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目が覚めた時、隣にはもう誰もいなかった。
ただ、不自然に整えられたシーツと、机の上に置かれた数枚の万札だけが昨夜の出来事が現実だったことを証明していた。
『あいつ…』
俺は札を掴み、乱暴にポケットにねじ込んだ。
金なんていらない。
俺はただ、あいつがあのままどこかへ消えてしまいそうで怖くて追いかけただけなのに。
あいつは、俺の気持ちなんて微塵も理解しようとせず、金で解決しようとした。
学校に着くと、そこにはいつもの風景が広がっていた。
そしてその中心には、いつもの「仁人」がいた。
「おはよう、勇斗。今日も眠たそうな顔してんね(笑)」
仁人がキラキラした笑顔で俺に話しかけてくる。
昨夜、あの暗い部屋で、嫌いなタバコを吹かしながら「死ぬほど嫌い」と呟いた少年と目の前の少年がどうしても結びつかない。
そのあまりの落差に眩暈がした。
『…まぁちょっと、寝不足』
俺はぶっきらぼうに答えて、自分の席に座った。
すると、後ろの席の女子たちが、キャッキャと騒ぎながら仁人の周りに集まってくる。
「ねぇ、吉田くん!昨日の放課後、駅前で困ってるおばあちゃん助けてあげたんだって?クラスのLINEで回ってたよ!」
「はぁ!?誰か見てたのかよ…恥っず,,別に大したことしてないよ」
仁人は頬を少し赤らめて、謙遜してみせる。
女子たちは「やっぱり吉田くんって優しいよね」「王子様みたい」と溜息をついている。
俺はそれを見て、胃のあたりが焼けるような不快感に襲われた。
…優しい?
こいつのどこが優しいんだよ。
本当の自分を隠して、嘘の笑顔で周りを騙して。
夜になれば男と寝て、金をもらって、身体を切り売りしてる。
そんな奴のどこが「王子様」なんだ。
「勇斗もそう思うでしょ?」
『…そう、だな』
近くにいた女子に同意を求められ、俺は適当に返した。
俺だけが知っている。
こいつの「裏」を。
こいつの「汚れ」を。
それが、特権のように感じられると同時に、ひどく醜い優越感であることも自覚していた。
俺は、仁人の背中をじっと見つめた。
あいつは時折、窓の外を眺めながら、一瞬だけ無表情になる。
その瞬間だけが、俺の知っている「夜の仁人」に繋がっている気がした。
授業中も、休み時間も、俺の頭の中は仁人のことでいっぱいだった。
どうしてあいつはあんな生き方をしてんだ。
金が欲しいなら、バイトでもすればいいのに。
あんな、自分を壊すような真似しなくてもいいだろ。
放課後、俺は校門を出てからも、しばらくあいつの姿を探した。
けれど、仁人はいつの間にか人混みに紛れて消えていた。
そして、その日の夜。
俺は自分でも制御できない衝動に突き動かされ、再びあの街へと足を運んだ。
あいつがまたどこかの男に壊されているんじゃないか。
そう思うと、居ても立ってもいられなかったんだ。
ネオンが瞬く、喧騒の街。
そこで俺は、またあいつを見つけた。
昨日とは違う、ガタイのいい男の腕に抱かれるようにして歩く仁人。
あいつは男の顔を見て、楽しそうに笑っていた。
その笑顔は、学校で見せるものとは少し違う、媚びを売るような、卑屈な明るさを持っていた。
ドクン、と心臓が跳ねた。
頭に、血が上るのが分かった。
なんで。
なんで、またそんなことしてんだよ
昨日、俺があんなに止めたのに。
あいつは、俺の言葉なんてこれっぽっちも届いていなかったんだ。
ただのお節介なクラスメイトの戯言だとしか思っていなかったんだ。
俺は、無意識に駆け出していた。
人混みをかき分け、あいつの腕を掴む。
『おい、仁人!』
仁人が驚いたように目を見開く。
隣の男が「あぁ? なんだガキ」と威圧的に迫ってくるが、今の俺にはそんなのどうでもよかった。
「…勇斗?なんでまた…」
『黙れ。来いよ』
俺は、仁人の腕を昨日よりもずっと強く掴んだ。
仁人が「痛い、離して」と抵抗するのも無視して、俺はあいつを連れ出した。
行き先は昨日と同じ、あの安っぽいホテルだ。
今度は優しくなんてしない。
あいつが「金のためにやってる」と言うなら、俺がその「客」になってやる。
そうすればあいつは少しは目を覚ますんじゃないか。
そんな、最低で、狂った正義感が、俺の頭を支配していた。
ホテルの部屋に入った瞬間、俺は仁人をベッドに押し倒した。
部屋の 明かりをほぼ見えないほど真っ暗にする。
仁人の顔を見たくなかったからか、それとも、自分の汚い顔を見られたくなかったからか。
『…そんなに金が欲しくて男とやってんなら、俺にもヤらせてよ』
自分の声が、自分のものではないように聞こえた。
仁人は、一瞬だけ息を呑んだ。
けれど、すぐに「……いいよ。勇斗も、やっぱりあいつらと同じなんだな」と、諦めたような、冷たい声で笑った。
俺は、その言葉にさらに逆上した。
そのまま、乱暴に仁人の衣服を剥ぎ、その細い身体を抱いた。
真っ暗闇の中、仁人の体温だけが伝わってくる。
あいつは、一切の抵抗をしなかった。
ただされるがままに、時折、苦しそうな吐息を漏らすだけ。
抱きしめているのに少しも満たされない。
むしろ、触れれば触れるほど、仁人が俺の手の中から滑り落ちて、遠い場所へ行ってしまうような気がした。
俺は獣のように仁人を貪り続けた。
それが、あいつを救うことになると、どこかで信じ込みながら。
あるいは、あいつと同じ地獄に落ちることでしか繋がれないと思ったから。
朝が来るのが怖かった。
仁人を抱いた後のこの虚無感に俺は耐えられる自信がなかったから。
to be continued…
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