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放課後の教室は、夕焼けの色を吸い込みながら、どこか現実味が薄かった。窓の外をふと見ると、グラデーションがあるはずの夕焼けが、一色の絵の具で塗りつぶしたみたいにベタっとしていて、どこか嘘っぽい空が広がっていた。
窓際の机に集まった三人──私、そして真帆と千夏は、スマホを囲んで笑っていた。
「奈月、これ見てよ。『魔物召喚の儀式』だって。」
千夏がスマホを揺らす。
真帆が吹き出す。
「絶対ウソでしょ。文化祭のネタには使えそうだけど。」
「やめてよ、そういうの怖いんだけど……」
怖いのは苦手。でも、二人に押されると断れない。
そんな自分が少し嫌で、でも三人でふざける時間は好きだった。
「じゃあ奈月、呪文読んでみてよ。」
「なんで私なの!? 真帆が自分で読めばいいじゃん。」
「主役っぽいから。」
「意味わかんない……」
最近、この“魔物召喚ごっこ”がSNSでやたら流れてきて、半分ネタみたいに広まっていた。
「どうせなら場所つくろ。」
千夏の一言で、私たちは近くの机をいくつか端に寄せ、床に小さな空きスペースをつくった。
私は意味が分からない呪文を唱え始めた。
右手をその空間にかざし、空気をなぞるように円を描く。
続けて、その円の内側に指先で小さな星形をゆっくり描き込む。
いわゆる“五芒星”と呼ばれる形だ。
どうせやるなら……と、いやいやながらも動画どおりに正確に再現してしまう自分がいる。
もちろん、何も起きるはずがない──そう思っていた。
「ほらね、やっぱり──」
真帆が笑いかけた、その瞬間。
空中の線がかすかに震え、導火線に火がついたように赤黒い光が走った。
五芒星の中心から青い光がふわりと広がり、細い線が空中で編まれるように複雑な紋様を形づくっていく。
幾何学模様と、見たことのない文字のような線が幾重にも重なり、アニメで見た“魔法陣”に近いものが、現実離れした精密さで浮かび上がった。
光がひときわ強く瞬いたあと、その魔法陣は重力を思い出したようにゆっくり沈みはじめ、机を片づけてできた床のスペースへ、静かに降りていった。
「えっ……なにこれ……?」
真帆の声が震えた。
魔法陣はゆっくりと回転を始め、まるで呼吸しているみたいに、光が脈打つ。
中心部がわずかに歪み、暗い影がにじんだかと思うと、そこから「ぬう」と三本の腕が伸び出した。
「ち、ちょっと!……これ、本当に……やばいっ。」
真帆の震えた声が途切れるより早く、三本の腕は迷いもなく伸びきり、私たちの足首を同時に掴んだ。
冷たい、というより“生きていない”感触だった。
次の瞬間、足元の床が水面みたいに揺らぎ、魔法陣の光が私たちの影を吸い込むように沈んでいく。
「いやっ……ちょ、待って……!」
誰の声かも分からない叫びが上ずる。
重力の向きが変わったみたいに体が傾き、私たちはそのまま、床の下へ──
光の渦の中へ、引きずり込まれていった。
落下の衝撃も、叫び声も、すべてが一瞬で遠ざかり──
視界が闇に飲まれ、二人の姿が途切れた。
落ちている。
三人とも落ちているはずなのに、闇の中で私は、誰の声も、誰の気配も感じられなかった。
「どこ!? 真帆! 千夏!!」
返事はない。
風の音が耳を裂き、体が回転し、上下の感覚が消える。
落ちる。
落ちる。
落ちる──。
何もない空間に落ちているはずなのに、薄い膜のようなものが何度も体をすり抜け、そのたびに服だけが細かく引き裂かれていくような感触があった。
そして──。
ドンッ、と背中に衝撃が走った。
私は砂の上に倒れていた。
「……っ、はぁ……っ。」
息を整えながらゆっくり起き上がり、周囲を見渡す。
赤黒い空。
二つの太陽が、重なりそうで重ならないまま滲むように光っている。
乾いた草原はどこまでも続き、遠くの地平線だけがゆらりと歪んで見えた。
どこかサバンナの写真に似ていて、余計に現実味がなかった。
「……ここ、どこ?」
尻もちをついたまま、ただ周りを見渡す。
頭が追いつかず、言葉も浮かばない。
乾いた風が頬を撫でた瞬間、ようやく意識が現実に引き戻された。
「真帆は……? 千夏は……?」
慌てて周囲を見渡す。
胸がざわつく。
二人は……落ちてきたのだろうか。
それとも、別の場所に……?
嫌な想像を振り払うように、私は深呼吸した。
そのとき、自分の姿に気づく。
制服は砂まみれで、ブレザーの肩が裂け、袖も破れて肌が見えている。
スカートの裾は汚れ、膝には擦り傷。
「最悪……」
幸い、大きなケガはない。
私は砂を払いながら立ち上がった。
「さっき私たち、“魔物召喚の儀式”なんてふざけてやってた……」
「じゃあ……ここって……魔界……?」
自分で言っていても信じられない。
でも、他に説明のしようがない。
そのとき──
背後から草を踏みしめる音がした。
ザッ……ザッ……
風ではない。
何かが、確実に近づいてくる。
私は反射的に近くの岩陰へ身を縮めた。
けれど、身体の半分も隠れない小さな突起だ。
その後、草をかき分けて、“異形の何か”が姿を現した。
四つの目がぎょろりと動き、牙をむいた。
犬に似ているのに、どう見ても犬ではない。
その異様な姿のさらに上──頭上には、青い光の文字。
【レベル3】
「……えっ?」
「これ……魔物だよね?」
そう思った瞬間、魔物は地を蹴った。
空気が裂ける音がし、一直線にこちらへ飛び込んでくる。
「──っ、いや……!」
私は破れた袖の腕で顔をかばった。
──が、魔物は私を“素通り”した。
風圧に押されてよろめく。
直後、鈍い衝突音。
魔物は、私のすぐ横の草むらへ勢いよく飛び込んだ。
何が起きたのか分からず目を凝らすと、草の中で別の魔物が押し倒されていた。
その体がひび割れるように揺らぎ、黒い霧状のエネルギーが爆ぜるように散った。
細かな粒子が風に乗って、私の身体にも降りかかる。
「うわっ!」
倒れた魔物の体が痙攣し、裂け目から赤い光の球体がふわりと浮かび上がった。
りんごの果肉のように淡く透けた赤い光。
その中心には、白い“芯”のような光が見える。
レベル3の魔物はその赤い光にかぶりつき、シャクッ、と音を立てて飲み込んだ。
白い芯の光だけが地面に落ちる。
その瞬間、魔物の頭上の文字が変化した。
【レベル4】
魔物は白い芯の光に興味を示さず、草をかき分けて去っていった。
──完全に姿が見えなくなってから、私はようやく息を吐いた。
地面には、白い芯の光だけが残っている。
よく見ると、その表面にほんのわずかに赤い光が残っていた。
「……これ、食べなかったんだ……」
正体がわからず、私は芯の光をそっと地面に置き直した。
腕についた黒い残滓が気になり、近くにあった水たまりへ歩いていく。
しゃがみ込み、そっと水で洗い流した。
そのとき──
水面に、光が揺れた。
映っていたのは、砂まみれの私の顔。
涙と汗でぐしゃぐしゃの頬。
そして、その頭上に浮かぶ青い光の文字。
【レベル0】
「……えっ……私にも、レベル……?」
「しかも……ゼロって……」
喉がひゅっと鳴り、息が止まりそうになる。
さっき見た魔物たちのレベルは3とか4だった。
なのに、私の頭上には──ゼロ。
意味が分からない。
(何なの、レベルって?……ゲームじゃあるまいし……)
けれど、そんなことを深く考えている余裕なんてなかった。
胸の奥に、別の不安がじわりと広がっていく。
真帆と千夏は……どこにいるのだろう。
落ちてきたのかどうかすら、わからない。
元の世界に戻れるのだろうか。
答えはどこにもない。
乾いた風が吹き抜ける中、私は一歩を踏み出した。