テラーノベル
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朱雀の寝所の窓から差し込む朝日は、昨日までの暴風が嘘だったかのように穏やかだった。
けれど、煌の状況はちっとも穏やかじゃない。
「……おい。いつまで抱きついてんだよ、クソジジイ」
煌は、自分を「抱き枕」どころか「生命維持装置」か何かだと思っていそうな腕力で抱きしめてくる朱雀の胸板を、拳で小突いた。
だが、その程度でこの神獣様が揺らぐはずもない。逆に、絡みついていた長い腕がさらに力を増し、煌の身体を寝台に縫い付けるように引き寄せた。
「……ふむ。朝から元気なことだ。お主の気は、寝起きの身体には少々刺激が強いが……悪くない」
耳元で、わざと息を吹きかけるようにして低く囁かれる。
はだけた寝衣の隙間から覗く、彫刻のように整った鎖骨。熱を孕んでしっとりと濡れた長い髪が頬を掠め、至近距離で見つめてくる黄金の瞳には、抗いがたいほど濃密な色気が滲み出ていた。
正直言って、目のやり場に困る。
(……っ、このジジイ、無駄にエロいんだよ……っ!)
あふれ出すフェロモンの毒気に当てられた煌は、一瞬だけ息を呑み、慌てて視線を逸らした。
見つめ返すのも癪だが、かといって目を逸らせば負けたような気がして、結局どこを見ていいのか分からず、うろうろと視線を彷徨わせる。
「おや? 童。顔が赤いぞ。そなたこそ、熱があるのではあるまいな?」
「……っ、うっせぇ! んなわけねぇだろ、自惚れも大概にしろ!」
動揺を隠すように大袈裟な勢いで声を荒らげるが、さっきから激しく鳴り響く心臓の音がうるさすぎて、密着した胸板越しに朱雀にバレていないか不安になる。
そう言えばこの男は、音に敏感だった。鼓動の速さまで聞き取られているんじゃないかと、煌の背中に嫌な汗が伝った。
「……ほう。随分と威勢がいいが、心音は正直だな」
朱雀がくすりと喉を鳴らす。まるで情事の最中を彷彿とさせる甘い声。煌は「ずざざざっ」と音がしそうな勢いで後ずさろうとしたが、シーツの海に沈み込んだ身体は、朱雀の腕に阻まれて思うように動かない。
「お主の世界の言葉で言うところの……『あいすのん』だったか。今朝のわしは、少しばかり熱を帯びていてな。お主の冷えた肌が、心地よすぎて離し難い」
朱雀の指先が、煌のうなじを、愛玩動物をなぞるような手つきでゆっくりと這い上がった。
さらに逃げ場を断つように腰をぐいと引き寄せられ、股の間に逞しい太ももを割り込ませるように押し付けられる。
「――っ!? てめ、どこ触ってんだ!」
下半身に伝わる容赦ない熱量。身体を強張らせた煌の顎に指を掛けられ、無理やり顔を上向かされる。至近距離で見つめられ、キスされるとでも思ったのか、煌は反射的にギュッと強く目を瞑った。
瞼の裏で、楽しげな鼻笑いが聞こえる。羞恥心で顔が爆発しそうなのに、男の指先は執拗に顎をなぞり、逃がしてはくれない。
「一人で熱くなってろエロ鳥!! 焼き鳥にして食ってやろうかっ!?」
ガルガルと喉を鳴らして吠えたが、朱雀は驚くどころか、その黄金の瞳を愉しげに細め、ニヤリと不敵な笑みを深くした。
「……ほう。わしを『食う』気か。お主、なかなか積極的ではないか。嫌いではないぞ、そういう欲深い童は」
「意味がちげーよ!! んなこと一言も言ってねぇだろ、このエロジジイ!!」
今にも湯気が出そうなほどに茹で上がり、真っ赤になって怒鳴り散らす。
だが、朱雀の指先は逃がしてくれない。それどころか、腰を引き寄せる腕にさらに力がこもり、股の間に割り込んだ太ももが、拒む隙もないほど深く押し込まれた。
「……お主、さっきから随分といい声で鳴くのだな。これは、本格的に『食われる』となれば……さぞかし愛らしい声を聞かせてくれるのだろうな」
「な……っ、おいっ! てめっ、今何を想像しやがった!?」
「さぁ? 何のことか分からんなぁ」
白々しく微笑む朱雀の、情事の最中を彷彿とさせるような艶っぽい低音。それが耳元で爆ぜるたび、煌の脳内は完全にパニック状態に陥る。
元ヤンのプライドも、特攻服の威圧感も、この「エロジジイ」の前では何の役にも立ちやしない。
(……やべぇ、マジでこいつ、一発ぶん殴って沈めてやろうか……っ?)
自分から逃げ場を断ってしまったもどかしさと、耳から伝わる熱い吐息。
これ以上声を漏らさないようにと、煌はただ、きつく歯を食いしばって耐えるのが精一杯だった。
その時だった。
――ズゥゥゥゥンッ!!!
寝所の壁どころか、宮殿全体が揺らぐような凄まじい衝撃音が轟いた。
何かが外壁に激突したような、地響きを伴う轟音。
あまりの衝撃に、煌は朱雀の胸板に顔を埋めるような形で固まり、目を剥いた。
「な、なんだぁっ!? 敵襲か!?」
「……チッ。朝から喧しい犬が迷い込んだようだな」
朱雀が心底不快そうに黄金の瞳を細め、舌打ちを漏らす。
すると、まるで計ったかのようなタイミングで、重厚な扉の向こうから、凛とした……けれどどこか含みのある燕花の声が響いた。
「失礼いたします。朱雀様、童殿。……お楽しみの最中、恐縮ですが。西の『白き暴れん坊』が、正面門を粉砕して侵入して参りました。早急な対応を」
(……お楽しみの最中、だと……?)
煌は、その言葉の端々に滲む「分かってて言ってる」感に、思わず頭を抱えたくなった。
壁一枚隔てた向こう側で、彼女は今の今までずっと待機していたのか。それとも、中での痴話喧嘩を……あるいはそれ以上の「音」を、涼しい顔で聞き流していたのか。
「……燕花。お前、いつからそこに……」
「ついさっきですよ。結界の維持と、朝のご挨拶のタイミングを計っておりましたので」
扉の向こうから返ってくる、あまりに淡々とした返事。
羞恥心で死にたくなった煌を余所に、朱雀は気だるげに寝台から身を起こした。はだけた寝衣から覗く胸元には、まだ昨夜の「熱」の残滓が色濃く残っている。
「……アヤツか……。毎度毎度騒々しい……」
「なぁ、白き暴れん坊ってなんだ? そんなヤバいやつなのか?」
煌の問いに、朱雀は一瞬だけ言葉を切った。
ほんの僅か——だが、確かに。
あの男が“面倒だ”と感じる何かを思い出したように。
「……あぁ」
朱雀の低く、珍しく歯切れの悪い声が落ちる。
わずかに眉を寄せたその表情は、不法侵入者への憤り以上に、何かひどく「質(たち)の悪いもの」を思い出したかのようだった。
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