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――ルシアス・ヴァルディオス視点
扉を閉めたあとも、
胸の奥が、うるさかった。
(……まずいな)
檻の向こう。
小さな背中。
泣いていない。
怯えてもいない。
ただ、不思議そうに
世界を見ている。
(五歳だぞ)
そう、頭では分かっている。
なのに。
(……欲しい)
魔力でも、血でも、価値でもない。
――彼女、そのもの。
「……愚かだ」
誰に向けた言葉かも、分からない。
俺は、王だった。
かつては。
国を失い、名を失い、
世界に居場所を失った。
そんな俺が――
(恋、か)
はっきりと、そう思った瞬間、
笑ってしまった。
「……世界を敵に回す覚悟は、
もうあるつもりだったが」
それ以上のものを、
望んでしまったらしい。
部下が、膝をつく。
「捜索が、始まりました」
「当然だ」
「魔界全域が、動いています」
「……魔王は?」
「激怒しています」
ルシアスは、目を伏せた。
(だろうな)
「人間界も?」
「王子と勇者が、独自に動いていると」
「……ふふ」
知らず、口元が緩む。
「全員、本気か」
檻の方へ、もう一度だけ視線を向ける。
(君は、どれだけ愛されているんだ)
そして――
(それでも、俺は手を放さない)
「隠匿結界を、三重に」
「彼女の気配は、
俺以外、誰にも辿らせるな」
「……了解」
命令を出す声は、冷静だった。
* * *
――魔界。
空が、怒っていた。
黒雲が渦を巻き、
雷が、大地を裂く。
「――見つけろ」
魔王の声は、
怒りそのものだった。
「娘に、触れた者」
「逃げ場は、ない」
近衛騎士団が、走る。
「クロウ・フェルゼン!」
「はっ!」
「先行を許可する」
「必ず――」
クロウは、答えなかった。
答えられなかった。
剣を握る手が、
震えていたからだ。
(……俺の、せいだ)
(守ると、誓ったのに)
彼は、誰よりも早く
血の気配を追った。
「……待っていろ」
誰にともなく、呟く。
「必ず、迎えに行く」
* * *
――人間界。
「……じっとしていられるか」
アルトが、剣を握る。
「同感だ」
ノエルは、静かに言った。
「協定だの、立場だの」
「関係ない」
二人は、目を合わせる。
「彼女は――」
「守られるべきだ」
勇者と王子。
十歳と十二歳の少年は、
初めて同じ覚悟を持った。
* * *
――檻の中。
セラフィナは、
くまのぬいぐるみを抱いて、
静かに眠っていた。
何も知らず。
自分を巡って、
世界が裂けかけていることも。
そして。
ルシアス・ヴァルディオスは、
確信していた。
――この小さな姫は、
いずれ、
世界そのものになる。
それでも。
(……それでも、離せない)
愛は、
ときに、守護よりも
残酷だった。