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何で、朔蒔も、と言ってしまったのか、自分でも分からない。
「星埜、いい。違う、星埜」
「朔蒔?」
グッと胸倉を捕まれて、顔を引き寄せられる。朔蒔は、苦しげに、眉間に皺を寄せ、俺の方を憎たらしそうな目で見ていた。黒い瞳から、星屑が零れそうで、怖かった。彼の中にある星が落ちてしまいそうな気がした。それを、大事に拾うように、俺は「ごめん」と口にして、紗央さんの方を見た。
紗央さんは、いきなり、朔蒔が俺の胸倉を掴んだので、このまま殴るのではないかと、朔蒔の服を引っ張った。
「朔蒔、だめでしょ。おともだちに」
「紗央さん、大丈夫です。俺が、悪かったので」
俺が悪かった。
多分、そうだ。と、俺は自分が悪かったと、認めて、朔蒔に手を離してもらった。制服を直しながら、再び朔蒔を見れば、朔蒔は、なんとも言えないような表情で地面を見ている。何となく、アタリだな、と思ってしまった。
(この間、服の下……見せなかったの、そういうことか?)
家庭内暴力の文字が頭をよぎる。朔蒔に限って? と思ったが、子は親に似る、と言うのは駄目かも知れないが、そんな言葉も頭に浮かんだ。
朔蒔が暴力的なのは、多分、暴力を振るっているであろう男に似たから。暴力でしか、感情を表現できないから何じゃないかと、俺は思ってしまった。そうでなければ良いと願うが、朔蒔の表情が物語っているような気がして、俺は、酷く胸が痛かった。
「朔蒔」
「星埜くん、ごめんなさい。このことは誰にも言わないで」
朔蒔に、事情を聞こうとすれば、それを遮るように、朔蒔を守るように、紗央さんが俺と朔蒔の間に割って入った。彼女は、酷く震えていて、懇願するように、何かの命令に背くように、震え、俺に頭を下げた。何で頭を下げられているのだとか、分からなくて、俺はまた頭が痛くなる。
俺のせいで、朔蒔も紗央さんも嫌な思いをしてしまったのではないかと。俺が、正しいと思って行動した結果が、これなのかと、改めて、正しさの弱さを知ってしまった気がした。崩れてしまう、自分の正義を、必死に零れないように、俺は抱きしめて、首を横に振る。
「言いませんし、俺は……紗央さんや朔蒔のこと何も知らないので。もし、家庭環境に何かあったとしても、俺が口を出せる立場じゃないので」
「星埜くん」
「朔蒔は……俺に、踏み込んで欲しくないのか」
「……」
彼奴はどうなんだろう、とふと気になった。
朔蒔は一向に顔を合わせてくれないし、バレたって顔に書いてあるだけで、俺とどうなりたいとか、俺に話したくないのか、聞いて欲しいのかも分からなかった。まあ、前者だろうけれど。
「……俺は、部外者です。でも、紗央さんが、苦しいって、朔蒔も苦しいって言うなら、何か力になりたいです。俺に出来ることがあれば、何かしたいって……そう思います」
「星埜くんは、格好いいのね。正義感に溢れていて、凄く格好いいと思うわ」
と、紗央さんが、無理矢理作った笑顔で、俺を誉めてくれる。
その無理な笑顔を見ていると、苦しかった。
部外者だって言った手前、これはダメなのかも知れないが、何か力になれればと思ってしまう自分がいて。自分に力が無いことぐらい、理解していたはずなのに。気が大きくなったというか、思いだけが先走ってしまった。
「俺の、父親……警察なので。家庭環境のことに関しては、不介入かも知れませんけど。辛くなったら言って下さい。何か、力になれればって」
「……警察、なの? 星埜くんのお父さんが? じゃあ、お母さんは?」
と、紗央さんが少し食い気味に聞いてきた。警察、という単語を聞いて、瞳孔が開かれたのを見逃さなかった。少しの救い、希望が見えたようなその顔を見ていると、言ってよかったな、という気になってしまう。
けれど、お母さんは? という質問に対し、俺はどう答えれば良いか分からなかった。でも、嘘をつくのもいけないと、そもそも、朔蒔にいっているんだし、いつかバレることだと、俺は正直に答えた。
「死にました……正確には、殺された。と言う方が正しいですが、俺が六つぐらいの時……とある殺人鬼にバラバラにされて。って、こんな話するモンじゃないですね。それで、まあ、父さんは、その殺人鬼を追って、今も」
何だか自分で言っていると虚しくなってきた。
あの時のことは鮮明に思い出せるのに、悔しいとか、苦しいとか、そういうのは一切無くて。異常だな、と自分で自分を思う。
それを聞いて、紗央さんは何か思い詰めたように、口を覆うと、ちらりと、朔蒔の方を見た。朔蒔はいつの間にか顔を上げて、俺の方を見ている。何か言いたげに、口を開閉させてから、ギュッと拳を握って、視線を逸らした。
「それは……その、何て言えば良いか分からないけれど。星埜くんのほうがよっぽど辛い思いをしてきたのね。ごめんなさい、こんなこと聞いて」
「いえ。大丈夫です。それよりも、俺は紗央さんたちの方が心配です。最近、不審者も目撃されているようなので、気をつけて。朔蒔、しっかり、守ってやれよ」
と、俺は朔蒔に声をかける。
朔蒔はぼそりと「大丈夫だよ」なんて、何処か人ごとのように呟いていた。
それから、少し紗央さんと話し、紗央さんの荷物を持った朔蒔と一緒に二人は帰っていった。二人の後ろ姿を見ると、親子だな、としんみりするが、同時に、俺も、もし母さんが生きていたらああだったのかな、なんて想像してしまった。別に、母さんじゃなくても行けど。
(俺も帰るか……)
夕焼けに背を向け、俺が歩き出そうとすれば「星埜くん」と聞き覚えのある声が聞え、俺は足を止めた。影が黒いアスファルトに伸びている。
「星埜くん!」
「楓音?」
声の主は、あの可愛い笑顔が素敵な友達、水縹楓音だった。