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翌朝起きると、既に昼前になっている。母親は仕事へ出掛けているようで、庵も既にどこかへ外出したようだ。怜は自分の部屋からでて居間にあるソファにどかりと腰を下ろす。
笹岡からのメッセージはその後何度か続いて居たようで、その後はリアクションがないと気付いたのか眠っている動物のイラストのスタンプが何度か続いて送られていた。
ー不純だと思う?
それに対して怜が返事を返したあとに続いた笹岡からのメッセージを怜は見る。
ーなんか変な話してごめん。でも恋バナって自分だけ話してると損した気分になるのはなんでだ?
怜はパンを焼いてバターを塗っただけの朝食を、牛乳と共に流し込む。それから、昨夜のLINEのメッセージの内容、それも笹岡の言うには友人の同性愛について改めて考えていた。
笹岡はたしか、入学して以来何度か学校を休むような事があったと聞いて居た。それに、部活動では周りに着いていくのに練習をしていたという話を聞いたばかりだったし、そんな環境で居て笹岡からも教え合う関係なんてあったのだろうか。
…生徒会長と笹岡と言い、なんでそれがいちいちこんがらがるような事態になるんだろうか。同性愛者というのは、そんなにもあちこちにいるんだろうか。…
怜は牛乳の最後の一口を喉の奥へと流し込み、そういえばと思い出す。
アイツは、他の場所でもトラブルまがいの事を起こしているんだ。
その時、LINEの通知音が鳴る。怜はもう慣れっこになってきた笹岡からのメッセージ連投を読むためにスマホを持ち上げる。
ー俺、今日は遠征。これから千葉に行って来る
怜はそれに対して行ってらっしゃいのスタンプを送った。
しばしスマホを操作し、いつも見ているニュースや動画をチェックしては、怜はテーブルに向かったまま食器も片付けずにぼおっと考え事をしていた。
…いったい何がしたいんだ。
怜が笹岡と出会ってから、つい今まで胸の奥を支配している考えはその事だったかもしれない。
怜がこれから向かう先は、幼い頃に家族で父に連れられて行った旅行先だ。
ーもう父と怜は長い間会っていない。自分と母親、庵が昔連れられて行った先は、父が若い頃に暮らしていた場所で、そこには取り立てて凄いものがあったとは言えないがそれは怜なりに思い出のあった場所ではあった。
受験を終え部活が忙しくなってからは思い出す事もなくなっていた場所だったが、ふと色んなことが落ち着いた時に、身一つでどこかへ行ってみたいと感じ思い浮かんだのがその場所だったのだった。
怜は、これまで行ったことのある場所を思い出してみる。鴨川シーワールド、館山、それから大多喜城。
それから…
怜は笹岡の顔を思い浮かべる。
それから、…何となく思い出していた。笹岡と最初に会った時にされたこと、電車に一緒に乗った時のこと。その前に、いきなり手を握られたこと…
それから、久しぶりに会った時に、思いがけずに怜が嬉しいと思ってしまっていたこと。
一人きりで考えに浸っていたせいか、いつもなら考えないようにしていたことが、怒涛のように押し寄せて来る。
「………。」
ホモって何なんだよ。俺は、普通なんだよ。
そう考えるほど、笹岡が話しかけて来るたびにイライラしてしまう。
これから千葉へ遠征へ行く、と笹岡が言ったときも、まず思ったのは「それが何なんだ」という思いだった。旅行に行くのは怜の個人的な感傷だったし、誰にも理由を話していない。多分無いだろうが、もし、笹岡からいつもの調子で向こうで会おうと言われても断るつもりだった。
でも、もし…
怜はそこまで考えたあとではっと我に帰る。
それから、スマホを大事そうに持っている自分の手を見て、昨日までのことを思い出す。
好きなのか?もしかして。
…いや、でもそもそも、好きってなんだ?
怜は思い直す。誰かを好きになるって、一体何なんだ?
それから、スマホを見る。そもそも俺が、LINEするのを喜んでいたんじゃないか?
笹岡があの時、自分を待っていたんだと思って、重くなりかけていた気分がいつの間にか無くなってしまったんじゃないのか。
夜の10時半、怜は家を出発して近くの駅へと向かう。夜ご飯を食べ、シャワーも浴びてあとはバスに乗って眠っているうちに目的地へ着くはずだった。
すっかり暗くなった夜の中、光を放つような駅の中を通り抜けた後で、バスの停留所へ向かうと既に怜が乗るはずのバスが止まって居た。例は自分のチケットをスマホで確認してから、表に出ているバスの運転手らしき男性に向かってそれを見せる。確認を終えた後で指定された椅子を探し、見つけた席へと怜は腰を降ろす。
時計を確認するが、まだ出発までは大分時間がある。怜は明日のために早々に寝てしまおうと思って居たが、とりあえずこの駅から出発するまでは暇を潰していようと思い、持ってきたワイヤレスイヤホンを耳に差し込んだ。
駅に着き、未だあちこちがシャッターで閉じられている時間に予約して居たホテルにチェックインするまでの時間を潰そうとしているときに、笹岡からLINEが来ていることに気付いた。
ー何してる?
怜はそれに対して、ごく普通の既存のスタンプを打ち返す。が、それにすぐに返事が来る。
ー寝てたの?
そりゃ、普通は寝てるだろうと思い、怜は何を返そうか考えながら立ち止まる。目の前にマックがあるのでそこへとりあえず入る事にした。
ー寝てたよ。
怜は席に座ってそう打ち返す。送信ボタンを押し、購入したハンバーガーの包みを開く。
すると突然、着信音が鳴る。
怜は驚き、テーブルの上に置いて居たスマホを手に取り画面を見るが、それは笹岡からだった。
通話ボタンを押し、「もしもし」と話す。
「もしもし…サワグチ?」
「…そうだけど、何?」
「あのさ。こんな事言ったら誤解するかも知れないけどさ。お前今、金持ってる?」
「かねえ?…なんで?」
「なんでって…。
まあともかく、何度か言ったけどさ。俺昨日から、部活の遠征で千葉に来てるんだよね。」
「…」
「サワグチ?」
「うん。」
「なんとか、時間合わないかなあ。俺、ともかく今も部員に聞かれないように、外に出てるんだけどさ。なんか一人で、っていうのも変だし、なんて言うべきかとか考えちゃったりもしてるんだけど。」
「あのさあ、お前…ストーカー?」
「は。」
「いや、だから…何がしたいの?」
「何がって。」
ずっと思って居たことを言った筈が、笹岡は応えない。
怜は飲み物を一口飲み、自分自身も何が言いたいのかを考えている。
ボストンバックを足元に置き、バスで眠れるようなジャンバーを来たままの怜はまだ朝も明けて居ないような時間にたった一人でハンバーガーを頬張っている…
「遊びに行くんじゃないの?」笹岡がそう呟く。
「俺たちが?」
「うん」
怜は昨日から起きたことを思い返してみた。
「え、あれって、…待ち合わせて一緒に遊びに行こうっていうまでの流れだったの?」
「そうとも言える」
「いや俺、お前の行動力ストーカーみたいだなって思ってた」
「お前、失礼なこと言うなー。」
「笹岡ってさあ、誰にでもこういうことしてるの?それとも何かあったの?部活とかで」
「俺え?」
「うん。だって最初からそんな感じだろ。あの時も、生徒会長がどうのとか言ってたし、俺の事、当て馬かなんかみたいに使おうとしてるのかなって」
「ごめん。当て馬って何?」
「…いや、わかんないならいいけど」
暫く間が空き、周りの席をぽつぽつと埋めている客が、時々席を立ってはトイレなどは行く様子を怜は眺める。
「サワグチは今、バスで移動してる所?」
最初と変わらない声で笹岡はそう言う。
「うん。まあ、さっき着いた所。いま、時間潰すためにマックに寄ってるんだけど」
「なんだ。寝てたんじゃないのかよ」
「…」
「ふうん。じゃあさ、今日の昼過ぎに待ち合わせしない?千葉駅に一時に、会おうよ。」
「ええ。」
怜は一瞬詰まる。
完璧にスケジュールを決めてきたわけでは無いが、唐突な申し出に怜は思わず時計を見た。