テラーノベル
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文化祭の打ち上げが終わり。
アオイは「一万年と二千年前から〜♪」と、ほろ酔い気分でルカと一緒に帰っていった。
笑い声と酒の余韻が夜風に消えていく中――
その裏で、マッスルファイターズのリーダーは誰にも告げず、一人、人気のない公園へと向かっていた。
「……ここ、で合ってるよな」
薄明かりの街灯に照らされ、男が辺りを見回すと――
その闇の奥から、ひとりの女が現れる。
「待ってたわよ、マッスルファイターズのリーダーさん」
「おぉ、遅れて悪かったな。《ストロングウーマン》のリーダーさんよ」
「ふふ。まさか来てくれるとは思ってなかったわ。……嬉しい」
女は微笑み、絡めるように男の腕へ触れる。
その仕草はしおらしく、頬をほんのりと染めていた。
「はっはっは、俺のマッスルが人を惹きつけるのは仕方のないことだからな」
「ええ……本当に、素敵な身体」
「む……ぅ」
男の顔にも、わずかに赤みが差す。
いつもの賑やかさはなりを潜め、二人の間には妙に静かな空気が流れていた。
「じゃあ……行きましょう?ふたりきりの、夜道へ」
「……ああ」
差し出された細い指に、大きな手が重なる。
女はそのまま恋人繋ぎをして、ゆっくりと歩き出す。
夜の闇は濃く、二人の姿を飲み込んでいった。
――しかし、歩くうちに、男の眉がわずかに動く。
「……? 君の家って、こんなに人気(ひとけ)のない方角だったか?」
女は、黙っている。
「おい?」
沈黙は続く。
足元を照らしていた街灯が一本、また一本と途切れていく。
気づけば、背後には灯りもなく――
前にいるのは、手を繋いで歩くこの女、ただひとり。
女は立ち止まると、ゆっくりと振り返った。
「……もう、我慢できない」
「……!?」
その言葉と同時に、女は男にキスを仕掛けた。
唐突すぎる行為――だが男は抵抗する暇すらなかった。
熱を孕んだ唇が重なり、柔らかな舌が口腔内に侵入する……しかしそれは、異様なほど長く、蛇のように男の喉奥へと這い進んだ。
「っ!? が……ぁっ……!」
舌は食道を通り、胃へと直接何かを流し込む。
女は唇を離すと、淫靡な笑みを浮かべた。
「ふふ……」
「おま……え、なに……を……!」
「もう遅いわ。あなたの胃の中には、強力な神経毒が行き渡ってる。私たちには効かないように調整された、特製の毒よ」
男の足元がふらつき、膝をついた。
「さすがは《プラチナ冒険者》ね……まだ意識を保ってるなんて。鍛え上げられた身体は、伊達じゃないってことかしら」
「……き、貴様ぁぁぁっ!!」
男は残った力を振り絞り、低い姿勢から跳ねるように飛びかかる。拳を握り、渾身の一撃を放つ――その瞬間。
「っぐはぁっ!!」
横合いから突如飛来した【風魔法】の衝撃が、男の身体を吹き飛ばす。
地面に叩きつけられた男は、血を吐きながらも、薄れゆく意識の中で女の声を聞いた。
「言ったでしょう? “私たち”って。こんな人気(ひとけ)のない場所で、ふたりきりだなんて思った?」
気配が変わる。
暗闇から、人影が次々に姿を現していく。
すべて――《アオイ》と《ルカ》以外の、クラスメイトたちだった。
「よ、よう……こそ……」
かすれた声で、誰かが言った。
彼らはみな、発達した異形の牙を持っていた。
それはもはや「人間」のものではなかった。
「人間家畜の世界へ……ようこそ」
「…………っ……!」
意識を手放す寸前。男は、仲間だったはずの“彼ら”が、異様な笑みで彼を見下ろしているのを、はっきりと見た。
───そして。
「よし……これで準備は整った……後は“転移魔法陣”をいじって、《アビ》様の元へ……」
女の笑い声が、夜空に溶ける。
「ふふっ……ははははは……!」
その笑声と共に、彼女たちは再び闇の中へと消えていった。
──闇は、何も答えない。
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