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ドアの向こうに一歩踏み出した瞬間、俺は言葉を失った。
ーー街だ。
それも、やたらデカい。
高層ビルが並び、道は広く、空は異様なほど澄んでいる。
ゴミ一つ落ちていない。
看板も落書きもなく、すべてが整いすぎていた。
「…未来都市?」
思わず口から漏れる。
「外部環境、正常デス。」
足元でミトラが言った。
「あなたは現在、居住区ブロックにいマス。」
「居住区にしては、無機質すぎない?」
建物は全部、同じ色。
同じ高さ。
同じデザイン。
コピー&ペーストしたみたいな街並みだ。
人もいる。
ちゃんと、歩いている。
でもーー
「…なんか、変じゃないか?」
誰一人、無駄な動きをしていない。
歩く速度が、全員ほぼ同じ。
信号が変わる前に立ち止まる人はゼロ。
ぶつかりそうになる気配すらない。
完璧すぎる。
「人々は、最適化された行動を取っていマス。」
ミトラが当然のように言う。
「最適化…。」
すれ違った男が、俺を一瞬だけ見た。
視線は冷たいとか、敵意があるとかじゃない。
興味がない。
俺は、街の背景の一部みたいな扱いだった。
「なあミトラ。」
声を落として聞く。
「この人たち…感情、あるよな?」
「ありマス。」
即答。
「ただし、過度な感情変動は推奨されていまセン。」
怖い単語をサラッと言うな。
街のあちこちに、透明なパネルみたいなものが浮かんでいるのに気づいた。
広告…にしては地味すぎる。
表示されているのは、数字と文章。
《行動指数:正常》
《本日の幸福効率:98.7%》
「幸福効率ってなんだよ…。」
「幸福を数値化したものデス。」
「やめろ。」
やめてくれ。
空を見上げると、雲の向こうに、うっすらと巨大な円形の影が見えた。
人工物だ。
間違いなく。
「なあ、あれ何?」
指をさす。
ミトラは一拍置いてから答えた。
「ーー気にしなくていいデス。」
「それ、気にしろって言い方だろ。」
街のスピーカーから、柔らかい音声が流れた。
《現在時刻、九時〇〇分》
《全市民は、推奨スケジュールに従って行動してください》
人々は一斉に、わずかに動きを変えた。
歩く方向、スピード、立ち止まる位置。
誰も、疑問を持たない。
「…すげぇな。」
思わず、笑ってしまった。
「ここまで管理されてたら、生きるの楽そうだ。」
ミトラが、俺を見上げる。
「そう感じるのは、自然デス。」
「…でもさ。」
俺は、胸の奥のザワつきを無視できなかった。
「これ、間違えたら息するタイミングまで、指示されそうじゃね?」
ミトラは答えない。
その沈黙が、答えだった。
そのときーー
俺の視界の端に、見慣れない指示が一瞬だけ浮かんだ。
ゲームのUIみたいな、半透明の枠。
《観測中》
「…は?」
瞬きをすると、消えた。
「今の、見た?」
「何のことデス?」
ミトラは、いつも通りの調子だ。
でも。
この街は、俺を見ていないようで
ーー確実に見てる。
そう確信した瞬間、背中に冷たい汗が流れた。