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11月ももう終わりに差し掛かり、段々と肌寒くなってきたとある日の放課後。バタバタと上履きが廊下を打つ音が段々と近付いてくる。
「ねえ○○!ちょっと聞いてよ、すごい話があるの!」
放課後を告げるチャイムの音に紛れ、幼馴染──佐野エマの少し興奮が混じった明るい声が教科書をカバンに詰めていた私の手を止める。
『どしたのエマ、そんな慌てて。』
その声に残りの教科書を半ば無理やり詰め込み、カバンのチャックをしめながら声の聞こえた方へ視界を移すと、少し癖のかかっている高級な絵の具で塗ったような綺麗な金髪を揺らす少女の姿が視界を埋める。彼女のカバンに飾られているキーホルダーの金具がぶつかり合うカチャカチャという金属音が、少しの不快感を生む。
「あのねあのね!前の休み、ウチの誕生日だったじゃん?」
「その時にケンちゃんがぬいぐるみくれたの!しかもウチがずっと欲しかったやつ!」
だけどそんな些細な不快感は、嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませる彼女の姿を見た瞬間、潮が引くように消えていく。可愛い子の力とは偉大だ。
『ぬいぐるみ?良かったじゃん、あのピンクのクマのやつでしょ。』
「そう!」
ほら見て、と差し出されたガラケーの画面に映るのはエマがずっと欲しいとねだっていた、ピンク色のフワフワとした生地に大きな目が縫い付けられているクマのぬいぐるみ。
可愛いでしょ!?と高ぶった感情を露にして話すエマに可愛いね、と相槌を打ちながら画面から目を離す。偶然視界の中に入り込んできた空はもう夜の気配が漂い始める、焼け爛れたような真っ赤な夕焼け。そろそろ帰らなければ見回りの先生に怒られてしまう。
「はぁ…ケンちゃんホント好き…」
息を吐くように告げられた“ケンちゃん”という単語に夕焼けから、無意識に離れていたエマの話題に意識がグッと引っ張り戻され、胸が締め付けられるように痛む。
そんな私に気づかず、白い頬を微かに紅に染めて嬉しそうに“ケンちゃん”こと“龍宮寺堅”との思い出を語るエマの姿に憎悪と羨望と嫉妬に満ちた醜い感情が沸き上がる。
『…エマはほんとドラケンのことが好きだねぇ…、めっちゃお似合いだよ。』
舌が勝手に作る「いいな」という言葉を心の中で踏みつぶし、思い浮かぶ感情とは正反対の思いを言葉に出す。そのたびに不自然に痛む胸の痛みには気付かないふりをした。
「へへっ、ありがと!」
恥ずかしそうに顔をゆがめて笑う彼女に、どうしてこんな感情を抱いてしまうんだろう。
私の方が好きなのに。
『…─ってことがあったんだけど、あの場で泣くのを耐えた私を慰めてマイキ―。』
それから数日後。
エマの兄であり、私のもう一人の幼馴染でもある佐野万次郎こと“マイキー”に、ぶつぶつと泡のように黒く醜い愚痴を吐く。
「エマにはっきり言えばいいじゃん。ケンチンと仲良くしないでって」
眉根を寄せて真剣な表情で相談という名の愚痴を垂れ流す私を横目に、マイキーは面倒くさそうにどら焼きを口にくわえ、役に立たない解決法を落とす。
『そんなの言える訳ないでしょ、あんなにお似合いなんだから。』
吐き捨てるように告げた自分の言葉に、変に真剣に取り繕い、引きつったような顔がぐしゃりと涙で歪むのが分かる。喉を通る声が寂しさを帯びたように儚く揺れる。
『ドラケンもエマも小学生のころから好きらしいし…』
「お前だって小学生の頃から好きなんだろ?同じじゃねーの。」
『そうだけどさぁ…』
グサリと痛いところを突かれ、悔しそうな顔を浮かべる。だがその感情は、心に沸き上がった「どうしようもない」という無情な一言に消され、すぐに諦めの色が染みつく。
少し不器用だけど優しいドラケンに、明るくて人懐っこいエマ。
美女と美男、そんな2人は誰が見ても“お似合い”間違いなしだろう。一目見れば誰だって分かる。
私だってアイツのそういうところに惚れたんだから。
そう改めて実感した瞬間、自らを嘲るように目から口へかけて冷たい笑いが動く。
「…元気出せよ」
そのまま置き場の無い両腕で自分の膝を抱きしめ、泣きそうなのをマイキーに悟られないよう顔を埋める。
でもきっと、そんなことをしてもきっとマイキーにはバレてしまっているのだろうな。
その証拠に頭上から告げられる声は、口調こそは荒いが優しい響きがある心配の言葉で、いやでも疲れた体に優しく染みつく。
『…うん、ありがとマイキー。』
そこで一度会話が途切れて、気まずさが流れ出したタイミングで私が駅前に新しく出来たどら焼き屋さんの話題を取り出したことによってまた賑やかな空気が戻ってきた。
学校の話、お互いの家の話、彼が率いる東京卍會会の話。
時間が進むと同時に先ほどの空気から遠のいても、どうしても胸に残った違和感は取り除けず、その日は終わった。
『はぁ…』
街灯に照らされた夜道を一人歩く。
マイキーには送っていくよと気遣われたが、今はどうしても一人になりたかった。
ふーっと溜まりに溜まった疲れを吐き出すよう自分の口から飛び出た息が想像以上に重くて驚いた。自分で思っていたよりも体は限界だったのかもしれない。
そう自覚した瞬間、足が鎖を引きずっているように重くなり、いつも通っている見知った道が今日はずっと長く感じる。無意識に地面にめり込みそうな歩き方になってしまう。
曲がり角を通ることすらめんどくさく感じられ、またもやため息を吐こうとしたその瞬間。
「あ?」
曲がり角に現れた人影に、驚きで顔が水をかけられたようにキュッと引き締まる。
どこか馴染みのある低い声に腫れ物に触られたようにあっと叫ぶのを押さえながらゆっくりと声の主を辿ると、私と同じように驚きで目を見開いた男性の姿が視界を掠めた。
「○○か?」
『うそドラケン?』
見慣れた龍の刺青をこめかみに刻んでいる男と私がお互いの名を呼ぶ。
その瞬間、鉛の靴を履いているように重かった足が、先ほどのことも重なってさらに重くなる。両足が地べたに吸いついて動かなくなりそう。
「なんでこんな暗い時間に夜出歩いてンだよバカ。この辺治安悪ィんだからアブねぇだろ。」
『あー……ごめん…?』
眉間に皺を寄せ、呆れたように息をつくドラケンに笑みをつくろうとしたが口元が引き攣るだけに終わってしまい、愛想笑いの出来損ないのような醜い表情が浮かぶ。
「家まで送ってくよ。」
『えっ!?いやそれは悪いよ。大丈夫。』
「いいから。」
そう押されるまま二人帰路につく。
…─きっと彼はそういう優しさが感情を狂わせるってことを知らないんだろうな。
ぼんやりと浮かび上がったその考えに蓋をして、気まずい沈黙を埋めるように口を開く。
『…ねえ、エマにぬいぐるみあげたんだって?』
嬉しそうに教えてきてくれたよ、と言葉を付け足しながら気まずさを誤魔化すような歪な笑みを浮かべ、彼に問いかける。
「あ?」
いたずらっぽい声色で告げられたその言葉に彼の片方の眉が何かを察したようにピクリと動く。そしてあからさまに私から顔を逸らすと少し照れくさそうな声で言葉を打つ。
「…冷やかすつもりなら置いてくぞ」
『あはは違うよ』
─…ただ、羨ましいなって思っただけだよ。