テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
朝起きて、昼過ぎに支度をして、
いつも通りの一日が始まるはずだった。
「今日な、ちょっと行きたいとこあんねん」
出かける前、まろがそう言った。
「……どこ?」
「着いたらわかる」
それ以上は教えてくれない。
電車に揺られている間も、
ないこは特に疑問を持たなかった。
(用事、かな)
自分の誕生日だということすら、
頭に浮かばなかった。
⸻
着いたのは、
この前、友達と来たのと同じ場所だった。
ドアを開けた瞬間。
「ないちゃん!」
「来たな」
見慣れた二人の姿。
テーブルの上には、
小さめのケーキと、ろうそく。
一瞬、状況が理解できない。
「……?」
立ち尽くすないこを見て、
まろが少し照れたように言う。
「今日、誕生日やろ」
その言葉で、
ようやく思い出した。
(……あ)
「たしかに、、」
それだけしか、声が出なかった。
「忘れてたんか」
「え、本当?」
友達が苦笑する。
「ま、でもそんな気してたわ」
まろは何も言わず、
ないこの隣に立つ。
「祝われるん、慣れてへんやろ」
「……うん」
正直すぎる答えだった。
ろうそくに火が灯る。
「ほら、吹き消して」
言われても、
どうしていいかわからず、少し戸惑う。
「……願い事とか、わからない」
「別にせんでもええ」
まろがそう言って、
そっと背中を押した。
ないこは、小さく息を吸って、
ろうそくを吹き消す。
火が消えた瞬間、
拍手が起きた。
その音に、
胸の奥が、きゅっとなる。
「誕生日おめでと」
「生まれてきてくれて感謝やな」
そんな言葉を向けられて、
ないこは視線を落とす。
どう返せばいいのかわからない。
「……ありがとう」
いつもより、 少しだけはっきり言えた。
ケーキを分けて、 他愛ない話をする。
ないこは相変わらず多くは喋らない。
それでも、
その場にいることが、苦しくなかった。
帰り道。
「どうやった?」
「忘れてたのに、」
「嬉しかった」
その言葉通り、ないこは笑顔をみせ笑っていた
まろは、 何も言わずに小さく笑った。
それだけで、
十分だった。
その日、ないこは初めて、
“自分が祝われる存在”だということを、
少しだけ実感した。
夕方の空は少し赤くて、人通りもまばらだった。
前を歩いていた小さな子どもが、
勢いよくボールを投げて
ころころ、と
思ったより遠くまで転がってしまう。
「あ……」
子どもが立ち止まり、
不安そうに周りを見る。
そのボールが、
ないこの足元で止まった。
ないこは一瞬、どうしていいかわからず立ち尽くす。
視線を落として、
赤いボールを見る。
(……)
しゃがんで拾い上げる。 軽い、ゴムの感触。
顔を上げると、
少し離れたところで、
子どもがじっとこちらを見ていた。
ないこは、少しだけ迷ってから
その子の目線に合わせて腰を落とす
そして、
ボールを差し出しながら、
「……はい」
その声は柔らかくて、
表情も、ほんの一瞬
確かに、笑っていた。
「ありがとう!」
子どもは嬉しそうに受け取って、
元気よく走っていく。
その後ろ姿を、
ないこはしばらく見送っていた。
「……」
何も言わずに立ち上がる。
隣にいたまろは、
その様子を静かに見ていた。
胸の奥で、
何かがすとんと落ちる。
感情がないんじゃない。
出し方を、知らなかっただけだ。
まろは、
ないこにだけ聞こえる声で言う。
「もう、十分やで」
「……?」
不思議そうに首を傾げるないこに、
まろは少しだけ笑う。
「今の」
それ以上は説明しない。
さっき、ボールを返した手。
胸の奥が、
少しだけ温かい。
(……俺)
自分では、
何が変わったのか、まだわからない。
誰かに向けて、
自然に笑えた。
それだけで、
確かに“感情はここにある”と、
言える気がした