたいなタイトルだし、全部が全部ってわけじゃないんだけど、ほとんどが似たり寄ったりで。これじゃあ、どれが面白いのかどうか全く分からないんですけど!
「うーん、どうしよう……」
と、絶賛爆悩み中のところに、僕の名を呼ぶ声が背後から聞こえた。その声で誰なのかはすぐに分かった。
「あ、園川くん」
そう、小出さんだ。今まで制服姿しか見たことがなかったけど、今日は日曜日。だからもちろん違った。私服だった。ワインレッドのコートを羽織って、真っ白なパンツ姿。そしてこちらもパンツと同じように真っ白な色のマフラーを首に巻いていた。
初めて見る小出さんのプライベートファッションだけど、僕の率直な感想。『めちゃくちゃ似合ってて可愛い』という感じ。口には出さないけどね。恥ずかしいから。それに、なんか口説いてるみたいに思われちゃいそうだし。いや、最終的な目標としてはクリスマスデートに誘うわけだから口説くことになるんだけど。でも、今じゃない。機はまだ熟してない。
に、しても。普段の小出さんってこういう服装なんだ。てっきり黒づくめな服装なんだろうなって勝手に想像してた。僕とは普通にお喋りしてくれてるけど、コミュ症なことにはまだ変わりないみたいだから、なるべく目立たないようにするために、そんな服装なんじゃないかなって。
なんだか、小出さんの秘密を知ることができたみたいで嬉しいな。
「珍しいね、園川くんが本屋さんにいるの。私、ここには結構来るんだけど、会ったの初めてだもん」
「そうなんだ? 小出さん、よく来てたんだ。僕もこの本屋さんに来たのは初めてじゃないんだけど、会ったことなかったね。たぶんライトノベルコーナーに来たのが初めてだからかな? でもビックリしちゃった。すっごく大きなコーナーなんだね、ライトノベルって」
「そうだね。でもね、最初は小さなコーナーだったんだ。だけどそれが年々広がっていったの。結構売れてるみたいだよ? たぶんそれが理由なのかな」
なるほど、そうだったんだ。ライトノベルって以前はそこまで大きなコーナーじゃなかったんだ。もしかしたら、今まで僕が気付かなかったのは興味云々というより、その時はまだ小さなコーナーだったのかも。だからそのコーナーが大きくなっても、無意識的にそこに立ち寄る必要性を感じなかったからのかな。
「小出さんもやっぱり本を買いに来たんだよね?」
「うん、そうなの。私の大好きな『オッサンが異世界に転生したらレベル九十九のマスターになって敵なしだけど、戦うのが面倒なので辺境の地でひっそり暮らします』の続編が出るんだけど、その発売日が今日なの!」
相変わらず、すごく長いタイトルだなあ。小出さんもよく覚えることができるよね。感心するよ。僕には無理。絶対に。
それにしても小出さん、すごく嬉しそう。よっぽどその小説の続編を楽しみにしてたんだろうなあ。にしても、やっぱり本のことになると別人みたい。目にはやっぱりお星さまがいっぱい散らばってキラキラしてる。
小出さんはいつだって、好きなことに一直線だ。
「あ! そうだ! 小出さん、ひとつお願いしてもいいかな?」
「え? お願いですか?」
「うん、そうなんだ。お願いしたいことがあって。ライトノベルを買いに来たのはいいんだけど、あまりに数が多すぎてどれを買ったらいいのか悩んでたんだ。だから、ライトノベルマスターである小出さんに選んでもらいたくて」
「ら、ライトノベルマスター!」
どうして思い着かなかったんだろう。迷ってるなら、小出さんにメッセージアプリでオススメの本を教えてもらえばよかったんじゃん。でも偶然、僕は小出さんに会うことができた。ここでお願いしないわけにはいかない。ちょっとお手間を取らせちゃうから申し訳ないけど。
に、しても。小出さんの目の輝きがさっきまでよりもいっそう強くなっているような気が。もしかしたら小出さん、ライトノベルマスターって呼ばれたのが嬉しかったのかな?
「ま、任せて園川くん! 私、一生懸命選ぶから!」
そして小出さんは気合を入れるように『ふんす』と鼻息を荒くした。す、すごい……やる気に満ち溢れてる。
で、言うが早いか、小出さんは僕にオススメしたい本を探し始めた。そして、それらを次から次へと見つけていって、どんどん手に取っていった。それはもう素早く。そして俊敏に。小出さん、こんなに速く動けるんだ。体育の授業の時とは大違い。運動が苦手みたいで、いつも転んだり、100メートル走のゴールまでたどり着けなかったこともあったくらいだし。
だけど――。
「これと、これと、あ! あと、これも!」
しまった! 先に伝えておくべきだった!
「こ、小出さん! ごめんね! 一度ストップ! ストップ!」
「え? ど、どうしたの園川くん?」
オススメのライトノベルを棚から見つけ出してはそれを取り、どんどん抱え込んでいった小出さんなわけだけど、時すでに遅し。小出さんが抱え込むそれは、すでに二十冊は超えていた。
「本当にごめなさい小出さん! お小遣いが全然足りなくて……。そ、それでね、すごーく申し訳ないし言いづらいんだけど、三冊までに絞り込んでもらえないかな?」
「さ、さ、三冊!!?」
あー、本当に申し訳なく思う。小出さんがせっかく僕のために一生懸命探してくれたというのに。チョイスしてくれたというのに。
そして小出さんは困ったような、悲しそうな顔をして選別しながら、一冊一冊を棚に戻していった。別れを惜しむようにして。
「これも……これも……これは……ど、どうしよう……」
慎重に選別をしながら、小出さんは本を棚やらに戻していく。まるでドナドナ。僕に読んでほしいと思った本との悲しい別れだった。
「そ、園川くん……こ、この三冊で……」
悲しげで寂しげな表情を浮かべながら、ライトノベルマスター小出さんはその三冊を僕に手渡してくれた。これ、いつか何かしらの形でお詫びしたいな。
「ありがとう、小出さん。僕のために選んでくれて」
「うん……その三冊、本当に面白いから。それじゃ私、帰ります……」
そう言い残して、小出さんは本屋さんを出ていった。背中が泣いている。全精力を使い果たしてしまったみたい。
と、思ったら。すぐに戻ってきた。
「どうしたの、小出さん?」
「あ、あの。夢中になりすぎて、私の本を買うのを忘れちゃってました……」