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少し乱れている黒髪に、全てを諦めたような黒い瞳を見て、何処か親近感を覚えた。
(ママン……って、朔蒔の!?)
驚きが凄くて、すぐに理解することは出来なかったが、朔蒔が目の前の女性を「ママン」といったっていうことは、この女性が、朔蒔の母親、ということになるのだろうか。
「朔蒔、お前の?」
「ママン、どうしたの? 今日、仕事っていってたんじゃねェの?」
と、俺の言葉を無視して、空気のように扱った朔蒔は、その女性の元に駆け寄っていた。その姿は、母親を心配する子供そのもので、また朔蒔の見たことの無い姿に俺は、感情が掻き乱される。矢っ張り何も知らない、朔蒔のこと。それが、何というか、悔しいような、壁があるような、で複雑で。
目の前の女性は、少しほつれている黒いコートを羽織って、身体を隠すようにファスナーを上までクッとあげていた。少し匂う香水の匂いは、安っぽいものじゃなくて、少しお高い百貨店の地下に蔓延しているようなそんなものだった。美人だなあ、とは思ったけれど、十六歳の朔蒔の母親、にしては少し若いような気がする。
「朔蒔、わたしのことはいいから、あの子は?」
俺を無視した朔蒔とは違って、心配そうに、俺の方を見る朔蒔の母親。どことなく、夜の仕事をしているように思わせる、その小綺麗な身なりを見て、俺は警戒心を持ってしまっていた。身体が少し強ばって、俺とは違う、と距離を作ってしまっていたのだ。初対面なのに、失礼だって分かっていたけれど、そんな人を間近で見る機会もなくて、本当にいたんだっていう、そういう物珍しさからというか。
それに気付くこともなく、朔蒔は母親に言われて、俺の方を見た。すっかり忘れていたと言わんばかりに、顔を覗かせ「星埜ごっめん」と、謝る気のない声を上げて、朔蒔が俺を見る。
まあ、朔蒔らしいといえば、朔蒔らしいし。いつも通りの朔蒔だ、とほっとしながら、俺は改めて挨拶をする。
「俺、朔蒔くんのクラスメイトの陽翡星埜っていいます。朔蒔くんとは仲良くさせて貰っています」
半分嘘で、半分繕ったその笑顔。見抜かれたかどうか分からないけれど、ハッと驚いたような表情を浮べた、朔蒔の母親「こちらこそ」と頭を深く下げた。他人の母親が、単なるクラスメイトの人間に下げる深さじゃないくらい、腰を折って頭を深く下げた。それに、一瞬驚きつつも、俺は「いえ」と口にし、朔蒔を見る。朔蒔は、俺がくん、なんてつけたから可笑しな奴、という感じで俺を見て嗤っていた。普通だろ、と俺は目で訴えながらも、顔を上げた、朔蒔の母親を見る。やはりやつれていて、目も若干虚ろだった。どれだけ、忙しい仕事をしているのだろうと、想像してしまうくらいには血色が悪い。それを、ファンデーションか何かで誤魔化しているようにも思えた。
「わたし、朔蒔の母の、琥珀紗央っていいます。いつも、朔蒔がお世話になっているみたいで、ほんとうにありがとう」
「い、いえ。俺こそ」
俺こそ、と言ったが、お世話になった覚えはないし、言われたとおり、お世話になられすぎているんだが。とは、言えなかったが、凄く嬉しそうに紗央さんが笑うので、俺は、無理にでも笑わなければならない、という強迫観念の元、にこりと笑った。
朔蒔はそんな紗央さんを見て恥ずかしそうに、頬をかいていた。何だか、両親に恋人を紹介するみたいな、そんな顔しているから、違うだろっと叫びたかった。
けれど、紗央さんは本当に嬉しい、と言うように俺の両手を掴んで何度もありがとう、ありがとう、と繰り返し言ってくる。それはもう、必死で、涙すら流しそうな勢いだった。
「ええっと」
「朔蒔のこと、心配していたの。頭の良い学校に行って、勉強についていけてるかなって言うのもあったし、元々ともだちがいない子だったから。星埜くんが、ともだちになってくれて、本当に嬉しいわ。そんな、話、朔蒔から聞かなかったし、聞く機会もなかったから」
ありがとう。と再びいう紗央さん。
そんなに必死に言われると思っていなくて、俺は困惑してしまう。本当に、朔蒔に友達がいなかったというのもそうだけど、母親にここまで心配をかけていた朔蒔が親不孝なような気がした。俺も、親不孝だったけれど、こんな風に思って貰える母親がいるって幸せ者なのに。
「ママン、星埜困ってる」
「あら、ごめんなさい」
朔蒔の声で、紗央さんは俺から手を離した。その時、彼女の両腕に、青いアザと、火傷の痕、それと何かできられたような傷が見えて、俺は思わず彼女の腕を掴んでしまった。紗央さんはいきなり俺が腕を掴んだので、ビクッと肩を上下させている。でも、驚きすぎているような、すぐに、顔を青くして、ガタガタと震えだしたのだ。まるで、何かに怯えるように。俺を何かと重ねているようだった。
そんな反応をされると思っていなくて、俺はすぐに手を離す。非常識だったって言うのはあったし、何だか離さなきゃいけないと思ったから。
「ご、ごめんなさい」
「いいのよ。それで、どうしたの?」
「いえ、その……腕に傷が見えた、から」
「……っ」
そういうと、紗央さんはサッと腕を隠して、慌てたように笑顔を取り繕った。
「ちょっと、仕事で怪我しちゃってね。見苦しいもの見せちゃってごめんなさいね」
「いえ……えっと、あの」
その反応が、異常すぎて、俺は何かあると、思ってしまった。ここで、聞くのをやめれば良いのに、俺は口をバカみたいに滑らせて、朔蒔や紗央さんの中に足を踏み入れてしまう。
「暴力……とか、受けてるんですか。その、紗央さんだけじゃなくて、朔蒔も」
俺がそう言うと、それまで大人しかった朔蒔が瞳孔を揺らし、苦しげに奥歯をギリッと鳴らした。