テラーノベル
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あえて手を避けられたことなんて、どうでもよかった。
そんな程度で無くせる想いじゃないから。
漢字を読み間違えたことなんて、もっとどうでもよかった。
これっぽっちのカッコ悪さなんか、なんでもない。
こんなに気持ちが昂ったのは、いつが最後だったっけ。
ダサくたって、青春じみてたって構わない。
「阿部くん、はぐらかさないで」
そんぐらい、マジだった。
おんなじぐらい、マジになって欲しかった。
本気にしてよ。
バカみたいって、怒ってよ。
会ったばっかなのにありえないって、否定してよ。
見なかったことにしないで。
強張った声に怯えるように、その手がビクッと震える。
チク…と、棘が痛んだ。
ごめんね、怖がらせて。
でも、譲れないから。
もう絶対、忘れらんないから。
ねぇ、今、何を思ってるの。
何を考えてるの。
その目の中に、俺がいないんだよ。
きっとこれは、「気付いてないフリ」じゃない。
消そうとしている。
俺が向けているこの気持ちを。
俺と出逢ったことさえも。
怒っているんじゃない。
悔しくて苦しくて、ものすごく寂しいんだ。
──認めてよ。
──阿部くんの中に入らせてよ。
──俺を透明人間にしないで。
「好きって、まだ伝わんなくていい、でも、俺がここにいるって、今阿部くんの目の前にいるって、それだけは、…っ、無かったことにしないでよ…っ…」
窒息しそうな胸を堪え、俯く。
本束の奥から、息を呑む音がした。
触れられているその掌の感触に、マスク越しでも分かるその匂いに、焦る気持ちが膨れ上がっていく。
その懇願には、胸が痛む。
見透かされている。
直感で感じ取ったのだろう。
俺が、目黒くんを透過させた「その先」しか見ないようにしていることを。
体が冷え切るような心地だった。
目黒くんという一人の人を、蔑ろにしたいわけじゃなかった。
出逢ってしまったこと、歯車が動き出してしまったことから目を背けたかった。
変えられない事実、現実から逃げたかったのだ。
だから、目黒くんの気持ちには、絶対に応えられなかった。
それは、「逃げる」ことから一番遠い場所にある選択だから。
はっきりと突き放せなかったのは、俺が臆病で、ずるかったせい。
そばに来て欲しくないくせに、嫌われるのは怖くて、結果的に目黒くんを傷付けてしまった。
「ごめんなさい、目黒くんの気持ちを、目黒くんのことを、無下に扱うつもりはなかったの」
「……むげ…?」
「…冷たくあしらうってこと」
「あしらう……?」
「、、簡単に言うと、無視する、みたいな…」
「ぁ、そういう意味なんだ」
解説を挟めば、なんとも気が抜ける。
だが、これだけは本心だった。
…いやしかし、そろそろ限界である。
どうしてか、その匂いは甘さを増していくばかりだった。
そして、「これが欲しい」と「俺」が唸り声を上げ始めている。
やっぱり怖くて、強く言えそうにはないけれど、ちゃんと断らなくちゃ。
「目黒くん、離して…?」
「む……ゃだ」
「目黒くんの気持ち、ちゃんと伝わったよ」
「ほんとに…?」
「うん、ありがとう、嬉しかったよ」
「受け取ってくれるの…?」
「うん。でも、…ごめんなさい、応えてあげられない」
「…うん、いいよ。大丈夫」
──これでいい。これでいいの。
まだ、目黒くんは気付いていないはず。
俺の「本当」に。
きっと、彼の感覚は誤魔化せていないだろう。けれどきっと、またぼんやりとした違和感のままだと思うから。
まだ、それだけで済ませられるはずだから。
運命なんて、引き合うものなんて、そんなの一生欲しくない。
裂けそうなほどに痛む心に知らん顔をして、
本意を価値観で押し潰す。
一向に離してくれようとはしないその手に視線を落とせば、目の奥が焼けそうなほど熱くなる。
傾きに沿って、涙がこぼれ落ちてしまいそう。
だから、無理にでも明るくなりたい時、人は上を向くのだろうか。
二日目の想いなら、きっと、忘れられる。
目黒くんも、──俺も。
これ以上は危ないと、耳の奥で鳴り響く警告音に急かされる。
あっさり諦めてくれてよかったと内側でホッと息をついて、やんわりとその手を振り払う。
が、宙に浮いたそれは、直後、もう一度強く握られた。
照れ臭そうに頬を染めてニカっと笑うその顔に、きぅ…と心臓が縮む。
「好きにさせるから、阿部くんの中が俺でいっぱいになるぐらい」
「ぇっ…」と、小さく漏れた吐息は、目黒くんが落とした手の甲への口付けの音に掻き消され──
──刹那、視界が大きく揺れる。
体の力が抜けていく。
ぐわん、ぐわんと、頭が重たくて。
首はその荷重に耐えきれず、ガクンと深く沈み込む。
「阿部くん…?大丈夫?」
「、だぃ、じょ…ぶ…っ、」
(やばい、誤魔化さなきゃ…っ、)
「っ、風邪、引いてるだけ、だから…っ」
「…そう、なの…?熱ある?」
手は解かれ、流れるように眼前に迫ってくる。
「ぁ、ゃめ…っ、ひゃぅ………っ…」
「ん、、ちょっと熱い?首、いい?」
「だ、め…、ッ!んぅ、っぁ…!」
「うん、熱ある気がする。うん」
「だ…めっていったのに…ぃ、」
額、首、耳の後ろに触れられるたびに、全てが勝手に熱くなっていく。
撫でられる指の感触に、全てがふわふわと浮かぶ。
やめて欲しいのに、全身が悦んでしまっていて拒みきれない。
蚊の鳴くような声しか出せないからか、静止の声が全く届かない。
逆効果でしかないので早く離して欲しいのだが、腕さえ動かせそうにない。
「阿部くん、薬飲んだ?」
“薬”なら、昨日から飲んでいる。
しかし、体がまだ慣れていないからか、今のように、効いているのかいないのか、全くもって分からないのだ。
それに、副作用も酷かった。頭はぼーっとするし、体も重い。一日中常に眠気に襲われていた。
加えて、目黒くんの匂いを遮断できればと思って着けていたマスクだって、結局なんの意味も無かった。
唯一役に立ったことがあるとすれば、「風邪を引いた」と嘘を吐けたことくらいだ。
あれは「一日一回」の制約があるために、今日はもう飲めない。だが、それだのに何故発作が起こり始めているのかが疑問だった。
これでは意味が無いではないか。
と、静かに苛立った。
ただ、昨日ほど辛くはなさそうだ。
これなら一人でも帰れるなと、ふっかに連絡はせずにノロノロと立ち上がった。
「ごめんね、、もう、っかえるね…」
「え、歩ける?大丈夫?」
「へぃき…っぁ、!?」
カバンを右肩に掛けて歩き出そうとした瞬間、カウンターの角に躓く。
「っと…、送ってく」
咄嗟に抱き抱えてくれた目黒くんの腕の中で、じわっと滲む涙が早く乾いてくれることだけを願っていた。
:
「阿部くん家、学校から近いの?」
「…」
「こっちの方コンビニいっぱいあるんだね。阿部くんコンビニ何派?」
「…」
「明日からも一緒に帰っていい?」
「…」
「阿部くんはいつも何時に家出るの?」
「…」
「阿部くん家にピン立てていい?」
「………だめ…」
「なんかあった時のために、立てとくね」
ふっかの世間話もなかなかだが、これはこれで耐え切れるかどうか、瀬戸際だった。
前者は一方的に話を聞かせてくるだけだが、後者は一方的に話を聞いてくる。
しかも、答えたのに、回答が捻じ曲げられた。
何故。
「また躓いたら危ないから」と、強制的に繋がされている手を解きたくて仕方がない。
なんとなく、この発作の発動条件のようなものを分かってきたからだ。
恐らく、触れていることがいけない。もっと徹底的に回避するならば、一緒にいない方がいいだろうに…。
逃げようとすればするほど、目黒くんとの距離が近くなっていく。
「どうしたらいいの…?」と必死に打開策を考えるが…
「あの雲綺麗だね、阿部くんはどんな雲が好き?」
「…」
……気が散る。
:
:
「、ぁ、ありがとう、、送ってくれて…」
「ううん、無理しないでね。明日休む?」
「学校は行くよ」
「そっか。じゃあ、また明日会いに行く」
「…う、ん…」
「またね」
「…また…」
踵を返し、目黒くんが歩き出して行ったのを少し見届けてから家の中に入った。
二階へ続く階段を上がり、部屋まで真っ直ぐに進む。
後ろ手に自室のドアを閉めてその場にしゃがみ込み、ギュッと体を丸めた。
「なんで強く断れないの…?っ、ふ…ぅッ…」
──ピピピッ!
アラームの音で目を覚まして、まず一番にため息がこぼれた。
今日も目黒くんが会いに来る。それだけで気が重かった。
図書室に行くのを控えようかとも考えたが、今日はそういうわけにもいかなかった。
借りていた本を読み終えたので、新しいものを借りたいのだ。
じっくりと吟味して選びたいから、授業の合間や、昼休みには極力行きたくない。
そうなってくると、必然的に放課後に行かざるを得ない。
今日こそははっきり「NO」と言おうなんて、どうせ達成できもしない目標を立てて起き上がると、錠剤を二粒分シートから切り取って、リビングへ降りた。
:
:
:
「んャぁ〜ぉわァァ〜!やぁっと昼だぁァ」
「ぃひひっ、その雄叫びなに」
「心の底から出た。多分喜んでる感じのやつ」
「ふふっ、お腹空いたね」
四限まではこれといって発作が起きることもなく、快適に過ごせていた。
同じクラスのふっか、照、そして──
「んじゃ早速行こうぜーッ!」
──三人目の友人、佐久間大介と何気ない学生生活を送る。
これが、俺が求めている日常の全てだ。それ以外には何もいらない。
「屋上だっけ?」
「そーそー!」
「ぁれ、そもそも何で屋上行くんだっけ?」
今日は、どういうわけか屋上で昼ごはんを食べることになっている。
一週間くらい前に佐久間から詳細を聞いたような気はするが、最近の衝撃的な出来事のせいで記憶が薄れてしまっていた。
「んもーっ!忘れないでよーっ!」
佐久間はぷくっと頬を膨らませながら、どぎつい色のメロンソーダとスマホを片手に教室を出た。
「紹介したい人いるって言ったじゃん!」
「紹介ィ?お前の両親にしろよ」
「それはもうずっと前にしてんのーっ!」
「へー、幼馴染とか?」
「そんな感じー。んで、最近それ以上になったのぉ〜、んへへ」
「ぁー、こないだ言ってた彼女か」
「そー!ちょっとややこしいから、直接会ってもらおーって思ってさ!」
「それ、紹介されて俺たちどうしたらいいの」
「照に同感。佐久間、俺人付き合い広げたくないっていつも言ってるじゃん…」
「「みんなも仲良くして!」ってつもりはあんま無いよん?」
「じゃあなんで」
「ぇー?そんなん一個しかないよ〜」
「なにさ」
「リア充自慢☆」
「うぜー。お前ん家の金木犀の木引っこ抜いてやる」
「ムカつく!お前のメロンソーダ緑茶にすり替えてやる!」
「はしゃぎすぎて屋上から落ちないでね…」
階段を昇りながら、「にゃはは!ひでぇ!」と笑う佐久間を横目に、よく分からない集会に呼ばれちゃったなぁ…と本日二度目のため息をこぼした。
お昼ご飯だけ食べよう、会話には混ざらないようにしようと決めたところで、ちょうど佐久間が屋上のドアを開けた。
「ぉ!来てるね!りょーたぁー!しょーたぁー!」
その名前に聞き覚えがあった。
確か、ふっかが一昨日話していた子たちと同じ名前だったと…
「そいつら、佐久間とも関わりあるんだって」
不意に繋がってくるその話に、不思議な縁を感じた。
「おま、っ、関係あるって…!」
「ぇ…ふたり…?」
「…ぁ、ぇ、、」
混乱している俺たちを正面に、佐久間は自慢げに胸を張り、高らかに声を上げた。
「俺の彼女とライバル!です!」
パッと五本の指を広げた手のひらで示された先にいた二人は、正反対の表情で俺たちを見ていた。
「初めまして、宮舘です。よろしくお願いします」
「…どうも。渡辺、です」
大人びた面立ちを、ふわっと幼なげに綻ばせる宮舘くん。
色白く整った顔を、ぶすっと剥れさせる渡辺くん。
彼らの前には、色鮮やかなお弁当と、きつね色の焼き菓子がいくつも並んでいた。
:
「佐久間、説明して」
照が仏頂面で訴えたのを皮切りに、彼らとの昼休みの時間が始まった。
「涼太は俺の彼女」
「ぉい、ふざけんな。俺のだっつってんだろ」
「そこの決着やっとついたばっかじゃーん!翔太は俺のライバル」
「ぇ?翔太は彼女じゃないってこと?」
「おいふっか!気持ち悪いこと言うな!」
「翔太、ふっかは一応先輩なんだから、そんな言い方したら失礼だよ?」
「舘さん?多分今おんなじくらい失礼なこと言われてるよ?俺」
「ふっかは二人と知り合いなの?」
「うん、部活一緒だから。でも、こういう繋がりだとは思ってなかったわ」
「……ふぅん」
「んぉ?なぁんでそんな剥れてんのよ」
「…別にぃ…」
ある程度の説明が済んだはずなのに、余計にいじけた顔になってしまった照に、心の中で「頑張れ」と伝えた。
昼休みの時間が、少しだけ賑やかになった。
これくらいなら、まだ大丈夫かもしれない。
佐久間、渡辺くん、宮舘くんの関係性がしっかりとしているのであれば、これからの生活や交友関係に支障はなさそうだ。
最近現れた厄介な問題に、今後もしかすると佐久間との関わり方を変える、または制限しなければならない部分が出てくるかもしれないと思っていたので、一安心だった。
「時間も限られてるので早速食べましょうか。よければ召し上がってください」
「これ舘さんが作ったの?!すげぇ!」
「「THEお弁当」って感じの無難なラインナップになっちゃいましたが」
「すごー…、お菓子も食べていいの…?」
「ふふっ、どうぞ」
「んーっ!うんま!涼太天才!」
「もー佐久間…、一人で先に食べないで皆で一緒に食べようよ…」
「ぁっ…!てめっ!なに先食ってんだ!」
「ふーふんむもももももっ!」
「なんて?」
「阿部先輩も良ければどうぞ」と宮舘くんから声を掛けられ、今日のことをすっかり忘れて持ってきてしまっていたお弁当のことをどう伝えようかと考えあぐねていたとき、キィィ…と音がして──。
「遅くなってごめんなさい!授業中にシバちゃんが…!」
「すんませんーっ!なんでか分からんのやけどいきなりブチギレてしもうて…!」
「失礼しまー………………ぁ」
新しい色が彩り始めて、それだけでお腹がいっぱいなのに。
今までと何も変わらない毎日があれば、それでいいのに。
(なんで…!?なんで……っ!??!)
近付いたらいけない人が今、すぐそこにいて。
目が合った瞬間、パァァァッ!と顔を綻ばせていく君に。
胸の奥がまた、きぅ…と縮む。
重たい鼓動が鳴り止まない。
言葉通り、まるで花が咲いたような笑顔で。
深く濃い緑色の水面の上で
まるで本を開くようにして花弁を広げる
──蓮の華みたいで、きれい、で、、
「阿部くんっっ!!!!!!!」
悲しい哉、逃げる間も無く、彼はこちら目掛けて一直線に飛び出してきた。
To be continue…
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コメント
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追いかける🖤逃げるたい💚 でも偶然?(必然的?)に会ってしまう2人 他の皆んなの関係性もちょっと複雑そうな感じですね🤭 続き楽しみです🫶

好きなのに😍素直にならない 葛藤がすごい 🖤は好き全開だからな😍 いろんな繋がりが続き気になります。