「恭さん、滅茶苦茶嬉しそうですね。何かあったんですか?」
「そうなの、とわ君。聞いてよ~僕ね、僕ね。明日春ちゃんとデートなんだ!」
二十四日を目前に、上機嫌すぎて明日雨が降らないか心配な神津は、掃除にきていた小林にそんなことをべらべらと喋っていた。
正直、デートで事務所を開けるなど小林には知られたくなかったのだが、小林が事務所に来て早々抱き付いて、デートのことを口にした神津を止める術はなかった。それ以上余計なことを言うなと、釘を刺そうかと思ったがそれもやめ、俺は落ち着かない様子の神津を見ながらため息をついた。
小林は、「そうなんですね。楽しんできて下さい」と笑顔で言う。本当に良い子だと思った。偏見も持たない、本当に純粋で良い子だと。
小林は、机の上に散らばっている資料を一つにまとめながら、手を止める。
「どうした? 小林」
「えっ、あ、はい。何でもないです」
「いや、その反応何でもないわけないだろ」
明らかに可笑しい反応を見せた小林を見て、どうしたのかと小林が手に持っていた資料を見れば、あの爆破事件の資料だった。そういえば、まだ机の上に置きっぱなしだったなあなどと、俺は思いつつ、それが気になったのかと、小林の顔を覗けば、浮かない顔をしていた。
二年前から起きている爆破事件。頻度で言えば、二年前の数ヶ月、そうして今年。爆破の場所はまちまちで、死者と負傷者はそこまででてないとは言え、奇妙な事件だ。警察が犯人の手がかり一つ掴めていないところも見ると、かなりの手慣れだと容易に想像がつく。
二十面相は、表むきは公安で手段はかなり選ばないが人殺しはしない。俺の親父の死に関わっていたが、直接手を下したわけではない。非道の正義が見える、それもまた俺があの人を嫌う理由の一つだ。
だがまあ、公安も動いているだろうに捕まらないと言うことは、国内だけの話じゃないのかも知れない。
考えても、答えは出ないが。
「まだ、捕まっていないんだなって思って……二年前からですよね。この事件」
「そうだなあ。まあ、俺はその事件に関わっていないし、詳細までは分からないが」
そういえば、小林は、捌剣市って矢っ張り呪われてるんじゃ。と顔を暗くした。確かにその通りだなと思う。
俺は、小林を励ますために頭を撫でてやる。
「あっ、明智先生」
「子供はそんなこと考えなくていいんだよ。こういうのは警察に任せときゃ良い」
「でも、明智先生も事件追っているんでしょ?」
「趣味の範囲でな」
と、そう答えれば小林は可笑しいとプッと吹き出した。
趣味の範囲。
この目で実際その事件現場を見たことも無いし、どういう犯人がどういう意図で起こしているのかも分からない。もう警察じゃない俺にはそんな事件の詳細がまわってくるわけもない。だから、手元にある情報を頼りに推理するしかない。自分が巻き込まれないのが最優先だが。
(そういや、安護さんの奥さんも爆破事件に巻き込まれたんだっけな……)
あれは、ハイジャック事件だったと、頭の中で訂正し、主犯格も海外のマフィアだと聞いた。だから、この国内で起きている事件とはまた別なのかも知れない。関連性が0と言うわけではないのかも知れないが。
そんなことを、あれこれ小林と話しているとあっという間に時間が過ぎ、小林はもってきたショルダーバッグを肩から提げ直して玄関へ向かった。
「明智先生、恭さん楽しんできて下さいね!」
と、小林は元気よく言うと事務所から出て行った。
「春ちゃんすっごく熱心だね。その爆破事件、そんなに気になるの?」
「あ? いや……まあ。犯人の目的がわかんねえからな。大量殺人が目的でもなさそうだし、その爆弾の威力や特殊性もまた芸術みたいな……」
「芸術ねえ」
小林が積んでくれた資料を一枚手に取ると、神津は首を傾げた。
神津でも犯人の目的や行動原理が分からないようだった。情報が少ないのもあるが、本当にこの事件に関しては謎である。二年前に一回、そして今年に入って三、四件。本当にどういう意味があるのだろうかと。
(犯罪者の気持ちなんて分かりたくもねえけど……)
でももし、理由があるのなら聞きたい。どういう理由で事件を起こしているのか。話せば分かるかも知れないし。
「まあ、考えても仕方ないよ。春ちゃん。それより、もう出発しよう!」
「ついてもまだ、チェックインの時間には早いだろう」
「え~電車で一緒に揺られようよ~」
そう言いながら神津は俺の手を掴んだ。
本当に、ご機嫌だなと呆れつつ、俺は親父のスーツを羽織り、スニーカーを履く。それはダサいと、神津に指摘されたが、明日はちゃんと違う服を着るから良いだろうと押し切った。この日の為に、神津には服屋に連れて行かれ、何着も買わされた。一着しか着なくても良いところを5着かった。
それから、鞄を持って神津と共に事務所を出た。
外に出ると冷たい風が頬に当たり、思わず身震いをする。九月も終わりにさしかかり、夏の暑さが嘘のように涼しくなってきた。
駅に向かう道中で、神津は手を繋ごうと言ってきたがそれは断った。
「え~デートなのに、手、繋がないとかあり得ない~」
「あっちについたら、い、一杯繋げば良いだろうが」
そう俺が恥ずかしくなりながら返せば、神津はぱあっと顔を明るくして、そうだね。とはにかんだ。
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