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午前3時の標本箱
高校三年生の冬。
白石 恒一は、深夜になると眠れなくなる癖があった。
理由はわからない。
将来への不安なのか、人間関係なのか、それともただ静かな夜が嫌いなのか。
布団に入るたび、自分だけ世界から置いていかれている気がした。
ある夜、コンビニ帰りの恒一は、住宅街の奥で古びた標本館を見つける。
昼間には見たことのない建物だった。
入口には小さく、
『午前三時から午前四時まで営業』
と書かれている。
吸い込まれるように中へ入ると、館内には無数のガラス箱が並んでいた。
蝶や鉱石ではない。
中に収められていたのは、「人の記憶」だった。
泣きながら誰かを待った駅のホーム。
父親に褒められた夏の日。
誰にも言えなかった嘘。
別れ話の直前に見ていた夕焼け。
標本は映像でも音でもなく、“感情”そのものとして伝わってくる。
恒一は気づく。
ここにあるのは、誰にも覚えられなかった感情たちなのだと。
館の管理人は、年齢も性別も曖昧な人物だった。
白衣を着ているが、名前は名乗らない。
「人は忘れることで生きています。
忘れなければ壊れてしまうから」
管理人はそう言って、棚の奥にある空の標本箱を見せる。
そこにはまだ何も入っていなかった。
『整理番号:3021 回収予定時刻 午前三時二十七分』
「これは誰のものですか」
恒一が聞くと、管理人は少し笑う。
「まだ“持ち主”が決まっていない記憶ですよ」
それから恒一は、眠れない夜ごとに標本館へ通うようになる。
ある日、彼は一つの標本を見つける。
タイトルは、
『誰にも言わなかった遺書』
中には、ある女子高生の感情が残されていた。
苦しみ、孤独、諦め。
けれど最後に、
「誰か気づいて」
という感情だけが微かに残っていた。
恒一は強く動揺する。
なぜなら、その感情が、自分自身のものとよく似ていたからだ。
翌日、学校で恒一はクラスメイトの水瀬が屋上で一人座っているのを見つける。
普段は明るく振る舞う彼女は、その日だけ異様に静かだった。
恒一は声をかける。
だが、何を話したのかは描かれない。
場面は飛び、その夜。
恒一は再び標本館へ向かう。
館内の棚を探す。
あの「遺書」の標本はなくなっていた。
代わりに、空だった3021番の箱に、新しい標本が入っている。
タイトルはない。
恒一が触れると、そこにはただ、
「ちゃんと、聞いてくれていた」
という温度だけが残っていた。
安心した恒一は、初めて少し笑う。
その時、館内放送が流れる。
『まもなく閉館時刻です。
標本の回収を終了します』
管理人は静かに言う。
「あなたは、もうこちら側に来なくて大丈夫そうですね」
恒一は礼を言い、出口へ向かう。
扉を開ける瞬間、ふと振り返ると、標本館の棚の一角に新しいラベルが見える。
『白石 恒一 午前三時二十七分 回収済』
驚いて目を凝らした瞬間、館内の灯りが消える。
朝。
恒一は自室のベッドで目を覚ます。
窓の外では、いつも通り電車の音がしている。
机の上には、見覚えのない小さなガラス片が一つ落ちていた。
学校へ向かう途中、水瀬とすれ違う。
彼女は少しだけ笑って、
「昨日、ありがとう」
と言う。
恒一も笑い返す。
けれどその直後、彼女は不思議そうな顔で首を傾げる。
「……誰だっけ、君」
コメント
3件
お前課題中にこんなん投稿すんなよぉぉ!!!課題出来なくなるやん!!!なぁぁマジで好き