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三分小説さん天才すぎてやばいです! ちょーおもしろくて、こんなにのめり込んだの久しぶりです!第2部楽しみに待ってます!頑張ってください!
繋げ方まで完璧すぎるっ!!! どこまでも最高な親父と💛💜がくっついて幸せ🫶🏻🫶🏻🫶🏻🫶🏻 第二部も楽しみにしておりまーす😊
最高でした!毎回読むたびにほっこりさせて頂いてました☺️ 第二部も楽しみにしてます🎶
サウナの中にでも入っているんじゃないかというくらい、ひどく暑い。
苦しさを紛らわせたくて「ん“…ん“ん“…」と唸った自分の声で、意識は突然引き戻された。
「…ぁ……」
ふと目を開ければ、数時間前と何も変わっていない天井がそこにはあった。
古き良き日本家屋によく合う斑らな木目は、この組の歴史を物語るように深く濃い色味を滲ませていた。
独特のその模様の端から端までをぼんやりと眺めていると、障子がスッと開く音がした。
その方へ目をやった瞬間、俺の体は大きく飛び上がった。
「ぉ!?親父!?っぁ…ぁたまいて…っ、」
「もう、ちゃんと寝てなきゃだめでしょ?おはよう、少しは休めた?」
「ぁ、は、はい…。でもなんで、、俺、連絡もらってましたっけ…すいません…」
「僕が電話したときはちょうど寝てたみたいだね。今日のお昼頃辰哉くんの携帯にかけたんだけど、翔太くんが出てくれたの」
「翔太が…」
「あの子がみんなに伝えてくれたみたい」
「そうでしたか…すいません…」
「ううん、気にしないで。それより、お腹は空いてる?」
「いや…あんまり…」
「でも何か食べないと。林檎くらいなら食べられそう?」
「ぁ…多分…」
「試しに一個剥いてみよっか。一緒に食べよう?」
「ありがとうございます」
親父は、持参していた果物ナイフで真っ赤な林檎をするすると剥いていった。
実を殆ど残したまま皮がくるくると円を描いて下に垂れ下がっていくのを眺めていると、親父の小さな笑い声が聞こえてきた。
「…? どうかしました?」
「ふふ、懐かしいなって」
「え?」
「昔も、こうやって二人で林檎食べたね」
「そうでしたね。俺も昨日、そのときのこと思い出してました」
「あの日は辰哉くんが切ってくれたよね。すっごく面白い形してたなー、ふふふっ」
「…すいません…マジで料理苦手で…」
「ううん、とっても美味しかったよ」
「う…」
真正面から褒められてしまうとなんとも返答に困ったが、親父はといえば相変わらず裏表のない優しい顔でニコニコと笑っていた。
こうして親父とゆっくり話をするのはいつ振りだろうか。
本格的に先代の跡を継いでからの彼はあちこちを飛び回ることが増え、今では殆ど会えなくなってしまっていた。
子供の頃に重ねた時間が突然戻ってきたような感覚に、体は自然とじんわりとした懐かしさに包まれた。
「こうやってゆっくり話をするのも久しぶりだね」
親父も同じ気持ちだったのだろうか。
驚きのままに彼の方へ視線を向けると、ゆったりとした弧を口元に描きながら平皿に形の良い林檎を並べ、そのうちの二つへランダムに爪楊枝を刺していた。
「はい、剥けました。どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
「召し上がれ。僕もいただきます」
それはとても瑞々しく、齧るたびにシャリシャリと音がした。
甘くて爽やかで、味覚は鈍っていても十分に美味しいと思えた。
しばらくの間、二人無言のまま咀嚼を繰り返していると、林檎を飲み込んでから親父は俺の目をじっと見つめた。
「辰哉くん。前に林檎食べたとき、僕は辰哉くんに言ったね」
「はい…?」
「「僕は一人で大丈夫」って」
「…え…?」
「僕はね、ここにいる子たちには好きに生きてほしいって思うの」
「はい。俺もそう思います」
「僕にとっては、辰哉くんもそのうちの一人なんだよ」
「……へ………」
「このお家が寂しくならないように守っていてほしいって大変なお願いをしちゃったからこそ、その分辰哉くんには楽しいこと、嬉しいこと、幸せなこと、たくさんしてほしい」
「親父…」
「僕のことも、もっと先の未来のことも、いっぱい考えてくれてありがとう」
親父からの言葉に胸が詰まった。
どうして何も言っていないのに、俺が迷って悩んでいたことが全部わかるんだろう。
俺が今までしていたことを、一人で抱え込んで言えずにいたことを、ずっとそばで見て、聞いていてくれていたみたいだった。
やっぱり、この人は不思議だ。
しかし、俺には俺のやるべきことがある。
三文小説
それに、今のこの生活は嫌いじゃない。
苦しいとも感じていない。
心から、「このままでいい」と思える。
親父の優しさはとても嬉しかったが、心配には及ばない。
「それが俺の役目ですし、俺が好きでやってることですから」
思ったままに自分の気持ちを伝えると、親父はふるふると首を振った。
「辰哉くん、泡になったらだめだよ」
「…はい…?」
「自分のしたいことも自分の幸せも、全部諦めないで。本当の気持ちだって、したくないことだって、なんだって言っていいんだよ」
「え…」
「君は呪いにかかって声が出せなくなってしまった人魚姫じゃないでしょ?なら、ちゃんと言葉にしなきゃ。自分で自分に呪いをかけないで。僕は君の声が聴きたい」
「いや…俺は…」
「ある男の子が言ってたよ。「自分が幸せじゃなかったら、生きててよかったって思えない」って」
「ぁ…」
「辰哉くんがみんなのことを大切に思ってくれてるのも、自分の意思でここにいてくれてることも、ちゃんとわかってるよ。でも、僕は辰哉くんに今以上に「生きててよかった」って思ってほしい」
「…」
「どうしたらそう思えるのか、辰哉くんならちゃんと分かってるでしょ?」
「でも…それじゃ…」
「ふふ、さっきも言ったじゃない。僕は一人で大丈夫だよ」
ふわっと微笑んでくれた親父に、包み込まれているみたいだった。
一人であれこれ考えては凝り固まっていた思考に絡め取られていた心が、少しずつ解けていく。
ところが、やっと喉まで上がってくることができた気持ちは、あと数センチの塀を越えられなくて、助走ばかりをつけていた。
この口は声の上げ方を忘れてしまったかのように、はくはくと開閉だけを繰り返す。
そんな情けない俺に、親父はそっと言葉をかけてくれた。
「必要なのは、あと少しの勇気だけだよ」
そのあったかい声を聞いた瞬間、風邪っぴきの鼻は更に詰まって、目元はじわっと潤んだ。
湿る感覚を両頬に感じたときにはもう、今までの思いや葛藤、申し訳なささを衝動のままに吐き出していた。
「俺…っ、、…跡継ぎ残せません…」
「うん」
「結婚すらできないかもしれないです」
「うん」
「俺の代で名字絶やすことになったら…、親父を、坊を、この組を、この屋敷を、誰がこれから守って行くんだって…、でも、、俺、どうしてもできそうにないんです…すいません…すいません…っ…」
「辰哉くんが謝ることなんて何もないよ」
「でも、、だって…俺がちゃんとしなきゃ…っ、」
「もう十分してもらったよ。一生かかっても返しきれないくらい、辰哉くんにはたくさん助けてもらった。僕を、涼太を、この家を、それにみんなを今までも、そして今も、ずっと守ってくれてる。それだけで、僕は本当に嬉しいんだよ」
「…そんなこと…、まだ…っ、、全然ッ…」
「なら辰哉くん。僕のお願い聞いてくれる?」
「…っ、ぇ…?」
「誰かのためを思って、自分を犠牲にしないで」
「、っ…、 …」
「辰哉くんがどうしてもできないことを、僕は辰哉くんにしてほしくない。僕のことを真っ先に考えなきゃって思っちゃうなら、僕のこのお願いも優先してくれるでしょ?」
「…それはずるいですよ…っ、、もぉぉ…っ」
「ふふっ、約束だよ?」
「…はぃ……。すんっ…」
「ごめんね、体辛いのに泣かせちゃったね…」
「いえ。でも泣きすぎて頭痛いです…」
「わわ!それは大変!今更だけどゆっくり寝てね…って、あれ…?」
人生で二回目の親父からの「お願い」は、とてもとても強引だった。
しかし、それは何よりも優しくて、温かくて、そしてすべてが俺のためにあった。
話の流れで俺が寝負けしたような終わり方にはなってしまったが、その実とても嬉しかった。
それに、すごく爽快な気分でもあった。
なんだか、カラッと晴れた青空の下にいるような心地だった。
すっきりした気持ちで鼻を啜っていると、親父は不意に首を傾げた。
どうしたのかと不思議に思っていると、彼はおもむろに立ち上がり、空になった平皿と薄い林檎の皮、果物ナイフを持って部屋の入り口まで歩いていった。
「じゃあ、そろそろ僕はおいとまするね」
「え、ぁ、はい。」
え?急に?と困惑する俺と目を合わせると、親父は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「ちゃんと伝えるんだよ?大好きな人に自分の気持ち。泡になっちゃう前に」
それを最後に、親父は俺の返答も待たずに部屋を出ていってしまった。
親父が出ていったあと、またすぐに障子が開いた。
「ふっか、起きてる?」
そう言ってひょこっと顔を覗かせたのは、照だった。
突然の来訪にとても驚いたが、それはどうやら照も同じなようだった。
部屋の入り口からこちらの様子を伺っていたそいつは、俺の顔を見るなりギョッとしたように大きく目を開いてから、こちらへと駆け寄ってきた。
「どうしたの?!」
「え、なにが」
「なにがって、目真っ赤。辛い?大丈夫?」
「あ、いや…熱の方は大丈夫、一年分くらい寝たし。今はそんなしんどくないよ」
照がうまい具合に勘違いをしてくれてよかった。
親父とした話に号泣して、しかもその内容にはお前が絡んでる、なんてとても言えそうになかったから。
腹に食べ物が入ったおかげか昼間に比べると体も少しは楽になっていたので、ありのままに答えると、照はホッと安堵のため息を吐きながら俺を抱き締めた。
…え?抱き締めた…?
「ちょ、、ひかる…?」
「…ぐす…っ…」
「え、なんで泣いてんの、、」
「よかった…ほんとによかった…」
「なになに…どした…?」
首元から聞こえてくる涙声にただただ戸惑っていると、照は鼻を啜りながらぽつぽつと話し始めた。
「ふっかが倒れたって連絡もらった時、生きた心地がしなかった」
「いや…風邪引いただけだけど…」
「ただの風邪だって康二も教えてくれたけど、自分の目で見るまで全然安心できなかった」
「大袈裟だな…」
「もう会えなくなっちゃったらどうしようって、ほんとに怖かった」
「いや死なねぇよ、勝手に殺すな?」
「真面目に聞いて」
「へいへい」
「やっと家族ができたんだもん」
「うん」
「失いたくない。お願いだから、俺がいないところでいなくならないで…っ、」
「大丈夫だって」
「え、どうしよう。全然信用できない」
「おい?そこは信じろよ」
ぶっ倒れたことなんて、これまで一度も無かった。
今回は、目黒と真冬に二時間以上も外で喧嘩した挙句徹夜して、これまた真冬に朝風呂に入るなんていう愚行を犯したがために体が音を上げただけのことだ。
だからもうそんなことは起きないだろうに、照の疑うような眼差しは一向に治らなかった。
こいつ俺のこと好きすぎだろ…。
なんて言葉が浮かんでしまえば、体は素直に嬉しさの黄色に染まっていった。
「もうぶっ倒れたりしないから安心して?ね?」
「ほんとに…?」
「ほんとだって。ごめんな、心配かけて」
「む、、そうやって言われちゃったら、もうなんも言えないじゃん」
「え、こんだけ言ってもまだ納得してもらえてない感じ?」
「ぃひっ、もういいよ。今ちゃんとこうやって会って話せてるんだから、それでいい。…それだけで、十分…」
「だから勝手に殺すなって…」
「んふふっ、…あ、そうだ。今日ね、ふっかにゼリー買ってきたの。食べる?」
「え食いたい」
やっと機嫌を直してくれた照は、自身の足元に転がしていたビニール袋を掴んで引き寄せると、中に入っていたものを取り出した。
カップから八分目まで剥がれた箇所から一口分が掬われたあと、プラスティックのスプーンに乗ったそれが俺の前に差し出される。
「お、ありがと」と伝えてから受け取ろうとすると、照の手がひょいっと真横に逸れて、俺の手は空を切った。
ゼリーは今、照の肩あたりの高さのところにあり、スプーンの上でぷるぷるとその体を揺らせている。
「え?なんで?ちょうだいよ」
「違う」
「なにがよ」
「食べさせてあげる、ほら口開けて?」
「いや、一人で食えるけど」
「気のせいでしょ」
「お前の中にいる俺はどんだけバカなの?自分の状態くらいわかるわ」
「俺がしたいの!!今日一日現場で全然看病できなかったんだもん!」
「わーったわーった!!食えやいんだろ!?ったく…。…ぁ…んぐ…」
「美味しい?味わかる?」
「ん。んまいよ、ありがとね」
「んふ、よかったぁ」
嬉しそうに笑いやがって…くそ…。
照は満足そうににんまりと微笑んでは、またゼリーを掬って俺の前に差し出してくる。
今のこの感じが、とてつもなく照れ臭くて、むず痒くて、でも本当は満更でもない。
少しは下がったであろう熱が、別の意味でぶり返しそうだった。
何回目かにぶどう味のセリーを飲み込んだ時、ふと小さな声が体の中から聞こえてきた。
生きててよかった。
それはとてもとても控えめだったが、強い意思を確かに持っていた。
俺は、俺の生き方を変えてもいいのかな。
今感じたこの「幸せ」を、俺は今から追い求めてもいいのかな。
自分だけの我儘で、この先の未来全てを塗り替えてもいいのかな。
でも、このままじゃいられない。
今のままなんかじゃ、もうきっと満足できない。
照と過ごす時間、照の気持ち、そして何よりも照が、もっと、もっと欲しい。
これが、俺の中の、奥の奥にしまい込んでた気持ち。
本当はしたかったこと。
ずっと言えなかった本心。
ーーちゃんと言葉にしなきゃ。
ーー泡になってしまう前に。
親父の言葉が、何度も何度も頭の中に反響する。
なんて伝えたらいいのだろうと躊躇われては、この口は自然と重たくなっていく。
するとまた、親父の声がどこからか聞こえてくる。
ーー必要なのは、あと少しの勇気だけだよ。
そう言われたって、こればっかりは恥ずかしくて、結局俺はチャランポランな言葉しか紡げそうになかった。
「なぁ、照」
「ん?」
「俺の名字もらってくんない?」
照は数回目を瞬かせたあとに言葉の意味を理解したのか、はっと息を呑んでからその顔を真っ赤に染めた。
翌朝、朝を告げる鳥の囀りで目を覚ますと、真横には照がいた。
確か、ゼリーを食べ終わったあともう一度布団に入るよう促されて、そのまま眠ってしまったのではなかったかと思うが、正直なところ、その詳細は朧げだ。
伝え方はともかくとして、個人的にはかなりの勇気を振り絞って一世一代の告白をしたつもりだったので、内心はそれだけで一杯一杯だったのだ。
あれから照となに話したっけ…。と必死に記憶の糸を手繰ってみたが、やはり何一つ思い出せそうになかった。
照は添い寝するような体制で布団に肘をつき、もう片方の手を俺の腹の上に置いて横向きに眠っていた。
「手首痛めんぞ…?」
小さく呟きながら、なるべく普通の体勢で寝られるように照の体を動かそうと起き上がった。
照の傍らに膝で立って、顔とピッタリくっついている左手首を右手で支えながら、左手をその後頭部に添えて体の向きを変えてあげようとした瞬間、照の目がぱちっと開いた。
「っぅぉ…、っくりした…」
「ん、ふっか…?」
「ごめん、起こした?」
「おはよ…朝から積極的だね、、ん…ふあぁ…、昨日付き合ったばっかなんだから、もっとゆっくり進んでこうよ…それにふっか病み上がりだよ?まずは熱測んないと…ふあぁ…」
「ちげぇッ!!バカが!!」
何言ってんだこいつは。
しかも、なんで俺がノリノリみたいな言い方されてんだ。
朝からそんなこと考えてるお前の方がよっぽど盛ってんじゃねぇか。
心の底から「その気」は全く無かったが、そう言われてしまうと何故だか自然と居た堪れないほどの恥ずかしさがこみ上げてくる。
すかさず、半身で覆いかぶさっているようになってしまっている体制を起き上がらせようとした。
しかし、いつの間にか照の右手が背中に回っていたらしく、その強い力に押さえ込まれていて身動きが取れなくなっていた。
「なッ!?、離せって」
「んふ、やぁだ」
「ばかばか、マジで動けないから」
「動けなくしてるの」
「なぜ!?」
「ふっかともっと近づけたから?」
「なんで疑問形?」
寝ぼけ眼でふにゃふにゃと話す照が、たまらなく可愛い。
照は「んー、まだなんて言ったらいいかわかんないんだけどね」と斜め上を見ながら、その先を続けた。
「ついこの間まで、ふっかのこと好きって気付いてなかったの」
「おー」
「でも、ちょっとしたきっかけがあってからふっかが好きってわかって、どうアプローチしようかなって考えてたところだったの。そしたら、昨日ふっかと付き合うことになったから、急展開すぎてまだ纏められてないの」
「あー、うん、」
「で、もっと実感したいから、まだこうしてたい」
「そゆことね、なるほどわかった。…ただね?いわもっさん」
「ん?」
「今、膝がありえんくらい痛い。布団越しに床に突き刺さってんのよ」
「わ、痛そう」
「なんの心も込もってねぇなぁおい」
「もーわかったよ」
何故だかいなされているようなため息を吐かれるが、そうしたいのはこっちの方だと心の中でぼやいていると、体に照の両腕が巻き付き、視界が急に反転した。
「ぅおッ!?なになになに?!!」
「これなら痛くないでしょ?」
「痛くないったって、これ……」
「ほら、毛布掛けとかないとぶり返すよ?」
「お袋か」
「んふふ、あったかいね」
ころころと変わっていく展開に混乱している間に、照は俺と自分の体に毛布をかけていた。
思わず口から出てしまった言葉に反射的に「ゃべっ…」と思ったが、照は変わらずふにゃふにゃと笑っていた。
その様子に安心すると同時に、長かった照の孤独との闘いがやっと終わったのだと実感できて、本当に嬉しかった。
しかし、それとこれとは話が別だ。
向かい合う体勢でじっと見つめられていて、正直逃げ出したくてたまらない。
そうは思っても、照にがっちりと抱え込まれてしまっていては、指の一本たりとも動かせそうにはなかった。
いや、この世の体術全てを極めてきた自負はあるので、抜け出そうと思えば簡単にそうできたが、しなかったのだ。
したくなかった。
俺も照と同じ。
まだもう少し、こうしていたかった。
:
:
:
「ふっか」
「んー?」
「名字もらうってさ、俺が深澤になるの?それとも、ふっかが岩本になるの?」
「あー、そこは考えてなかった。どっちでもいんじゃない?」
「じゃあふっかが岩本ね。俺の奥さんっぽくていいね」
「火出るからやめろ」
「消火器持ってこようか?」
「いい雰囲気の途中でちょいちょい小ボケ挟むなよ…。情緒がおかしくなる」
「ふっかだって昨日からちょこちょこボケてんじゃん」
「小っ恥ずかしいんだもん」
「あ、照れてたの?可愛い」
「もー、また熱出る…」
「それはだめ。早く治して。治ったらデートするんだから」
「お前マジでもう喋んな…。なんでそんないちいち甘いの…」
「甘いもの好きだからかな」
「ぜってェ関係ねぇだろ」
家族から恋人になっても、俺たちの会話は今まで通りに取り止めがなくて、くだらなかった。
でも、それが、ただただ幸せだった。
ずっとこうしていたいが、そろそろ照は現場に行く時間だろう。
名残惜しさが照のTシャツの裾を掴ませると、俺の恋しさに気付いてくれたのか、照はそっと頭を撫でてくれた。
心地良さに目を細めていると、また眠気がやってくる。
もう一度眠ろうかと迷っていたとき、背後で障子が開く音がした。
「ふっかおはよう。かぜ倒せた?」
その少年の声を聞き取った瞬間、サァー…と血の気が引いていく感覚に襲われた。
恐る恐る後方を振り返ってみると、そこには坊を抱いた翔太が立っていた。
「しょ、しょうた…これは、その…」
「ふっか、ねつ負けた?たいおんけーする?」
「あ、翔太、俺がやっとくよ」
「照?なんでここにいるの?」
「ふっかに絵本読んでたら一緒に寝ちゃってたの」
「え」
「俺もいつも涼太と読んでるよ。昨日は組長が読んでくれた」
「よかったね、なんのお話だったの?」
「人魚姫ってやつ。俺、魔女倒してきた」
「…? すごいね。強いじゃん。じゃあたくさん頑張ったからお腹空いたでしょ?朝ごはん食べておいで?」
「うん、わかった」
翔太は素直に頷くと、とてとてと足音を鳴らして居間の方へ向かっていった。
照がうまくはぐらかしてくれたおかげで、翔太にショックを与えることも、康二からお説教されることも避けられた。
先程まで立ち込めていた噎せ返るほどの甘い空気は、翔太が障子を開け放ったことで良い具合に換気されたらしい。
もう一度照と向かい合えばたちまち気恥ずかしくて、二人でくふくふと笑った。
「じゃあ、行ってきます」
「ん、気をつけてね。今日も頑張れ」
「うん、任せて。まだ完全じゃないんだから無理しないで休んでてね」
「はいよー。言われなくても、多分康二が布団から出さしてくんねぇよ…」
「俺からも頼んどく」
「過保護だな…。あ、そうだ、照」
「ん?」
ずっと蓋をしていた想いが次々に開け放たれていく感覚に、何かしたいという気持ちが生まれていく。
始まりの日、きっと一生忘れない大切な今日に、何でもいいから何かを刻んでおきたかった。
起き上がって伸びをした照の腕を掴んで、その体を引き寄せる。
今はここまでが精一杯。
でもいつか、もっと遠くまで行きたい。
そのときは、照と一緒に。
「いってらっしゃい、旦那さん?」
ヤケクソで甘ったるい見送りの言葉を届けて、恥ずかしさのままにギュッと目を瞑りながらその頬に口付けた。
触れた場所は、たちまちぶわぁぁぁ…っ、と熱くなった。
上手なんだか初心なんだか、どっちだよ。
そんなことを思っていると、俺の口からは軽快な笑い声が漏れた。
布団の上で照を見送ったあと、しばらく見ていなかったスマホを確認してみると、親父からのメッセージが入っていた。
「僕から辰哉くんのお父さんには話をしておくね。僕は今からイタリアに行くけど、今度会ったときは惚気話たくさん聞かせてね」
その簡潔なその文面を読んだ瞬間、親父には何もかもお見通しだったのだと悟った。
「はぁ…、やっぱ敵わねぇわ…」
嘆くような言葉遣いのわりには、俺の声は快活そうに聞こえた。
組長補佐の名字 完
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「「青少年と赤い宝石」を読んでくださっているみなさま、こんにちは。 ここまで読んでくださって、ありがとーございました。これで、…?ラウール、これなんて読むの?」
「「第一部」だね」
「だいいちぶ、が、、? ラウール、これは?」
「「完結」だよ」
「これで、だいいちぶが、かんけつになります。… だいにぶ?で合ってる?」
「そうそう!すごいじゃん!」
「む…褒めなくていい。だいにぶもお楽しみに」
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「ふっか、読んだよ」
「おー、お疲れ翔太」
「頑張ったね!えらいえらい!」
「ラウールうるさい。褒めんな」
「いやー、でもさ!ここまでのみんなとの毎日、ホント楽しかったよねん」
「ホンマにな!毎日目まぐるしかったな!」
「そうだね。それに阿部ちゃんとやっと付き合えた…っ!」
「ここで言わなくていいから!」
「嬉しいんだもん、ね佐久間くん」
「うん!めっちゃ嬉しかったーっ!」
「わかったッ!わかったからいちいちくっつかないで…ッ!皆さん見てるから…っ!!」
「はいはい静かにしてー、みんなで挨拶するよー」
「ふぁんふぉふぁいはふ?(なんの挨拶?)」
「照ー、口からチョコ取れー。ここまでのお礼と、これからもよろしくねって」
「じゃあ病み上がりのふっか、いつも通り号令おねがい」
「病み上がりは余計だよ…。じゃあ改めて、、。 俺たちの物語を応援してくださっている皆様、いつも本当にありがとうございます。 第一部はこれにて完結しますが、次回から第二部が始まって行きますんで、これからも、せーのっ…」
「「「よろしくお願いしまーすっ!!」」」
「涼太、ばいばいだって」
「んきゃ!!ばーばぁっ!」
第一部 完
第二部へ続く