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思考を総動員する中、幸人には一つ思い当たる節があった。
それは数日前の執行中の事。
あの日は何時も通り依頼を請け、何時も通り造作もなくターゲットを消去した。
だが何時も通りの事に、この日は一つだけ相違点があった。
それは何者かに、現場を目撃されたという事。
だがそれは別段珍しい事でも、計算外の事でもない。
寧ろ“よくある”事。
目撃者が騒ぎ立てたり、事を大きくしようものなら、口封じに消去する方が何かと都合良いだろうが、狂座の基本は『指定されたターゲット以外は、余程の事がない限り介入不可』が原則である。
ただ『目撃された』だけでは、そのまま見過ごすのが普通。そもそも痕跡も実態も無いのだから、立証すら出来ない為、狂座にとって『目撃程度』は何も問題無いのだ。
幸人も勿論、あの場は痕跡も残さず消えた。隠れて目撃していた者が、反応から只の一般人であった事は明白だったし、そのまま問題無しと判断。
だがもし、その時の目撃者が亜美だったとしたら?
それは幾ら何でも考え過ぎかもしれない。
しかしそれなら辻褄は合う。偶然とはいえ、その因果関係に。
だが幸人は不思議に思う。何故亜美は『雫』に自分を感じたのか――と。
姿形がまるで違う筈なのに――
「それが女の勘ってやつだよ幸人お兄ちゃん」
まるで幸人の心をを見越したかのように、意味深に悠莉が口を挟んでいた。
――女の勘、即ち女心。それはやはり男には到底理解出来ぬもの。
「気を付けないとな……」
特に悠莉を怒らせたら不味い事は、幸人には“痛い程”よく分かっている。
そして――何より亜美は要注意だ。彼女の狂座を調べる真意は分からないが、場合によっては巻き込まれるかもしれない。
少なくとも亜美からは、それらのジャーナリストとは何処か毛並みが違うものを感じる――
“単なる興味本意なネタ収集とは思えないのだ”
「――それで幸人お兄ちゃん?」
「うん?」
悠莉が不安げな表情で聞いてくる。
「亜美お姉ちゃんが幸人お兄ちゃんの事を――狂座を知ってしまったとして、その時は……やっぱり消しちゃうの?」
さらりと怖い事を言っているが、その瞳はある種の――『そんな事をしてほしくない』という、虚げな色を映し出していた。
「そんな事はしないさ」
その不安を払うかのように、幸人ははっきりとそう明言。
「ホント!?」
途端に悠莉の表情が明るくなる。
彼女は亜美が例え全てを知ってしまったとしても、それが原因で危険な目に遇わされて欲しくはないのだ。
「ああ……約束だ」
その想いは幸人も同じ。罪の無い一般人が消される事は、本来有ってはならない。
だが狂座上層部は、嗅ぎまわる者を『不穏分子』として消去する判断を取る事も有るだろう。
事実――過去にそういう事態は何度もあった。
狂座にとってそれら身辺を嗅ぎまわる者等、目障りな塵程度の存在でしかないが、幸人はその処置には常日頃から遺憾だった。
勿論、これまでに引き受けた事はない。消去すべきはあくまで、依託されたターゲットのみ。
それは亜美も例外ではない。
――ではこれから取るべき道は?
「でもどうしよう? 亜美お姉ちゃん、このまま諦めると思えないよ?」
口にする悠莉の不安。それが正に一番の胆だ。
何の目的かは分からないが、亜美は狂座究明及び、幸人との関連性調査を断念する気はないだろう。
あの執念にも似た追跡ぶりからして、その芯の強さは伺えた。
だがこの件からは手を退かせたい。
これは幸人自身の保持の為ではなく、何の力も持たない亜美の為。
生半可な気持ちではないにしても、狂座へ深入りするのは余りに危険過ぎる。常人とは所詮、棲んでいる世界が違い過ぎるのだ。
“手を退かせた方がいい。裏の実態を知る前に――”
「それとなく……手を退かせるさ」
淡々とした呟きながらも、幸人のそれは明確なる決意の顕れ。
亜美をこのまま放っては置けない、彼女自身の安全の為にも。
そして出来れば、亜美の意思を汲んだ上で狂座から手を退かせたい――と。
「じゃあボクも普段通りにしとくよ~」
「ああ……。と言うか、お前は何時も通りじゃないと調子が狂うよ」
「何それ~」
真剣な密談はこれで御開き。場は何時も通り、悠莉の笑いの絶えない和やかな雰囲気に戻る。
「それよかこの首輪、何か違和感があるよオレには」
「えぇ! その方が可愛いよぉ?」
「くくっ……似合ってるぞジュウベエ」
「お前らなぁ……。猫事だと思って――」
悠莉の趣向により、無理矢理付けられた鈴付き首輪に不満を顕にするジュウベエ。全く意に介さない悠莉。内心可笑しくて堪らない幸人。
本日も平和だ。表に於いてそれは、これからも変わる事はない。
――明日も何時も通りの日常だ。これに亜美が関わってくる以外は。
だが彼等は知るよしもなかった。亜美とのこの出逢いが鍵――“引き金”となっていた事に。