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アジェーリアが関所の門をくぐるのを見届けたティア達は、早々に帰路に就き、王城で任務完了の報告をしなければならない。
けれども、アジェーリアを門まで送り届けたグレンシスが戻ってきたかと思えば、ティアは強引に担ぎ上げられ、関所の一室に放り込まれてしまった。
予想すらしなかった展開に、ティアが目を白黒させているうちに、グレンシスは「ちょっと待っとけ」と言い残して、どこかへ消えてしまった。
それから、かなりの時間が過ぎた。あまりに長い時間放置されているので、置いていかれたのかという不安すら覚えてしまう。
「……騎士様……私のこと忘れてない……よね??」
ソワソワと落ち着かない気持ちでティアは長椅子に座っている。
この部屋は、ウィリスタリア国とオルドレイ国の調度品が、バランス良く配置され、日当たりの良い中庭に面した場所にある。
開け放たれた窓から夕陽が差し込む中、活気ある声が聞こえてくる。同僚を夕飯に誘う声や、交代を命じる声。
アジェーリア達もこれを聴いているのだろうか。
不安な気持ちを忘れ、ティアはそんなことをふと考える。
ここは両国の関所であるから、きっと異国の者同士の会話もあるのだろう。
両国の関係が良好なものになればいいと願うアジェーリアにとって、ここはその兆しが見える場所であってほしい。
弾けるような笑い声が聞こえ、ティアは窓に目を向ける。
丁度、違う制服を着た者同士が肩を抱き合いながら、建物の中に入るところだった。
自然に口元がほころんだティアは、ひじ掛けに添うように置いてあるクッションを持ち上げて顔を埋める。
昨晩の騒ぎのせいで、ティアはかなり寝不足だった。加えて、続けざまに移し身の術を使ったせいで、まだ体力が回復していなかったりもする。
だから、うっかり……本当にうっかり、そのまま寝入ってしまった。
「──ティア、お前は長椅子に座ると寝る癖でもあるのか?」
呆れ交じりのその声に、弾かれたように顔をあげれば、正装したままグレンシスが声と同じ表情を浮かべティアを見下ろしていた。
「……ありません」
とりあえず質問に答えてみたものの、寝不足のティアは、懲りずにまたクッションに顔を埋めようとする。
それを察したグレンシスは、慌ててそれを取り上げる。そして、恨めし気に見つめるティアに淡々と口を開いた。
「寝るのは後にしろ。行くぞ」
「え……?どこにですか?」
「アジェーリア殿下の元だ」
にべもなく答えたグレンシスに、ティアの頭の中で、はてなマークがぽわんと浮き出る。
「あの……なんでと聞いても」
「聞くな」
「えぇー」
ぴしゃりと斬り捨てられたグレンシスの言葉に、ティアは情けない声をあげてしまう。
それを哀れに思ったのか、グレンシスは首を横に振りながら口を開いた。
「実は……俺も良くわからない。とにかくお前を連れてこいと言われたんだ」
「……はぁ」
その説明ではまったくもって理解できないけれど、グレンシスに抱き上げられてしまい、ティアはそれどころではなくなった。
条件反射でその腕から逃れるようとしてしまうティアを、「抱いて運ぶほうが早い」とグレンシスは窘めて歩き始めた。
そこそこ広い関所を、グレンシスはティアを抱きあげたまま、中庭を通り抜けて、幾つかの廊下を曲がる。
関所は要塞でもある。ひとたび争いの場となれば、弓での攻防ができるよう、小さな明り取りの窓がいくつもある。
そこから暖かみのあるだいだい色の夕陽が、柔らかく廊下を照らしている。
そんな中をグレンシスに抱かれて歩く時間は、ティアにとっては死ぬほど恥ずかしい。
しかも関所の兵士達とすれ違うたびに、ぬるりとした意味ありげな視線をいただいてしまう。こういう時、表情筋が死んでいる自分で良かったと思う。
「あの……まだですか?」
「もうすぐだ」
耐え切れなくなったティアが問えば、グレンシスは足を止めて目を合わせて答えてくれる。
正装しているグレンシスは、いつもより何倍も凛々しい。そんな彼から目が合った途端、ふわりと笑みを向けられたら心臓に悪い。
「あ、そう……そうですか……!」
ティアが、びゅんと音がするほどの勢いで目を逸らせば、グレンシスは骨を取られた犬のような顔になる。
「そこまで嫌がらなくてもいいじゃないか、まったく」
不満を口にするグレンシスに、ティアは唇を尖らす。
(この無自覚イケメン騎士め!)
自分の顔の良さをもっと自覚しろと、ティアが心の中で文句を吐いているうちに、グレンシスの足が止まった。
扉の前には、警備兵が多く配置されている。おそらく、ここにアジェーリアがいるのだろう。
グレンシスがティアを抱いたまま、兵の一人に声をかければ、事前に知らされていたのだろう。訝しむ様子もなく、入室を許可された。
「……あ」
ティアの声は短くも、驚きの響きがあった。翡翠色の瞳も、零れ落ちそうなほど開かれている。なぜなら──
「よう、来てくれたな。わが友よ」
オルドレイ国の衣装に身を包んだアジェーリアが、花のような笑みを浮かべてティアを歓迎したから。