“叶わなかった恋心は泡沫のように消えて海に沈む‥‥‥でもね‥‥‥‥”
そう言ってくれたのは誰だったんだろう
甲斐Side
「ごめん‥」
涙ぐむ瞳に見つめられ‥ただ頷く事しか出来なかった。
こんな日がいつか来ることなんて分かっていたのに‥。
不毛な恋。
最初から終わっていた恋。
いや‥始まってさえもいなかったか‥
”寂しい‥”
と、呟く藍さんの弱い心を利用したのは僕。あの人に対して後ろめたさを感じつつも感情を抑えきれなかった。
これは僕の罰。受け止めなければならない。
僕の恋は‥
願いは‥
叶わなかった。
ただ、それだけのことが
今はこんなにも苦しい‥
「そんな顔しないでください‥僕なら大丈夫ですよ。」
ニコリと笑い藍さんを見つめる。僕の笑顔が好きだと言ってくれたから‥
「甲斐‥ほんまにごめん。俺‥自分の事しか考えてなかった、甲斐の事も祐希さんの事も‥」
「‥良いんです‥少しの時間だったけど、僕は幸せでしたよ。だから、ほら?笑ってください。僕は藍さんの笑顔が好きだったから‥」
下手すると涙を流しそうになる藍さんの頰を撫で、泣かないで‥と呟く。どうか、笑って欲しいと‥。
しかし、その願いも虚しくボロボロと涙がこぼれ落ちてしまう。肩を震わせて泣く彼を‥抱きしめようと思わず手を伸ばすが‥
思い留まる‥その役目は僕ではないのだから‥
だからそっと‥肩に手を添えた。ポンポンと擦る。ああ‥鼻の奥がツンとする。泣くまいと上を見上げ滲む天井を睨み返した‥。
戻るだけだ。また元の関係に‥。
「‥最後までごめん。甲斐‥ありがと‥」
暫くして、泣き止んだ藍さんが俺を見て薄く微笑む。その顔は‥ハッとするほど綺麗で‥
ああ‥僕は本当に好きだったんだと実感する‥もう最後だというのに‥
最後‥。
これで最後‥
気が付くと‥最後の挨拶をしようとする藍さんの手を握りしめていた。咄嗟の行動に彼の戸惑いが伝わる。
だめだ‥やめておけ‥
脳内でそう叫ぶ自分自身を抑え込む。
だって、大好きだったんだ。
あの人から奪いたいと思うぐらい‥
いいじゃないか‥
最後ぐらい‥
「甲斐?どしたん?」
「藍さん‥最後‥にお願い‥聞いて‥くれますか?」
「ん?」
「僕からの最後の我儘‥です。最後‥最後だから‥キスしたい‥」
「えっ‥‥」
「それで最後にします。約束します。守ります。だから‥お願い‥します」
戸惑う藍さんは‥僕の震える手を振り払えないまま、ジッと僕を見つめる。ほんの数秒がこんなにも長く感じるなんて‥
「‥うん、ええよ」
優しい言葉に‥我慢していた涙が溢れた。それでも拭うことも忘れ‥
愛しい彼の唇に自分のを重ねた。
柔らかい唇に吸いつく。形の良い唇を堪能するが‥やはりそれだけでは物足りない。
最後だからと‥つい欲が出てしまい、舌を割り入れてしまう。一瞬強張る素振りを見せるが、それでも抵抗する事なく受け入れてくれた。
探るように口腔内をまさぐる。恋人同士のようなキス。
思いを込めた。
愛しているんだと。身体の奥がズキンと反応する。
刻み込もう。自分自身に‥
決して忘れないようにと‥
最後に交わしたキスは‥ほろ苦い珈琲の味がした‥。
4×15
ピトッ‥
「ひゃっ!!」
‥藍さんと別れ、練習場から少し離れた公園のベンチに座りボーッとしていると、急に頰に冷たい物を押し付けられ思わず叫んでしまう。
そんな僕を見て‥健人さんが笑って立っていた。手には缶珈琲を握りしめて。
「健人さん!?」
「何してるの?この世の終わりみたいな顔してさ‥」
「そ‥んな‥顔‥してました?」
「してたよ‥何かあった?」
缶珈琲を差し出し横に座る姿を眺めながら‥なんと言っていいのか思案する。
人に言える話じゃないよな‥。そう思うが、優しい瞳に見つめられ‥
何故だろう‥
思いがこみ上げる。
「‥失恋しました。元々望みのない恋だったけど。あはっ、やっぱり‥辛くなりますね‥
笑ってもいいですよ‥あっ、いや‥笑ってください。
バカだなって」
努めて明るく笑う僕を、優しい瞳が覗き込む。笑うわけないよ‥と呟きながら。
「優しいですね‥でも、最後にちゃんとさよならが言えて良かったです。言えなかったら後悔してたから‥」
「‥うん、頑張ったな、偉い、偉い‥」
ぐりぐりと頭を撫でる手は、暖かくて優しかった。おさまっていた涙腺が再び刺激される。だから‥
「僕の願いは叶わなかったな‥」
ついポロリと漏らしてしまう。
「好きだったのにな‥なんで叶わないのかな‥あの人の願いは叶ってるのに‥なんでだろう‥」
弱い言葉が零れ落ちる。
胸に閉まっていた本音がボロボロと‥。みっともない。だがそんな僕に健人さんが、
「優斗の願いは叶うよ‥」
「えっ‥」
「俺が願うから。優斗の願いが叶うようにって。」
「な‥んで‥」
「‥好きだからかな‥お前のことが‥」
驚きを隠せない僕を見て‥ふっと笑う。優しい表情。
「‥気付かなかった?」
「えっと‥あの‥すい‥ません」
そうだったのか‥自分の事で精一杯だったから。そんな僕の反応を見てまたフッと笑う。
その後、少しの沈黙。そして、言葉を選ぶように辿々しく健人さんが話し出す。
「なぁ、優斗?‥嫌だったら断ってくれていいんだけど‥」
「?」
「少しだけ‥抱きしめてもいい?」
「えっ?」
急な事に大声が出てしまい慌てて口を抑える。
「‥やっぱり、嫌だった?ごめん!忘れていいから!」
今のナシな、とブンブンと手を振る彼を見て‥
不思議と嫌な気持ちは起こらなかった。
むしろ‥
「‥お願いします」
「えっ?いいの?」
コクンと頷くとすぐに引き寄せられ抱きしめられた。
最初は遠慮がちに。それでも次第に力強く‥。
ドクン。
ドクン。
優しい鼓動は‥僕のだろうか。それとも‥。
「あのさ‥痛かったら‥言って‥」
「‥ふっ、はい‥」
僕を気遣う言葉に‥優しい温もりに‥不器用さに‥
少し笑い‥またポロリと涙が零れ落ちる。
そして‥あの言葉を思い出す。
「僕の恋心は泡沫のように消えて海に沈んだかな‥」
「えっ?」
「あっ、すいません‥何でもないです」
「‥‥‥‥」
いけない。つい、口に出てしまうなんて。
「優斗‥」
「?はい?」
「叶わなかった恋心は泡沫のように消える‥。でもその想いは残るよ。それが形を成していく。そしてまた生まれるんだよ。だから、大丈夫‥」
不意に健人さんが微笑む。包み込むような瞳で。
大丈夫‥。
不思議とその言葉がジワジワと広がる。侵食していく。心の中がフワリと暖かくなる。
「健人さんがいてくれて良かったです‥」
思わず呟くと、健人さんが照れたように頷いてくれた。そうか‥あの言葉は‥。そして、またきつく抱きしめられ‥僕からも腕を回した。この温もりに今は甘えていたい‥素直にそう思えるから。
ああ‥今日さよならした僕の恋心‥
またいつか出会う日が来ることを‥
待っているよ‥
そう願わずにはいられなかった‥。
未来で待っていますようにと‥
End
コメント
4件
甲斐くんの恋をちゃんと終わらせてもらえてよかったです😭 藍くんも甲斐くんも、笑顔が似合う二人だから…それぞれで、にはなるけれど、幸せになってほしいなと思います☺️ 次回も楽しみです(*‘ω‘ *) いつも応援しています!
甲斐くんも宮浦くんも優しいですねー、甲斐くんが失恋したまま終わったら可哀想だなと思ってたんですがまさかの宮浦くんの登場で救われました😊次回も楽しみにしてます!