テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「恋を鳴けない猫の願い」
朝になると、黒猫はいつもの塀の上にいた。
細い路地の先。
決まった時間に、決まった足音が聞こえる。
——来た。
ぴくり、と耳が動く。
紅い瞳が細くなる。
「……にゃ」
小さく鳴くと、
その人は今日も足を止めてくれた。
「おはよ、猫ちゃん」
ふわり、と笑う。
レトルトの声はやさしくて、
撫でる手はあたたかい。
黒猫は目を細める。
本当は、
もっと触れてほしい。
もっとそばにいたい。
もっと——
でも、猫だから。
喉の奥で鳴くことしかできない。
「今日もかわいいなぁ」
くすっと笑って、
レトルトはまた歩いていく。
その背中を、
黒猫はじっと見つめていた。
行かないで、って
言えたらいいのに。
好きだよ、って
伝えられたらいいのに。
伸ばした前足は、
届かないまま空を切る。
「……にゃぁ……」
寂しそうな声だけが、
朝の道に溶けた。
夜。
ひとりきりの屋根の上。
黒猫は丸くなって、空を見上げる。
星がきらきら光っていた。
あの人の瞳みたいだと思った。
黒猫は、そっと目を閉じる。
——神様。
もし願いが叶うなら。
一度だけでいい。
あの人の名前を呼べる声をください。
あの人の手を握れる手をください。
そして——
“好き”って言える、
人間にしてください。
遠くで、風が鳴いた。
明日もきっと、
黒猫は塀の上で待っている。
届かない恋を、
胸いっぱいに抱えたまま。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
2,486
324