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「あの、もしもし?」
突然かかってきた電話を取り、相手が話すのを待っているが一向に音も声も聞えてこなかった。迷惑電話かと、切ろうとも思ったがもうストーカーはいないし、迷惑電話がかかってきたことはあれ以降なかったため、こちらの声が聞えていないのかともう一度繰り返そうとしたとき、電話の向こうから声が聞えた。
『もしもし、明智さんですか? 依頼をお願いしたいんですけど』
と、少し高い女性の声が聞えてきた。声から年齢は想像しづらいが凡そ20代から30代ぐらいだろうと推測する。女性の年齢なんて考えるもんじゃないけれど。
俺は、机の上にメモ用紙を広げペンを持つ。
直接依頼してくる人もいれば、電話で依頼してくる人もいるが、大体は顔を合わせるためその予定日を聞こうと俺は女性に尋ねた。
「依頼ですか? 我が探偵事務所は直接会って依頼を受ける形を取っているんですが、よろしいですか?」
『はい、大丈夫です』
「では、都合の良い日を教えて下さい」
そう、俺が聞くと女性は少し黙った後「二十五日で」と答えた。
「どうしたの春ちゃん?」
「その日はちょっと……他に都合の良い日はありませんか?」
俺は、そう聞き返した。
その日はダメだ。と、後ろにいる神津を見る。誕生日の話をしていて、二十五日が神津の誕生日であること、その日は絶対に依頼を入れないと決めていたのだ。
だが、女性の反応はない。
休みだと言えばよかっただろうかと後悔したが、もう口にしてしまったものは仕方がない。都合が悪いと言えば、他の日にちを呈示してくるだろうと思っていると、女性は
「その日じゃないとダメなんです。お願いします」と焦ったようにいった。それから、何度も何度も、「その日で、その日が良いです。その日にお伺いしますね」と言った後、一方的に電話を切られてしまった。ツーツーと通信終了の音が耳に鳴り響く。
「春ちゃん?」
「……依頼、はいった」
「いつ?」
「お前の誕生日……俺は、断ろうとしたんだぞ!? なのに、勝手に切れて!」
と、俺は自分は悪くないと神津に主張した。一部始終を見ていた神津は、まあまあと俺を宥めてくれたが、悲しむ権利があるのは神津だろうと思った。俺がわめいても泣いても、もっとも泣くべきは神津だろうに。
神津は、大丈夫だよ。と俺の肩を叩いて笑顔を作った。
「祝ってくれるって、その気持ちだけで十分嬉しい」
「でも、お前凄く嬉しそうにしてた。それに、俺もいきたいし」
そういえば、神津はそうだねーと、難しそうな表情を浮べていた。
あんな非常識な奴の依頼を受けることないと俺は思って事務所を開けてやろうかと思ったが、探偵の仕事なんて信頼が命だ。そう簡単に振り切れるものではない。
俺の隣で考える神津をちらりと見ながら、俺はスマホを操作する。
「春ちゃん何してるの?」
「ん……」
俺は、決済が済んだ画面を見せる。
神津は、少し驚いていたが俺らしいとでも言うように、笑顔を見せた。
「二十四日。もうその日に予約入れたから、その前日にホテルにはチェックインして、二十四日にで、デートな!」
「春ちゃんさっすが~」
と、神津は褒めてくるのだが、これでも俺は許せない。
俺の誕生日は嫌ってほど俺の事祝ってくれた神津に、一日中祝ってくれた神津の誕生日に依頼が入ったこと。それを断れ無かった自分を許せずにいた。
それでも、二十四日を楽しみにしてくれている神津を見れば、その怒りも自然と消えていくような気もした。
(とりま、それまでに色々と計画立てるか……)
学生時代は、勉強と部活ばかりで誰かと遊びに行くこともなかったから、誰かの為に誰かと一緒に出かけるために計画を立てるのはこれが初めてかも知れない。そう思うと、少しわくわくもしてくる。この年になって何して遊ぶんだよとか、そんなことは考えない。
「春ちゃん、僕楽しみにしてるね」
「お、おう、楽しみにしとけ」
神津は、プレゼントをもらった子供のように純粋な笑顔を俺に向けていた。まだ、プレゼントは渡していないだろうと言いたかったが、あまり余計なことは言わない方が良いだろうと、口を閉じる。
俺も自分でいったは何だが、凄く楽しみだった。
デートらしいデート、恋人らしいデート。神津の嬉しそうなかおを見るのが何よりも楽しみだし、神津の事を全力で祝ってやりたい。そりゃもう、十年分のおめでとうを言ってやると心に決めている。
それと、もう一つ。
(俺から、好きって言ってやるか……愛してる、とか。恥ずかしいが、ちゃんと言葉にして伝えた方が良いよな)
と、考えるだけで火を噴きそうな言葉を俺は言おうと決めている。勝手に、好きの上位互換が愛しているだと思っているし、そもそも好きもあまり言えていないのだが、十年分の気持ちを伝えるならそっちの方が良いだろうと思った。俺はいつも受け身だから。
俺は、何着ていこうかな。などと、小学生のようにはしゃぐ神津を見て口がゆるっと上に上がった。