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#怪異
阿炎快空
123
リユ
232
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
阿炎快空
111
——数分後。 由宇は、とある建物の屋上に仰向けに寝転がっていた。
四階建てであちこちから鉄骨の突き出した、見るからに崩壊寸前といった佇まいのビルである。
「……」
眼前に広がる真っ赤な空と、黒々と輝く太陽を見つめながら、由宇は今しがた自分の身に起こったことを振り返った。
その『家』は、境界街の上空に存在していた。
見た目は光沢を放つ黒い立方体にすぎない。
知らぬ者が見れば、奇妙なオブジェが宙に浮かんでいるようにしか思えないだろう。
もっとも——この街の住人で、そのオブジェが〝宵闇〟の魔女の棲家だと知らぬ者など居なかったが。
由宇は立方体の端の壁をすり抜け、真っ逆さまに落下した。
「女だっ!」
「魔女様に捕まった女だっ!」
「女が逃げたぞっ!」
見張りの鴉達の声が響く中、由宇はたまたま棲家の真下を通り過ぎようとしていた、巨大な生き物の背に衝突した。
それは大きな翼を広げて空を泳ぐ、体の透き通った鯨であった。
その体は水によって構成されており、由宇はドボンと音を立てて体内へと沈み込んだ。
鯨はその巨体に似合わぬ速度で泳ぎ続け、あっという間に魔女の棲家から由宇を引き離した。
じたばたともがいている内に、突如として生じた水流によって頭部の辺りまで引き寄せられ、潮吹きによって体外へと射出。
通り雨と化した大量の水と共に、再び地上へ落下していき——今へと至る、という訳だ。
放心状態から何とか回復した由宇は、ゆっくりと上体を起こした。
遠くの空には、先ほどまで囚われていた立方体が浮かんでいる。
今の由宇は魂のみの存在であるため、怪我を負ってもいなければ、水に濡れてもいなかった。
由宇は軽く頭を振ってから、立ち上がり、チラリと後方を振り返った。
鯨は既に、肉眼で捉えるのも難しい小さな点となっていた。
辺りからは、如何にも市街地といった感じの喧騒が響いている。
由宇は屋上の端まで歩いていくと、柵に手を置き、恐る恐る異界の街並みを見下ろした。
薄霧の漂う大通りを、大勢の人々が行き交っていた。
いや——正確には〝人〟ではない。
大きな白蛇が座席に鎮座する人力車を、法被を羽織った二足歩行のイボガエルが、ひいひいと息を切らしながら引いている。
節足動物のような足を生やしたマトリョーシカの群れが、人間大の個体を先頭に、背の順に並んで移動をしている。
胴体にぽっかり穴の開いたピエロが、道行く者達に無視されつつも、自らの臓器で華麗なお手玉を披露している。
錆びついた見るからに年代物の路面バスが、左右に揺れる白い影達を乗せ、霧の奥へと静かに去っていく。
全長数メートルはあろうかという粘膜まみれの脳髄が、ずるりずるりと音を立てながら、ナメクジのように地面を這っている。
——異形の者達がひしめく混沌とした街を前に、由宇はよろよろと後ずさった。
この場所は、自分の常識からあまりにもかけ離れ過ぎている。
こんな異界でただ一人——私に一体、どうしろと言うのだ。
由宇の心が早くも折れかけた、その時であった。
「お嬢さん、何かお困りですか?」
場違いな少女の声。
驚いて振り返った由宇が目にしたのは、全体に黒とオレンジが入り混じった二毛猫——いわゆる「サビ猫」であった。
「おっと、驚かせてしまいましたかね。失礼しました」
丁寧な口調で猫が詫びる。
「私、オーマと申します。以後、お見知り置きを」
コメント
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第36話、拝読しました。魔女の棲家から逃げ出した直後の、水の鯨に助けられる演出がとても幻想的で、一気に引き込まれました。由宇が異形の街並みを見下ろすシーン、あの混沌とした世界観の描写が鮮やかで、彼女の孤独と不安がひしひしと伝わってきます。そこに現れたオーマという猫の存在が、ほっとするようでいて、逆に物語がこれから動き出す予感もして、続きが気になります。