学校に着いても、 二人が口を開くことは 無かった。杉山ははまじ達との会話に花を咲かせている一方で、大野は窓の外を見つめている。
教室は少しずつ人で埋まり始め、それに比例するように賑やかになっていった頃。
まる子より一足先に一時間目の授業の用意を終えたたまえは、不思議そうに口を開いた。
「見て、まるちゃん。 あの二人、今日は一緒じゃないみたい。」
「あれま、本当だね。珍しいこともあるもンだねこりゃあ。」
たまえの言った『あの二人』とは、言わずもがな大野と杉山のことだろう。 いつも二人でいることに慣れてしまった為か、目の前の様子に違和感が残る。なんとなく、たまえが教室の窓側をちらりと覗くと、まる子もそれにつられるようにして顔を向けた。
「…大野くん、ちょっと元気ないね。」
「うん、。」
窓の外を見つめているだけなのに、その姿に悲しみを覚えたのは何故だろう。あたし、ちょっと行ってくるよと言うまる子の声かけに、たまえは一瞬の戸惑いを感じるも、止めることは出来なかった。
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「それで、大野くんはどうだったの?」
箸を持ち、今まさに2個目の夕飯のコロッケを口に入れようとしたまる子に向かって、姉である咲子は話しかけた。 話が始まった きっかけは、 『今日、大野くんの様子が少し変だったんだ。』というまる子の第一声である。
「いやぁ、それがさぁ。何も教えてくれなかったんだよ。『俺だって、いつも杉山といるわけじゃねぇよ』ってさ。」
そう言うなりまる子は、今度こそ、コロッケを満足気な表情で頬張った。次に母親特製の味噌汁を口元にもってきては、ほっと一息つく。鰹の出汁を主張するそれは口いっぱいに広がり、思わず頬がほころぶのが分かった。優しい歯ごたえのお豆腐や、味の染みた油揚げも絶品だ。
「あぁ゛〜〜、お味噌汁も美味しいねぇ。体に 染み渡るよ。 あ、お母さん!!まる子も コロッケおかわり!!! 」
友蔵がコロッケのおかわりをしたのを見て、まる子もすかさず母親に皿を差し出した。
「あんた、まだおかずが残ってるでしょ。 おかわりは全部食べてからにしなさい。」
無慈悲な返答にまる子が口を尖らせる傍らで、「すまんのぅ。」と、友蔵が口を開く。
「わしが全部食べてしまったばっかりに……、まる子の分も残しておけば良かったのう。」
「いいよ、おじちゃん。まる子は自分のご飯を全部食べるよ。」
笑顔で答えたまる子に、友蔵は「まる子…!」と目を潤ませた。机の上を見ると、おじちゃんはお茶碗に少しお米が残っている程度で、味噌汁やほうれん草の胡麻和えといった副菜が多く残っているまる子とは大違いだった。
「でも、心配ねぇ。あの二人、ずっと仲良がかったでしょう?」
「ただの喧嘩って訳でもなさそうなのよね……?」
話は戻り、更に続く「大体、杉山くんの方はどうなのよ。」という姉の問いかけに、まる子は答えた。
「杉山くんも杉山くんでさ、大野くんとはあんまり喋らずに、今日は他の男子達とサッカーしてたんだよ。」
どことなく不思議そうにするまる子を差し置いて、「男にはなぁ、」と口を挟んだのは父のヒロシである。
「男には、誰にも言わずに一人になりたいって時があもんなんだ。大体そいつ、すぐ胃腸が痛くなる奴とか卑怯な奴とは違うんだろ?」
「山ちゃんでもなるの?」
「ああ、山ちゃんでもだ。」
そう言うとヒロシは更に酒を煽った。
「幾つになっても変わらねぇんだよ、そういうのは。父さんだって若い頃はなあーー」
「そう言えばひろし、山ちゃんが風邪で休んだから俺も学校休むって駄々をこねたことがあったが、あれはどうなんじゃ?」
「あ、あれは昔のことだ!いったいいつの話をしやがるんだ爺さん!!」
「あら、大野くんだって小学3年生よ?」
皆が白い目を向けると「と、とにかく」と咳払いしたひろしが続けた。
「気にするこたぁねえよ。 そいつらにも事情ってのがあるんだ、ほっとけほっとけ!」
ごちそうさんと言う声を残して、ヒロシは風呂を宣言し席を立った。まる子はどうやら納得しない様子だが、それ以上に出来ることもない。啜ったお味噌汁は少し冷めていた。
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