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「あら。なんか機嫌いいのね、怜」
帰るなり、母親から声を掛けられる。
「ユウちゃんとでも会って来たの?」
何も知らない母は、怜の顔を見た後でニコニコと笑っている。
「…ん。そうだ。怜、明日じゃない。用意出来たの?」
「うん。でも明日って言っても出発は夜だから、全然余裕あるよ。」
「ふうん。でもまあ、お父さんと行った事もあるものね。怜。ご飯、もう直ぐ出来るからね。」
母親はそう言って、フライパンに火を点けた。
「うん」
そう言うと怜は荷物を持ったまま自分の部屋へと向かう。階段を登り、廊下の先にある部屋のドアを開けて自分の部屋へと入る。
「ふー。」
荷物を音を立てて置き、ベッドの上へと崩れ落ちる怜。
あらためて、今日あったことを思い返す。
そうだ。そう思い、ポケットに突っ込んだままのスマホを取り出して、ベッドに突っ伏したままで画面を確認してみる。通知は三件。
それをタップして見てみると、全部それは笹岡からのメッセージだったらしく、怜はためらいつつも笹岡の飼っている猫らしいアイコンを選択してみる。
LINE画面を開くと、笹岡からはスタンプが三つ連打されているだけだった。よろしく!というメッセージ入り何かのキャラクターのもので、それ以下はハートが全てのスタンプに入り込んでいる。怜はそれに対して、LINEに元々付いているスタンプで返事を返す。
携帯を置こうとすると、すぐに通知音が鳴り、笹岡からのメッセージのようだった。
「怜、ごはんよー。」
階下から母親の声が聞こえる。怜はベッドに座ったまま、LINE画面をもう一度開く。
ーもう、家着いたの?
笹岡からのメッセージが入っている。
怜はそれに返事を打ちかけて、ふと辞める。それから立ち上がり、ドアを開けて居間へと向かう。階段を降りているうち、もう一度通知音が鳴り、それも笹岡からのものだと分かる。
怜は携帯を手に持ったまま、階段を降り切った頃に居間に居る庵と目が合う。
庵はいつも通りにソファの上でくつろいでいる所だったようで、スマホから顔を上げた瞬間に目が合ったらしい。
「兄ちゃん」
「ん。なに」
庵はソファから立ち上がるとキッチンにいる母がまだ夕飯の支度をしているのをチラと確認し、それから兄である怜の方へと近づいて、急に声を顰めて話しかけて来る。
「…あのさ。明日からの旅行だけど…もしかして、ユウさんも誘ってるわけじゃないよね?」
「…は。何、それ。」
庵は怜の顔をまじまじと見つめる。
不意打ちの質問に顔を赤くする怜。
「なに、それ?何その反応。」
全く見当違いの追求だが、自分でもよく分からない程焦り初めているのが、庵に伝わっているようだ。
「なわけ、ねーだろ。ユウなんて、たまに学校で顔合わせるくらいだよ。」
「ふーん?」
「ユウに直接聞いてみたら?あいつ、塾とか委員会とかで結構忙しくしてるから。」
「あっそ。なあんだ。ユウさん忙しいんだね」
庵はがっかりしたふうに怜から離れる。
「お前一体どんな話を聞いたの?」
「ん?まちこちゃんの話?」
「いや、知らないけどさ。なんでユウ?と思って。」
「私もまちこちゃんとは直接話してるわけじゃないんだけどさ。色々つてがあるのよ。お兄ちゃんの学校とかにも」
「ふーん。あっそ」
「いいなあ。私も早く高校生になりたい。」
「今だってお前、充分自由だろ。」
「そんな事ないよ。校則だって厳しいしさ。」
怜はというと、自分はあまり細かい事も気にせずに中学と同じように部活と授業の往復を繰り返しているだけだったが、庵のいう「いいなあ」というのが、まだ全く知らない単純に理想的なものにだけ注がれていることが分かり、因縁でもつけられているような気持ちになっていた。
そういえば、あれからユウからのLINEは来ていない。
春馬があの時に話してきたような事まで庵が知っているとはあまり思えなかった。
夕飯を食べながら、笹岡に返事でもしようとLINE画面を開く。
まだ数分も経って居ないのに、既に返事を要求してるかのようなイラストのスタンプが送られている。
庵がじろっと怜の顔を見るが、確かに怜は自分でもそれを見ながら笑っていたのかもしれない。
風呂から上がった怜は、少しでも明日の準備をしようと服を用意するためにタンスをガタガタと開け閉めしていた。その間にも笹岡からのメッセージは届いており、ベッドに入っている頃には笹岡からの「恋バナしてもいい?」というメッセージが入っていた。
怜はそれベッドに腰掛けながら開き、若干ためらったが
ーでも、そろそろ寝るから
そう書いてメッセージを送信する。
すると、笹岡からの返事がすぐに送られてくる。
ーじゃあ、話だけ送るね。
怜も笹岡のこのノリにだんだんと慣れては来ていたが、返事を待たずに寝ようとする。が、何となく落ち着かなくて寝返りを打つ。
ー俺の友人の話なんだけどさ。
笹岡からの返事が来る。
ー部活の内部での話。その女と男は、練習を一緒にするような仲だったんだ。お互いにいい仲間で、ライバルでもあるし、大会に向けていつも一緒に練習していた。演奏って、聴く側と演奏している側では、やっぱり聞こえ方が違うんだよね。それをお互いで意識して、感想を言ってみたり、アドバイスしてみたり、そういう関係
ーうん
怜はそう返事を打って送る。
ーで、それで大会が終わり、顧問からも皆褒められて、またこんな風に満足出来るような演奏が出来たらいいねって、その女子が言ったんだ。男子も、そうだねって言って、満足してた。それは本当に、吹奏楽が好きだったから。顧問も、仲間も好きだったから。
ーでも、女子からしたらちょっと違ったんだ。その時の部活が終わった後でちょっと、って男子が呼び出されて、女子が男子に向かって、あなたの事好きになってもいいかって聞いて来た。
怜は送られてきた文面が光るスマホの画面を見ながら暫し考えていた。それから返事の文章を打ってみる。
ーそれって、お前の事?
ーちがう。友人の話。
ーふーん。それで、どうしたの?男子は。
ーそれで、凄く嬉しいって返事をした。それから、二人は付き合う事になって…でも、三日で別れたんだって。
ーえ。なんで?
ーその、男子が同性愛者だったから。
画面を前にして、怜は固まる。
いや、それ…お前の話だろ。怜はベッドに横たわり、ス
マホを持ち上げながらメッセージを打ち掛けて、ぴりしりと痺れ出したような腕を意識しては、それを消した。
すると、笹岡から返信が先に来る。
ー不純だって思う?
ー別に。なんで?
ーホモだって言わなかったこととか、都合よく過去を改変してるところだとか。
ー改変って何?
やっぱり、お前の話をしてるってこと
ーうーん。何なんだろ。俺も言ってて分からなくなってきた。
怜はそれを見た後携帯を置き、目を瞑って眠ろうとする。
ようやく睡魔に覆われて、何度か通知音が鳴って居たような気もするが、怜はそのまま眠りに落ちて居た。