テラーノベル
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こうした日々は、暫く続いた。
蓮に抱かれたくて、一人で行為に及んだのは神に誓ってもあの日だけだったけれど。
今では阿部さんは、蓮に合鍵を貰い、連の不在時にも家にいることがある。そんな折には、時々俺と話をした。
「お邪魔してます」
「こんにちは」
阿部さんはとてもいい人だ。
そしてとても可愛らしい人でもある。蓮と付き合ってから、どんどん綺麗になっていったように見えるのは、彼が恋をしているからかもしれない…。
俺は、恋ができないから。
それどころか、変化など全くしない、ただの木偶人形だ。人ですらない。
「蓮と仲良いんだね」
「……………」
蓮の帰りを待つ間、蓮の真似をしてコーヒーを淹れてみた。あ、もうコーヒーメーカーもあるから、本物の豆で入れた香り高いコーヒーだ。良い匂いが部屋中に広がるのを、阿部さんはわざと胸いっぱいに吸うようにして、白い歯を輝かせ、笑顔を見せた。
「君はコーヒーも淹れられるし、出来ないことなんかないんじゃない?人間と一緒だね?」
「そんなことないですよ」
蓮相手じゃないから、俺も敬語で話した。
阿部さんは、ぷうっと頬を膨らませた。
「俺とは友達になってくれないの?」
「友達……ですか」
「そう。仲良くしようよ?翔太って呼んでもいい?」
「はい……うれしい…です」
本当だった。
この人は、温かくてすごく優しい。とても美しいし、蓮が好きになるのもよく分かる。
阿部さんは、俺が、蓮と『そういうこと』をしたことがあるのをきっと知らない。俺のことをただの純粋なアンドロイドだと思っている。
蓮も知られたくないのだろう、俺のことを聞かれると、年代物のアンドロイドだよと答えるようになっていた。そしてあまり俺を見ない。むしろ、近頃では阿部さんの方が気遣って俺に優しいくらいだった。
「翔太は、すごく綺麗だね」
「え………」
そんなの もうここ3ヶ月くらい…そう、蓮に抱かれなくなってから言われなくなった言葉だ。そして、滑稽だと思った。容姿を褒められて、少し嬉しい自分が。
「初めて会った時、蓮の好きな人なのかなってちょっと妬いちゃった」
阿部さんは屈託なく笑う。
妬く……?
俺に?
頬が熱くなる。その作用がわからなかった。
どうして?
なんだか変だ。
「だから、蓮に、人間じゃないよって説明されてほっとした。こんな俺って、性格悪いでしょ?」
「そんなことありません。俺は、ただの道具…で」
胸の奥がまた軋む。
自分で自分のアイデンティティを説明する時、言葉が出にくくなるのはなんでだろう。また少し混線してるのかな…。
阿部さんは言った。
「何のための道具なんだろうね?蓮にとっての翔太って」
その一言に答える者はここにはおらず、その質問は、その場にしばらく楔のように、二人の間に沈殿した。
「ただいま」
蓮が帰って来た。
俺は、いつものように、それ以上は何も言わず、関わらず、二人の邪魔をしないように客間へと向かった。
蓮もことさらに何も言わない。
阿部さんは、ぱっと笑顔を輝かせて、蓮に可愛らしく甘え、二人だけの夜がこれから始まる。こうなると、俺は余計者でしかなかった。
二人の交際は順調だ。
そろそろ一緒に暮らそうか、という話まで出ているらしい。それはとても喜ばしいことだと解釈した。
しかし一向に、俺のボディの不調はおさまらない。それどころか、思考にまでバグが発生していて、とっさの反応が遅れてしまうことが増えた。俺は蓮にお願いしてみた。
「俺、メンテナンスを受けたいんだけど」
「どうかしたの?」
「調子が悪くて…。このままだと急に動かなくなって、蓮にも迷惑かけそう」
「そっか」
「ごめん、面倒掛けて」
「いや…わかった。すぐに手配しておくね」
役に立たない俺をこのまま置いてくれている蓮、もうすることもないのにここに居続ける役立たずの俺。
工場に着いたら、パーツを一から点検してもらおう。メインコンピュータのバグが修正できれば、まだ問題なく動けるはずだ。戻ったら、簡単な手伝いでもして、時には話し相手になって、二人とまた仲良くやっていける。
そんな、分不相応な夢を、その時の俺はまだ見ていたんだ。
コメント
7件
どうなるのかな🥺🥺💙
しょっぴー... 続き楽しみです!!