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私の名前は凛。私にはすごい利があってね………
凛(りん)は、小学六年生。静かな町の公立小学校に通っている、ごく普通の女の子――に見える。
でも、彼女の部屋のドアを開けた瞬間、世界は一変する。
そこには、電子ピアノ、譜面台、録音マイク、スピーカー、そして五線譜で埋め尽くされたノートが並んでいる。
凛は、**「作曲の天才」**だった。
彼女が音楽と出会ったのは、まだ4歳の頃。保育園の発表会で耳にしたバイオリンの旋律に、なぜか胸がギュッとなった。
その夜、テレビから流れるCMのメロディを、そっくりそのまま口ずさんだ凛を見て、両親は驚いた。
「この子、音を記憶してる…?」
それから数年。
凛は誰にも言わず、ひたすら音を聞き、音を真似し、音を自分の言葉として使うようになっていた。
今では、自分で作曲し、DTM(パソコンを使った音楽制作)までこなしている。
YouTubeに投稿したインスト曲は、1週間で再生数5万回を突破。
そのコメント欄には、こんな声が並んでいた。
「これ、本当に小学生が作ったの?」
「映像なしで、映画を観てる気持ちになる…すごすぎる」
「プロでもこんな世界観出せないよ」
でも、凛はあくまで静かに、自分の世界で音と生きていた。
ある日、凛のもとに一通のメールが届いた。
件名は――
「君の音楽を、映画に使わせてもらえませんか?」
そのメールの送り主は、谷川慶一郎という映像監督だった。
ドキュメンタリー映画で数々の受賞歴がある人物で、次回作のテーマは**「記憶と時間」**。
彼は偶然、YouTubeで凛の楽曲「雨の記憶」を聴き、心を撃ち抜かれたという。
「たった2分の曲なのに、10年分の記憶を見せられた気がした」
凛は戸惑った。自分の曲が、映画に?
しかも、プロの世界で?
「…私なんかで、いいのかな」
そんな凛に、母がそっと言った。
「“プロかどうか”じゃなくて、“本物かどうか”で選ばれたのよ」
そして凛は、メールの返信ボタンを押した。
「はい。私の音楽でよければ、ぜひ使ってください」
その日から、凛の毎日は変わった。
映像に合わせた劇伴(げきばん)音楽の制作、監督との打ち合わせ、何度もやり直すアレンジ、納期との戦い…。
楽しいだけじゃない。だけど、すごく本気で、すごく大変で、そして――
「生きてるって感じがする」
凛は、何度もそうつぶやいた。
映画の中で、凛が作った曲は「記憶の欠片」「雨と光」「忘れられた約束」など、全12曲。
特に注目されたのは、クライマックスで流れるメインテーマ「Re:memories」。
監督からは、ほとんど何も指示がなかった。
「凛ちゃんが“記憶”って言葉から感じる音を、そのまま出してほしい」
だから凛は、一晩中ピアノの前に座って考えた。
思い出すのは、祖母と歩いた古い商店街のこと。
雨の中、傘の音と一緒に聞いた遠くの風鈴の音。
父が出張から帰ってきた日の、うれしいような照れくさい気持ち。
「記憶って、誰かと過ごした時間のことなんだ」
そう気づいた凛は、まっすぐピアノに向かった。
そのメロディは、優しくて、切なくて、でも温かい――
まさに、“時間そのもの”だった。
映画『記憶の星』は、東京国際映画祭でグランプリを受賞。
凛の音楽も同時に話題となり、ニュースで「奇跡の12歳作曲家」と取り上げられた。
ある日、学校の音楽室に記者が来て、「今の夢はなんですか?」と尋ねた。
凛は、少し恥ずかしそうに笑ってこう答えた。
「世界中の人に、“自分の物語を思い出してもらえるような音”を作りたいです」
拍手がわき起こる中、凛はピアノの前に座り、静かに鍵盤に触れた。
そして――また、新しい音が生まれた。
それは、未来への一歩を踏み出す、最初の一音だった。