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「よし、出来た!」
パソコンで『END』マークを打ち込み、それをモニターで確認して実感する。書き切ったんだ。ついに僕は書き切ることができたんだ。やった。やってやったぞー!
僕は心の中で大きく、そんな声を張り上げた。本当は実際に声に出したかったけど、もう深夜だから家族も寝ているし、そもそもご近所迷惑になってしまう。だから自重。我慢我慢。
で、一体何を書き切ることが出来たのかと言うと、小出さんと約束していた小説だ。タイトルはずばり、『異世界に飛ばされてしまったけど、与えられたスキルが【空き缶をやたらと拾う】だったので元の世界に早く戻りたいんですけど!』だ。うん。我ながらタイトルだけは一人前……なのかな?
ちなみに、今回書いたのは短編。さすがに長編を書く文章力も発想力も、僕にはないから。元々、国語は苦手科目だし。それに、クオリティーも低い。それは自分でも分かっている。分かりすぎる程に分かっている。
だけど、そんな僕でも書き終えた時に強く感じたことがあった。高揚感だ。まるで泉から自然と湧き出てくるようだった。高揚した感情。充実感。達成感。それらがどんどん溢れ出てくる。それこそ、止め処なく。
こんな感覚を覚えたのは生まれて初めての経験だった。考えてみたら、僕は今までの人生の中で何かを成し遂げたことがなかった。何かを始めてもすぐに飽き、すぐに投げ出す。それが僕、園川大地という人間だった。
でも、初めて小説を書いてみて、書き終えてみて、僕は理解することができた。小出さんが今でも小説を書き続けている、その理由を。書き終えるたびにこの感覚を得られるなら、そりゃやめられないよね。
「うん。明日、学校に持っていこう。それで小出さんに読んでもらうんだ。僕の内面を全部さらけ出すみたいで、ちょっと恥ずかしいけど」
そんな独り言を口にしながら、時計を見る。もう深夜二時を回ろうとしていた。さすがにもう寝ないといけない。じゃないと寝不足で授業中に寝てしまうことになりそう。
でもその前に、僕は新鮮な空気を吸いたくて窓を開けた。そして空を見上げる。目に入る星々が、いつもよりも煌めいて見えた。今の僕の心の中を映し出しているような、そんな感じがした。
* * *
翌日。
いつも通り学校に登校した僕は、お昼休みになるのを見計らって、小出さんに話しかけた。昨夜書いた小説を印刷した用紙を持って。
「ねえ、小出さん? ちょっといいかな?」
「あ、園川くん。うん、大丈夫だよ? ちょうどお昼ご飯も食べ終わったし」
「えーとね。ちょっと恥ずかしいんだけど、これを読んでもらいたくて」
僕は背中で隠して持っていた数枚の用紙を小出さんに差し出した。それを見た瞬間、小出さんの目が強く光る。まるで宝物でも見つけたかのように、強く。
「え!? え!? そ、それってもしかして……!」
これが何なのか、どうやらすぐに気が付いたみたいだ。それにしても、相変わらず小説だったり本のことだったりすると、小出さんってすごく生き生きする。
そんな彼女を見て、僕は素直に思った。
なんて素敵なんだ、と。
「そう。この前に約束した、僕が書いた小説。でも、小説とは呼べないかも。自分で読み返してみたんだけど、稚拙だし面白くないなあって。小出さんに読んでもらったら笑われちゃんじゃないかな」
「そ、そんなことない!!」
僕は軽い気持ちで言っただけだった。だけど、それを聞いた途端、小出さんは大きく反応した。小出さんにしては珍しく、いつもより少しだけ大きな声で。
それだけじゃない。彼女の発したその声はとても力強く、はっきりとした強い意思が込められていた。そして続ける。僕に伝えたい気持ちを込めて真っ直ぐに。そしてストレートに。
「あのね、園川くん。小説を書くことって、創作をするってことって、それって、それだけで意味があると思うの。上手いだとか、下手だとか、面白いとか、面白くないとか、そんなの全然関係なくて。自分が想ってることを形にするだけで、とっても素敵なことで」
「小出さん……」
「だから園川くん。自分が書いたものをそんなに悪く言わないであげて。せっかく園川くんが書いた小説が、きっと泣いちゃうから」
正直、ビックリした。本のことやアニメのことになると、小出さんは別人のようになって流暢に喋ることは知っていた。けど、それだけじゃなかったんだ。人と話すことが苦手で、シャイで、引っ込み思案で、ちょっと失礼だけどコミュ症で。だから気付かなかった。
小出さんの胸の中は、こんなにも情熱に溢れていたんだ。そんな女の子だったんだ。
それを知って、僕は小出さんのことをもっと知りたいと改めて思うようになった。そして、よりいっそう、彼女のことが好きになった。
小出さんは、とても素敵な魅力に溢れているから。
「それじゃ園川くん。この小説、受け取らせてもらうね」
「うん、短編ですぐに読み終わっちゃうだろうけど、読んでほしいな。あと、もう自分が書いたものを悪く言うのはやめるから安心してね」
それを聞いて、彼女はこくりと頷いた。そして僕の書いた小説の用紙を受け取ってくれた。大切な僕の気持ちをしっかりと預かるようにして。
「ところで、小出さんの方はどう? 小説、まだ書き進めてる感じ?」
「えーと……じ、実はもう書き終わってて……」
「え!? そうなの? ちなみにどんなジャンルなのかな? よかったら教えてほしいなあ、なんて」
「じゃ、ジャンルは……恋愛ものです……」
「恋愛ものなんだ。僕はてっきり大好きな異世界ものなのかなって思ってたよ。やっぱりあれ? この前の薄い本みたいなちょっとエッチな内容なのかな?」
「ち、ち、違うの! あ、あれは前にも言ったけど……って、ま、また、じ、自爆しそうなのでやめておく……。それと、薄い本じゃなくて同人誌だから。その……えと……」
あ、いつもの小出さんに戻った。急にあせあせし始めた。それにしてもちょっと気になるなあ、薄い本。もとい、同人誌のことが。
「小出さん、ちょっと質問。同人誌ってどこで売ったりしてるの? 本屋さんに行って探してみたんだけど見つからなくて」
それを聞いて、小出さんのアンテナがピーンと反応した。まるで某妖怪ものの妖怪アンテナみたいに。
「……もしかして園川くん、同人誌に興味あったりするの?」
「うん、興味はあるかな。一体どんな作品があるのか、どんな感じで売られているのかとか、どんなふうに陳列されているのかとか。なんだか気になってて」
そう。これが僕の素直な胸の内だった。僕の人生の中で初めて耳にした、『同人誌』という単語。それがずっと気になっていた。
「……一緒に行く?」
「え? い、一緒に? ちなみにどこに?」
「うん、秋葉原。ちょうど明日は学校お休みだし、園川くんにも見せてあげたいなって思って。同人ショップを。……だ、駄目……かな?」
僕は耳を疑った。え? 小出さんと一緒に秋葉原へ? 嘘でしょ? なんだかまだ実感が湧かない。だってそんな展開、予想だにしてなかったから。
けど、こう答えるに決まってるじゃないか。
「行く! 行きます! 秋葉原に! それでぜひ、僕をその同人ショップとやらに連れて行ってよ!」
「良かった、なんか嬉しい」
小出さんは安心したように、ふうっと息を漏らした。そして頬を緩ませ、少しはにかんだような笑顔を見せてくれた。僕にはそれが嬉しくてたまらなかった。
だって、小出さんはめったに笑わない女の子だから。
「――ありがとう、小出さん」
そして、感じる。僕が小出さんに抱いていた恋という名の感情。その形が、大きくなっていくのを。
まるで風船を膨らますように、大きく。大きく。
『第9話 お誘いだよ小出さん!』
終わり