「志保、ちょっと来てくれるか」
ある日の放課後、志保が帰ろうとすると急に担任の先生がそう言った。
何なんだろうと思いながら志保は先生の所へ向かう。そうすると先生は自分達の周りに誰もいない事を確認して先生が言う。
「えぇっと、志保。嘘はつかないで正直な事を言ってくれ」
そして次に言われた言葉に志保は冷や汗をかいた。
「志保……君、いじめられてるだろ」
クゥーと意識が飛びそうになったのをなんとか堪えて志保は否定した。
「そんな、違います!私はいじめられてなんかいません!」
数年後、志保はこう感じるのだ。ここではいと頷いておけばどれほど良かったんだろう、と。
でも、その時志保が一番気にして一番苦痛だったのが親に余計な心配、負担をかける事だった。
「本当か?志保。嘘はつかないでくれ。いじめられてるだろ」
そう先生が言うと志保が大きな声を出して
「ちがう‼︎いじめられてなんかないもん‼︎」
と言って志保は教室を飛び出す。
昇降口まで来たところで誰かに呼び止められた。
「志保……帰ろう。一緒に」
そう言って手を差し伸べたのは陸斗だった。
帰り道をテクテクと歩いていく。志保と陸斗の影が引き伸ばされていく。
「ねぇ、陸斗」
そう志保が声をかけると陸斗はなにと返事をする。
「はたから見たらやっぱり私っていじめられてるよね」
そう志保が言うと陸斗はただコクリと頷いた。
「……そう、だよね。やっぱりはたから見ればいじめだよね」
そう言うと志保は困ったようにため息をつき
「本当に、どうしたものかね〜」
と言う。
「担任の先生とか親とかに相談しないの?」
そう陸斗が言うと志保は
「実はね……今日の放課後、担任の先生にいじめられてるのかって言われたんだけど……逃げちゃった。あと親には絶対に言いたくない。ただでさえ忙しい親に、余計な心配はかけたくない」
そう志保が言うと陸斗は不満げな顔をして
「言った方が良いと思うんだけど。親に余計な心配って言うけど、溜め込んで爆発するより心配はかけないと思うよ」
と言う。
「ただいま〜」
そう志保が言っても何も反応は無かった。
「そっか、今日確かお母さん達夜遅くまで仕事か……」
そう志保が言うとチリンチリンという音と共にニャーと言う猫の声が聞こえる。
「んー、ミーちゃん。ただいま〜」
志保の親はとにかく仕事の時間がころころと変わるため、よく帰ってきたら親が仕事に行っていて志保一人と猫一匹という事がざらだ。
ちなみに、ミーちゃんと言われている猫は本名をミルクと言い、志保が一人で居ても寂しくないようにと飼われた真っ白い毛並みをした保護猫だ。
ミルクに餌をやり、志保はキッチンで料理を始める。
志保はまだ小学生だと言うのに料理の腕前は相当だ。恐らく、学校中の誰よりも料理が上手いだろう。
「でーきた」
そう志保が呟く。
今日作ったのはチャーハンと酢豚という「the・中華料理」といった内容だ。
ご飯を食べ志保は明日の準備をする為、ランドセルを開く。
開けて真っ先に目に付いたのは国語の教科書。その教科書は泥がつき『馬鹿』『キモい』『ケロイド女はどっかいけ』などと言った言葉で汚されていた。そして筆箱を見るとバキバキに折られた鉛筆が一本。
志保は今日の帰り道に陸斗に言われた事を思い出す。
『溜め込んで爆発するよりは今言って心配させる方が良い。溜め込んで爆発する方が逆に心配だ』
志保は深くはぁと深くため息をつき考え込む
『やっぱりお母さんとかお父さんに言ったほうが良いのかな』、『でもそのせいで仕事に支障が出ちゃったらいけないし……』そう悶々と考えて出した答えは、『まだ言わない』だった。
今のところまだいじめは良くあるような感じの事しかされていない為まだ耐えれる。志保は体が丈夫な為まだ暴力などには耐えれるのだ。
しかし、それが暴言などの精神的ないじめになったらどうなるか分からない。実際志保の感覚では物理的ないじめより心理的、精神的いじめの方が志保へのダメージは大きい。
そんな事を考えているとガチャリと玄関の鍵が開き、志保の母親が帰ってくる。
「志保ー。ただいま。どこにいるの?二階?」
志保の母親がそう言うと志保は階段をドタドタと降り『お母さんお帰り』っと言った。
「うん、お子さんの状態はとても良好で安定してます」
そう産婦人科の先生に言われた。そうすると陸斗が
「よかったな、志保」
と言う。それに対して志保はやさしくこくりと頷いた。
今日は妊婦健診の日。主治医にそんな事を言われ志保と陸斗はほっとする。
『この子もいつか、お母さんお帰りって言うのかな』そんな事をお腹をさすりながら考えていると、トンっとお腹の子が蹴りをしたのを感じた。
「あっ……蹴った」
そう志保が言うと主治医の先生が
「胎動(たいどう)ですね。赤ちゃんが動いて外に出るための準備をしてるんです」
そう言うと続けて先生が
「胎動はこの時期にしか出来ない大切なコミュニュケーションです。キックゲームなどをしてみてはどうでしょうか」
と言われ、志保達は家に帰ったら早速やってみる事にした。
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