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テラーノベル(Teller Novel)
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休みを挟んで、1日目。私はいつもとは違い、近藤さんのいる事務所に足を運んだ。話がしたいらしい。いつもは彼から電話で指示があり、それに従って標的の情報を仕入れ、標的を殺害する。なので、彼に直接会って仕事を受けるのは、初めての仕事以来だ。あれからもう10年ほどは経つだろうか。10年間で、ただの一度も会っていないというのに、一体どうしたのだろうか。彼がお世辞やねぎらいなんかをするタイプではないことは分かっているので、おそらく仕事の話だろうと思った。

20分ほど歩いただろうか。私は、10年ぶりに事務所に足を踏み入れた。あまり中の様子は覚えていなかったが、路地裏の雑居ビルの3階にあるその事務所は、表向きはクリーンな金融機関を名乗る看板が下がっているが、実際は、金を借りた者に法外な値段をふっかけて、生涯をかけて払わせる、と言っても過言ではない汚れっぷりだ。とはいえ私はその仕事に関わるつもりはないし、殺し屋の私がそれを言える立場にあるとは思えない。

私は、事務所の中に入り、「失礼します」と一言言って、デスク越しに近藤さんの前に立つ。近藤さんは手元でくるくるとペンを回しながら、私の方をちらりと見て、ペンを回す手をピタリと止め、胸ポケットにそれを差し込んだ。10年ぶりの彼は、少しも衰えた様子がないどころか、顔や手の彫りが深くなっており、まるで大木の木面のような力強さを感じさせる。まだ何も言われていないのに、なんともいえない圧を感じ、私は若干萎縮した。だが近藤さんは、萎縮する私を見て、「来たか、霧島」と嬉しそうに微笑んだ。

「実は、お前にいいニュースがあるんだ」

「いいニュース?」

「ああ。お前の仕事は、今週で終わりだ」

終わり?その言葉に、私は耳を疑った。つい最近も、拒否されたばかりではなかったか。それとも、自分の思いが通じたのだろうか…?だが私は、一旦彼の話を聞くことにした。そんなうまい話はないと、分かっていたからだ。彼もそれを察したのか、やけに上機嫌に私に言う。

「お、その顔、疑ってるだろ?10年ぶりだしなぁ。でも安心しろ、正真正銘、本当だ。お前には今日を含めてあと6人、殺してもらいたいやつがいる。そいつらを殺せば、晴れてお前にこの仕事を辞めさせてやる」

私は、普段とは違いやけにニコニコとしている近藤さんに、不気味さを覚えていた。なにか裏があるとしか思えなかった。だが、私にそれを拒否する権利はない。拒否しようものなら、どうなるか分からないからだ。

まだ“毎日借金取りが来る”とか、“別の殺し屋が襲いに来る”とかなら、対策はできる。だが、全くと言っていいほど、“分からない”のだ。人は、具体的に何があるか分かっているときより、分かっていないときのほうが、はるかに恐怖を感じるという。半信半疑だったが、私は、身をもってそれを味わっている。近藤さんの事務所が、どれだけの従業員を抱えていて、どこから仕事を見つけてくるのか、とにかく何においても、「謎」の一言でしか表せないのだ。それが尚一層、私の不安を育ててきた。だから私は、いつも通りに彼に聞く。

「誰を殺せば?」

「いいね、話が早くて助かる。さて霧島、今日殺してほしいのは、こいつだ」

そう言って、ペンを差し込んだ胸ポケットから、1枚の顔写真を取り出す。そこに写っていたのは、中年の、弱々しいシワが目立つ男性だった。おおよそ60歳くらいだろうか。私はその写真を受け取り、手帳のようなパスケースにそれを入れる。そこには今までの標的の顔写真が収まっており、その全てに対角線が2本、記されている。それはバツマークでもあり、標的を殺害したチェックマークでもあった。

「1枚だけなんですか?6人標的がいるのなら、先に教えて頂いたほうが」

「おいおい、最期の仕事なんだぞ?それじゃつまらないだろ。“1日1人”。お前が望んだ条件だ。それに、任務みたいでおもしろいだろ?」

たしかに、私は近藤さんに、1日1人までなら殺人を請け負うことは了承し、近藤さんもそれに納得した。今まで、6日分の標的の情報をいっぺんに教えられていたおかげで、滞りなく標的を殺害できたというのもある。

だから今までと違って、1日で計画を立て、1日でこなさなくてはならなくなった。最後の最後で、仕事を面倒にする必要はないように思えたが、彼がなにを考えているのかはわからないし、従うしかない。私は、渋々どう写真の標的を殺すかを考えることにした。すると、近藤さんは、思い出したように私に言った。

「ああそうだ、今回は標的の情報は渡さないから、自分で調べてくれよ?」

「は…?なぜ?」

「最期くらい、俺の手を煩わせるなよ。こう見えても忙しい中、お前に情報を渡してやってたんだ。それにお前なら、不思議な力ですぐ分かるんじゃないか?」

「私にそんな力はありません」

「あるかないかは問題じゃない。これで最期なんだ、やればいいんだよ」

「…わかりました」

参った。標的の名前すらわからないとなると、かなり難しい。しかも、私の“銃弾”は、撃てずに次の日を迎えても、次の日に2発打てるわけではない。すでに時刻は昼過ぎ。あまり時間はない。だが私は、言われたとおり、仕事をするしかない。今日の一発が無駄にならないうちに、標的を探し、殺害し、それをあと5回繰り返す。それでおしまいだ。これでようやく、普通に戻れる。私は、微かな希望に胸を踊らせながら、事務所を出る。背後でなにやら近藤さんが笑う声が聞こえたような気がしたが、気にせず街へ繰り出した。

銃弾6発〜人生の日記帳〜

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コメント

2

ユーザー

面白かった~

ユーザー

こっこここ近藤さん!?最後怖いよ~~!!

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