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白黒さん結構好きかもしれない…!情報屋とか、そうゆうカッコイイの好きなんですよねw
私はまず、写真の男の素性を調べるところから始めることにした。いつもなら通勤時間やよく利用する店なんかを調べてから実行に移すが、今回は時間がない。ひとまず名前と職業くらいは知っておいて、人気のない場所でやればいい。
さてここで、とある矛盾に気づいている人もいるかも知れない。“銃弾”が実際の弾ではなく、見えないのなら、人がいてもバレないんじゃないか、ということに。私も最初はそう思った。だから試した。だが標的はなんともなかった。これは推測だが、私の“銃弾”は、一定以上人がいると、機能しない。おそらく、私の視界の中に標的だけが写ったときはじめて、“銃弾”は機能する。だから人の多い場所だと、視界に沢山の人が入り、殺害できないというわけだ。つまりは私の目は、銃のスコープのような役割を果たしているのだ。
さて、話が逸れた。すまないが私は情報を仕入れないといけない。あまり気は進まないが、情報屋のところへ行こうと思う。
駅のコンビニ前にある、寂れた建物。そこに、私の目指す情報屋がある。表向きは興信所、裏向きは個人情報を売買する悪人御用達の情報屋だ。裏で安く仕入れた情報を、表の興信所でさも調べたかのように高値で教える。逆もまた然りだ。非常に効率的な商売だと思う。だが私自身この情報屋を利用したのは数回ほどで、その理由は2つ。1つは、単純に情報料が高いこと。そして2つ目はもっと単純。嫌いなやつがいるからだ。私は錆びて微妙に建て付けの悪くなった引き戸を開け、中に入る。そこには表の客と表の店員が座るテーブル席があり、私はその奥の受付の事務員に名刺を見せる。すると事務員は慌てたように関係者専用の扉を開け、私を中へ通した。中には一本道があり、その両脇がきれいな水槽で埋め尽くされていた。水槽には一つ一つ違う魚が入っており、メダカであるとかグッピーであるとか、とにかくいろんな種類の魚が快適そうに各々の水槽を泳いでいた。魚をきれいに見せるためか、照明は暗めになっており、足元が黒いカーペットなのも相まって、水族館に来たような気分になる。この場所で唯一好きな部分だ。そのまま奥に歩くと、水槽にエサやりをする男の姿がある。
「よしよーし、たんとお食べ」
男は上機嫌に鼻歌を歌いながら、次々とエサを水槽に撒く。私は男の背中に呼びかけた。
「お取り込み中のところすまない、情報を買いたいんだが」
「はいはーい、今行くよ」
そう言って男は、エサ箱をその場に置き、私の方へ振り返る。白地の肌にどぎつい化粧のされたその顔は、一言で言うなら、パンダのようだった。何度かここに来たことはあるが、私はこの男の名前は知らない。だが目鼻立ちは整っているし、化粧がなければ美形、と言われてもおかしくはないと思う。パンダのようだから、“白黒(しろくろ)”とでも呼んでおくか。白黒は化粧で黒く縁取られた目元をぐわっと開いて、私の来訪を歓迎した。
「霧島くぅん、ひさしぶりねぇ」
「その喋り方はやめてくれ。気色が悪い」
「やだ。わたしはこの喋り方が好きなのよ。それに、惚れた男に色気を使うのは悪いこと?」
「それが許されるのは女だけだ」
「あら差別。よくないわよ、男でも女らしくしていいじゃないの」
「おまえはただふざけたいだけだろう」
「あらバレた?でもわたしが霧島くんのことが好きなのはホントよ」
「やめてくれ。迷惑だ」
「あらやだねぇ、人としてって意味よ」
「どっちでもだ」
私が冷たくあしらうと、男は椅子に座り、すねたようにそっぽを向いて、頬杖をつきながら言う。
「…あっそ。で、誰の情報が欲しいの?」
「この男だ」
私は胸ポケットから写真を取り出す。白黒はそれを受け取り、「どこまで?」と聞く。私はそれに「名前と勤務先までだ」と答える。次に白黒は「いつまでに?」と聞く。続けて私は「今すぐ頼む」と答える。すると白黒は、苦虫を噛み潰したような顔をして、写真を机に置く。
「今すぐ、となると値段はかなり上がるわよ」
「どれくらいだ」
「ざっとこれぐらい」
白黒は指を5本立てる。私が「5万か」と言うと、「50万」と白黒は真面目な顔つきで言った。
「50万だって?名前と勤務先だけでなぜそこまで」
「安い方よ。今の時代それが分かれば充分な個人情報だし、なにより期限が今すぐとなると、無数の人間の中から写真照合をする暇もあまりないから、他の仕事を止めて探さないといけない。これでもわたし、忙しいのよ?」
「そんな金はない」
「なら諦めなさい、ウチも商売だから。霧島くんだから安くしてるのよ、これでも」
「頼む、今回は時間がないんだ。できることならする、どうにかもっと安くしてくれないか」
そう言われてもねぇ、と白黒が頬杖をつきながら私の方を見る。程なくして、あ、という声を出して、白黒は言う。
「じゃ、こうしましょう。あなたの秘密を教えて?」
「は?」
「情報交換よ。誰にも言えない秘密とか、後ろめたいこととか、実はわたしのことが好きとか」
「それだけでいいのか?」
「ええ。今はタダでいいわ。でも嘘はだめよ?わかるから、そういうの」
最後はありえないが、後ろめたいことなら、たくさんある。言えない秘密も。私は予想外の提案に喜びながらも、この男がなにを考えているのかが分からず、本当にそれだけでいいのか疑いを抱く。どれを話すべきかと悩んでいると、白黒は見かねて言った。
「もう、そんなに考え込むくらいあるのね、呆れるわ。私が質問したげる。…霧島くんは、人を殺すとき、なにを考えているの?」
「なにも」
「嘘ね」
「なんでそう思う」
「勘よ。正直に答えて」
「どう1人のときを狙うかを考えてる」
「正直だけどそういうのじゃないわよ、私が聞きたいのは、感情の話よ」
「感情?」
「ええ、楽しいとか悲しいとか」
「楽しくはない。悲しくもない。私の人生は、こうなるはずじゃなかった。だから、それに感情を抱くことはない。そう思うと、虚しいのかもな」
「あら、あなたがこの仕事を選んだんじゃないの?」
「それしかなかったんだ。近藤さんに拾われなかったら、俺はたぶん野垂れ死んでた」
「そう」
話が終わると、白黒は写真とパソコンの画面を見比べながら、あっという間に一枚の紙を印刷した。それは標的の名刺だった。白黒は私に向き直り、名刺を人差し指と中指でつまみながら言う。
「はいこれ、名前と勤務先。これでいい?」
「本当にこれだけでいいのか?」
「なわけないじゃない」
「え、ならさっきのは」
「“今は”タダでいいって言ったでしょ?後払いだから倍にしとくわね。」
「なら私の話は」
「わたしが知りたかっただけよ、じゃ、今日合わせて6日後に100万円、お願いね?」
はめられた。これだからこいつのことが嫌いなのだ。飄々としているくせに、抜け目ない。いつの間にか倍の100万円を払わされることになってしまった。痛い出費だが、情報をきちんともらった以上、とやかく言う筋合いはこちらにはない。商売上手、といえば聞こえはいいが、こいつの場合面白がっているからタチが悪い。なにはともあれ、情報は手に入った。私は白黒に礼を言い、奥の出口からその場をあとにする。表の客に見られるのを防ぐためだ。白黒は「またね、霧島くん」とつぶやいて、パソコンに向かい合った。私は返事せずに建物を出る。ひとまず標的の勤務先に行こうと思う。