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『預言者のメモ③』
「気分転換でもするか……」
こうやって家にこもって考えていても埒が明かない。
重い腰を持ち上げ、俺は家を出た。
散歩ついでに夕食の買い出しもして、珠奈にもメッセージを送っておいた。
「……暑いな…」
7月も半ば暑くて当然なのだが、少し歩いただけで汗だくになる。
近くのコンビニでアイスコーヒーを買うと、俺はハムおじさんのいる公園に向かった。
「よっしゃー!もう少しだ!」
「そこで勢いよく蹴り上げて!」
「そう!!」
「あ〜〜〜!!ダメかぁ」
「もうちょいでいけそうだろ!もう一回だ!もう一回!」
公園に行くと、うちの生徒が鉄棒の周りに群がっていた。
あれは、確か二年のサッカー部の奴らだ。
「お前ら、なにやってんだよ」
俺は呆れたように声をかける。
「あ、ノベセン!」
「逆上がり教えてたんだよ、な?」
言われて見ると、鉄棒を掴んでいるのは小柄な男の子だった。
「俺ん家の隣に住んでる今村絋(いまむら ひろ)くんです」
生徒の一人が何故か自慢げに紹介してきた。
俺はしゃがみ込んで、絋くんと視線をあわせる。
「逆上がりの練習?」
聞くと彼は小さく頷いた。
「一回やって見せてくれる?」
もう一回小さく頷くと、絋くんは逆上がりをして見せたがやはり上手くいかなかった。
「もうちょっとなんだけどなぁ…」
「……お腹と鉄棒をくっつけるんだ。ほら、永井やってみろ」
「へーい」
永井は鞄を地面に置くと、お腹と鉄棒をしっかりとくっつける。
「これで、思い切り空に向かってキックするんだ。こんな感じで」
永井の肩を叩くと、勢いよく蹴り上がり綺麗に逆上がりをして見せた。
「わかった?」
絋くんは何度も頷くと、鉄棒とお腹を近づけて思い切り蹴り上げた。
「で……できたぁぁぁぁあ!!」
「めっちゃ綺麗にできたじゃん!!」
「明日からヒーローになれるぞ!!」
絋くんと生徒たちは楽しそうにハイタッチする。
「いやしかし、さすがノベセン。教えるの上手いなぁ」
「まぁ、これでも教師なんで」
「そうだった」
その言葉でひとしきり笑ってから、ふと俺はいつもハムおじさんの座っているベンチを見る。
「そういやぁ、最近ハムおじさん見ないよなぁ」
俺の視線に気がついた生徒がそんなことを言った。
「こんだけ暑いんだから、ハムおじさんも出てこれないだろ」
「いんや、去年の夏も毎日公園に来てたはず」
「マジか、すげぇな…」
「でも、ハムおじさんも高齢だし、ついに施設に入っちゃったとか?」
「そういやぁハムおじさんって結婚してるんだっけ?」
「ロリコンで未婚とかホモとか妙な噂ばっかだよな、あの人」
「……根拠の無い噂ばかりだな」
俺が呆れて言うとサッカー部の奴らも「そうっすねぇ」とあっさり認める。
「ハムおじさんが相浦(さがうら)家の惨殺事件の犯人なんて噂もあったよな」
「お前らなぁ…あんまそういう変な噂を広めるなよ。名誉毀損で訴えられるぞ?」
「いやいや、結構マジなんだって。ハムおじさん、相浦家の身内だし」
「え、そうなのか?」
俺は生徒に一歩近づいた。
「あ、食いついた」
「さすがミステリー好き」
「い、いいだろ、別に。で?身内っていうのは?」
「家族を惨殺したっていう父親の父親の姉の息子…」
「それ従兄弟っていうんだよ」
「あ、そうなんだ」
「ハムおじさんが相浦家の従兄弟……」
「オレのばあちゃんの話だと、相浦家と大西家は昔から仲が悪くて土地の利権っていうんだっけ?そういうのでずっと争ってたって。だから、相浦家を殺したのは大西家の人間だってずっと言ってたんだよ」
「そんなことがあったのか……」
ハムおじさんの本名は知っていたが、あの相浦家と繋がりがあるとは。
点と点のように見えていた事件の間に、薄っすらと線が見えたような気がする。
「子供が時々行方不明になるのもハムおじさんの仕業じゃないのか、なんて噂もあったり?」
生徒の一人がおどけて言う。
「お前な、適当なこと言うなよ」
俺が苦言を呈すると、生徒は「だから噂だって」と笑いながら答える。
「…ハムおじさんは……」
絋くんが呟く。
「ん?絋くん、ハムおじさんがどうした?」
みんなが絋くんに目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「…ハムおじさんは……死んだよ」
「え……」
その場にいた全員の顔が凍りつき、絋くんだけが笑みを浮かべていた。
「それ…どういう…」
「ちょっ、ノベセンこっち来て」
絋くんに尋ねようとした俺の腕を永井が引っ張って、少し離れたところに連れて行く。
「な、なんだよ」
「あの絋くん、少し前に行方不明になってたんだよ」
永井は小声で俺に説明する。
「行方不明っつっても、すぐ見つかったんだけど。あの日から元気無いから高木んとこに絋くんのお母さんが来て、相手してやってほしいって。絋くん一人っ子だから」
「そう、だったのか……」
「何があったのかはわかんねぇけど、今は触れないでおいた方がいいと思う」
「ああ」
俺は頷き、振り返ると何故か高木たちは絋くんと一緒に滑り台を滑っていた。
楽しそうに。
「お前ら、なにやってんだよ」
本日二回目のセリフ。
「ノベセンも滑ろうぜ!」
「あ、俺がコーヒー持ってるから」
「おい!ちょっ、背中を押すな!」
腕を引っ張られ、上まで上がると先に絋くんが滑る。
「ノベセンも早く!」
こちらを見上げて楽しそうに笑う顔は、先程見せた背筋が凍るような笑顔とは一変していた。
その子供らしい笑顔を見て、俺は安堵の息を吐いた。
「よし!行くぞ!!」
気合を込めて滑り降りる。
体感にして二秒とないが、それでもこの風を切る感覚は心地よかった。
その後もブランコ、シーソーと遊び倒す生徒たちと絋くんの姿を俺は公園のベンチに座って見つめる。
そう、さながらハムおじさんのように。
(あれが、あいつらなりのやり方なんだろうな……)
大人が相手だと、”あの言葉”をつい追求してしまいがちだ。
だが、あいつらはそうしなかった。絋くんの異変を誤魔化すように遊ぶ。
(でも、それが今の彼にはちょうどいいのかもしれない…)
一時的に行方不明になった子は後に精神を病むという。
何があったのか明確に語る子はおらず、俺たち教員にもそのことは聞かないようにと上から命令が下っているほどだ。
(……もし、ハムおじさんが子供を攫っているとして…彼は一体子供に何をしたのか……。そして、絋くんのいう”死んだ”というのは事故死なのか、自殺なのか、他殺なのか…)
あれは本当に単なるミステリークイズなのか。
知れば知るほど、この闇は深く、底が見えない。
コメント
4件
訳あってタイトルを『ミステリークイズ』から『預言者のメモ』に変更しました。ちょっと伏線がわかりにくい箇所もいくつかあったので修正していますm(_ _)m
しょこ@愛雅色
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羽海汐遠
10,203
14,620