テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「力だけで言えば、四神の中でも随一。加えて――己の欲に忠実すぎる」
「は?」
「つまり、考えるより先に動く。理など通じぬ、野蛮な虎だ」
「……ただのバカじゃねぇか」
「その通りだ」
即答だった。
だが次の瞬間、朱雀はゆるりと視線を細め、わずかに口角を上げる。
「故に厄介なのだよ、童。理屈で縛れぬ者ほど、扱いづらいものはない。……特に、お主のような『美味そうなもの』を見つければ、迷わず食らいついてくるだろうな」
「……っ、さらっと不吉なこと言ってんじゃねーよ!」
その声音はいつもの揶揄いを含んでいるはずなのに、その奥にある黄金の瞳は、笑っていない。
まるで、本当に一秒たりとも“関わらせたくない”とでも言うような、剥き出しの独占欲がそこにはあった。
「……ふーん?」
煌は、未だに朱雀に引き寄せられたままの腰の感触に焦りつつ、腕を組んで壁の方へと顎をしゃくる。
「で? そのバカが今、ここに来てるってことかよ」
「来ている、ではない」
朱雀は、心底面倒そうにため息を吐いた。
そのまま、はだけた寝衣を直そうともせず、気だるげな動作で煌のうなじをもう一度指先でなぞる。
「“来る”のだ。じきにな」
「は?」
その言葉の意味を問い返そうとした、まさにその瞬間――。
――ドゴォォォォォォンッ!!!
先ほどまでの地響きが余興に思えるほどの爆音と共に、寝所の豪奢な装飾扉が、枠ごと無残に内側へと吹き飛んだ。舞い上がる砂塵と、砕け散った霊木の破片。その惨状の中心に、一人の男が土足で踏み込んできた。
(……デカッ……! っていうか、何だあいつ……?)
煌は思わず目を剥いた。身長は2メートルはあるだろうか、朱雀の宮殿の天井が低く見えるほどの大男だ。逆立った銀色の短髪に、タンクトップ一枚でさらけ出した、彫刻のように屈強な肉体。武器など一切持たず、ただそこにある「拳」だけで門も壁もぶち破ってきたのだと知らしめるような、圧倒的な存在感。
「なんだ、朝日はとっくに昇っておるのにまだこんなところにおったのか!」
白虎はケラケラとワイルドに笑い、舞い上がる砂塵を意にも介さない。
だが、煌が一番に目を奪われたのは、その強烈な外見よりも、男の頭から生えた、ふさふさとした白い『猫耳』だった。そして、機嫌が良さそうにゆらゆらと揺れる、太くて白い『しっぽ』。
(……え、猫耳……? ジジイに続いて、今度は猫耳マッチョの不法侵入かよ……!)
「あぁあああああぁああぁあぁあ!!! 私のっ!! 樹齢千年の霊木を用いた特注の扉がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
扉の向こう側、瓦礫の山となった入り口付近で、静遠が絶望の声を上げた。粉々になった破片を前に膝をつき、今にも血を吐きそうな形相で震えている。
「白虎様っ! 正面門のみならず、朱雀様の私室まで……! この宮殿の修繕費がいくら掛かると……っ! 私の胃に穴を開けるだけでは飽き足らず、国庫まで食い潰すおつもりか……っ!!」
「固いことを言うでない静遠よ。扉なんて拳一つでまた作れるだろう?」
白虎が琥珀色の瞳をぎろりと向けると、ピクピクと猫耳が動いた。その威圧感に、先ほどまで吠えていた静遠は一瞬にして青ざめ、声を詰まらせてぶんぶんと首を横に振った。
「ハッハッハッ。小さい男だなぁ……」
白虎は静遠を笑い飛ばすと、そのまま土足で寝台の方へ歩みを進めた。一歩ごとに床が鳴る。白虎はベッドの上で朱雀に密着している煌を、まるで極上の獲物を見つけたかのような視線で舐めまわした。
「よぉ。朱雀……50年、いや、100年ぶりか? 久しいのう。お? そこにおる小さいのが、噂の『鉄拳の巫女』か?」
「小さくて悪かったな……」
突っ込みたいことは多々ある。大体、『鉄拳の巫女』ってなんだ。
顔を覗き込むかのように、白虎の野性的な体臭と熱気が近づいてくる気配を感じた、その時。
「全く、いつになく騒々しい……。童殿、けっして目を合わせるでないぞ。馬鹿がうつる」
朱雀が冷ややかに言い放つと同時に、その広大な寝衣の袖が生き物のように翻った。
文句を言う前にすっぽりと、視界が鮮やかな朱色の絹に覆われる。朱雀は煌の身体を自らの腕と長い袖の中に完全に包み込み、白虎の野蛮な視線から、その存在ごと隔離してしまった。
「おい、朱雀! 隠すことねぇだろ、減るもんじゃなし!」
ガハハと無遠慮に笑う白虎の言葉を、朱雀は氷のような声で切り捨てた。
「ダメだ。減る! 言っておくがお前には、指一本……髪の一筋たりとも触れさせぬ」
それは、いつもの優雅な神獣の姿からは想像もつかないほど、低く、地這うような拒絶だった。
煌を袖の中に閉じ込め、その細い腰を誰にも渡さないと言わんばかりに強く抱きしめたまま、朱雀は黄金の瞳で白虎を射抜く。
その全身から噴き出したのは、単なる怒りではない。触れれば魂まで灰になりそうなほどに凝縮された、苛烈な殺気と熱風。寝室の空気がピリピリと震え、あまりの熱量に周囲の調度品がミシミシと悲鳴を上げ始めた。
「ほう……。本気か、朱雀。その童、それほどまでに『美味い』のか?」
向けられた殺気が強ければ強いほど、白虎の琥珀色の瞳は獰猛な輝きを増していく。彼は一歩も引かず、むしろ獲物を前にした獣のように、不敵に喉を鳴らした。
(……ちょ、な、なんだよこれ……っ!)
煌は朱雀の広い袖の中で、パニックに陥っていた。
視界は朱色の絹に遮られ、外の様子は全く見えない。だが、布越しに伝わってくる朱雀の体温は、今や火傷しそうなほどに熱い。ドクドクと、いつもより速く、力強く打つ朱雀の鼓動が、背中から直接響いてくる。
「……下がれ、白虎。それ以上近づけば、たとえ同胞とて容赦はせぬ」
朱雀の声が鼓膜を震わせる。それは煌を慈しむ時の甘い声ではなく、侵入者を屠るための死神の声音だった。
煌の腰を抱く腕の力が増し、逃げ場のないほど強く引き寄せられる。
全く、人の気も知らないでなにを勝手にやりあおうとしているのか。流石に神様と互角にやりあえる打なんて微塵も思っていないが、勝手に話を進められるのは気に入らない。
「ハハッ! 同胞殺しの朱雀か、そいつも面白ぇ! なら、その袖を力ずくで剥ぎ取って、中身を拝ませてもらうぜ!」
白虎がその丸太のような腕を伸ばし、朱雀の袖を掴もうとした――その瞬間。
「――いい加減にしろ、このバカどもがぁぁぁ!!!」
朱雀の腕の中から、煌が自力で袖を跳ね除け、怒鳴りながら飛び出した。
顔をゆでダコのように真っ赤にさせ、涙目になりながらも二人を交互に睨みつける。
「減るとか減らねぇとか、俺は食いもんじゃねーんだよ! 朱雀、お前もいつまで抱きついてんだ、暑いんだよ馬鹿ッ! 離せ! それとそこの猫耳マッチョ!人ん家に勝手に来て扉壊してるんじゃねぇぞ!!」
「……は?」
「…………童殿?」
一触即発だった二人の神獣が、あまりの剣幕に毒気を抜かれたように動きを止めた。
煌は、はだけたシャツを力任せに整えると、まだ瓦礫の前で吐血寸前の静遠と、引き攣った顔で固まって今にも気絶してしまいそうな燕花を指差した。
「四神かなんだか知らねーけどな、他人の家のドアぶっ壊して居直ってんじゃねーよ! 脳味噌まで筋肉で出来てんのか? バカ虎が!!」
「………………ハッ。」
一瞬の沈黙の後、白虎が腹を抱えて爆笑し始めた。
「ハハハハ! 朱雀、お前、こんな活きのいいのを捕まえたのか! これは面白い、気に入ったぜ『鉄拳の巫女』! お前のその拳、俺の腹で試してみるか?」
「いや、だから~~、ぅおっ!?」
白虎が面白そうに煌へさらに一歩踏み込もうとする。だが、その前に朱雀が、今度は袖ではなくその身を挺して煌を背後に庇った。
「白虎、二度は言わぬ。……消えろ。さもなくば、そのうるさい喉笛を焼き切ってやる」
笑い転げる白虎の背後に、再び朱雀の「本気の業火」が渦巻き始める。
朱雀の「本気の業火」が、静まり返った寝所を灼熱の檻へと変えていく。
先ほどまでの揶揄うような熱さではない。本気で白虎を塵に帰そうとする、苛烈なまでの殺気が渦巻いていた。
「ハハハ! 怖い怖い。……ま、いい。今日は顔を見に来ただけだ。」
白虎は不敵に笑い、ひらひらと手を振ると、破壊された扉の向こうへと背を向けた。その屈強な背中からも、戦いを渇望するような野性味が溢れ出している。
「またな、『鉄拳の巫女』! 次はお前の拳、直に受けてやる!」
嵐のような男が去り、宮殿の修繕費と静遠の血圧だけを残して、ようやく静寂が戻ってきた。
だが、煌の腰を抱きしめる朱雀の腕は、白虎が去った後も解かれる気配がない。それどころか、その力はさらに強固なものへと変わっていた。
「まさに嵐みたいなやつだったな……」
「……童殿。二度と、あのような男の前に出てはならぬ。……いいな?」
背中から突き刺さる視線と、耳元で響く低く掠れた声。白虎へ向けられたものとは違う、重苦しいほどの独占欲がそこにはあった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
33
#龍と勇太