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「赤鎧って、確か……
あの炎をまとった巨大グモ?」
「そうそう。
この前迷惑かけちゃったみたいじゃん」
私はギルド支部の応接室で―――
ラウラという、アラクネの女性から事情を
聞いていた。
(上半身裸だったので服を着てもらってから)
「迷惑っつーかまあ、下手に倒すといろいろ
面倒な問題が起こるってんで、シンが
見逃したヤツだろ?」
ジャンさんが確認するかのように聞き返す。
実際、一時的に無効化させた後、ハーピーたちを
救出したら、また元に戻して現場を離れたのだ。
(■129話
はじめての くものす(いせかい)参照)
「巨大グモの話はシンさんから聞いていたッスが」
「ええと、もしかしてそのお母さんとか」
レイド夫妻の疑問に、彼女はブンブンと
その赤茶色の長髪を振って、
「いやいや。
まぁ身内っていうかまとめ役?
みたいなモンでさ。
風精霊様とも一応面識はあるんだよ。
何つーか、何か問題が起きた時の交渉役っ
つーか」
風精霊様の実力は言うに及ばず―――
ラウラさんもあの巨大グモより上の立場っぽいし、
それなりに強いのだろう。
自分のところの眷属や身内が何かやらかした時の、
ストッパーというか手打ち役というところか。
つまり……
かなり高度な知能も持っているという事になる。
「それで?
その時の謝罪に来たの?」
「何やら話が見えぬのだが。
別にシンは気にしていないと思うぞ?」
メルとアルテリーゼ―――
妻二人が、私の意見を代弁すると、
「当然、その事に対する詫びもあるけど……
あの子を見逃してくれた事に対する感謝も
あるかな。
命まで取らないでくれてありがと、って」
確かにあの状況なら、捕らえられたハーピーたちを
救出するため、巨大グモを殺していても不思議では
無い状態だったしなあ。
「じゃあホントに、謝るのと感謝を伝える
ためだけに来たんだー」
風精霊様が、ふよふよと宙に漂いながら話す。
「だけって言うが、こういう事は結構重要だぞ?」
白髪交じりの髪をガシガシとかきながら、
ギルド長が指摘し、
「そうッスねえ。
意思疎通が可能なら、早めに話しておくに
越した事はないッス」
「ズルズルと機会を逸していたら、あとあと
どういうトラブルになるかわかりませんし」
褐色肌の次期ギルド長と、その妻のミリアさんが
丸眼鏡をクイッと直しながら続く。
「あの、ロウさんにユキさん。
そういう事情でしたので……」
それまで蚊帳の外だった、魔狼の兄妹に
私は話を振り、
「いえ、そういう事でしたら―――」
「わたくしどもも、急に異形の者が
現れましたので……
先走ってすいません」
漆黒の短髪に白銀の長髪―――
対照的な髪を持つ男女は頭を下げる。
「あーっ!
そうそう、何アンタたち!?
人間にしちゃーいくら身体強化使っている
とはいえ、無茶苦茶速いと思ったら、
急に魔狼の姿になるし!」
ラウラさんが八本の足で立ち上がって指差す。
それを私が片手を振って制し、
「魔狼の姿、というよりもともと魔狼なんです。
今は人間の姿になっていますけど」
その説明に彼女は目を白黒させ、
「まあ私たちは慣れちゃったけど」
「確かに、面食らう事ではあるよなあ」
同じ黒髪の、セミロングとロングの妻二人が
追認するように語る。
「それでどうするのー?」
薄茶の長髪をした子供のような姿の精霊様が、
アラクネの顔の前でくるん、と一回転し、
「え? えーと、まあ。
アタイの謝罪を受け入れてもらったって事で
いいのかな?
んで、そちらから何か要求とかは」
ラウラさんの質問に、なぜか室内の視線が
私へと集中する。
「いえ、こちらとしましても……
双方に犠牲者が出たわけでもありませんし。
それに今各国は、各種族と共存路線を取って
おりますので―――
攻撃されない限り襲わないと約束して頂ければ」
「そうなのかい? わかった。
それはアタイからよーく言い聞かせておくよ。
しっかし、いろいろあり過ぎて疲れた……
2・3日ここに滞在してもいいかい?」
それを聞いた風精霊様は満面の笑みで、
「2・3日で済むかなぁー?」
「??」
きょとんとする彼女をよそに―――
周囲の人間は苦笑を浮かべた。
「メシうまい。
酒うまい。
お風呂サイコー。
何でもしますからここに住まわせて」
数日後―――
宿屋『クラン』で天ぷらそばを頬張るラウラさんを
前に、私と家族も夕食を取っていた。
「まあ今さら、人外が1人増えたくらいで
どうこう言われないと思うけど」
「ラウラこそ大丈夫なのか?
他の種族とは」
「ピュウ」
一通り麺をすすった後、彼女はドンブリから
頭を上げて、
「ハニー・ホーネットには思いっきり威嚇された。
てゆーか、まさかあんなのまでいるとは」
(■135
はじめての とちこうしょう(あるらうね)参照)
ハチとクモだもんなあ。
相性としては最悪か。
後でフォローしに行かないと……
「でもまあ、住むにしろ何にしろ、
一度帰らなきゃいけないんじゃない?」
「うむ。仲間にシンが言っていた事を
伝えねばならないであろう?」
「ピュッ」
家族の指摘に、ラウラさんはだら~んと
上半身をテーブルに乗せて、
「あー、それ忘れてたわ……
誰か代わりに行ってくれないかなあ」
「誰も意思疎通出来ないかと」
「ダヨネー」
私の言葉を諦めるように肯定する。
そこへクレアージュさんがやってきて、
「そういえば、公都で暮らしたいって事だけど……
アンタは何が出来るんだい?」
料理を置きながらラウラさんにたずねる。
そういえば、それも聞いておかないと。
ドラゴン、ワイバーン、ゴーレム、獣人族に魔狼に
ラミア族―――
アルラウネやハチにだって仕事があるのだ。
(ハチは春にならないとダメだが)
彼女だけニートにさせるわけにはいかない。
ロウさんやユキさん相手にあれだけ渡り合えたの
だから、冒険者たちの護衛か何か……
と考えていると、
「そういえば、パックさんって薬師の人に
相談したんだけど―――
アタイの糸にすごく興味持ってくれてさ」
そう言いながら、真っ白な絹糸のような束を
取り出して女将さんに見せる。
「うわ、何だいこれ!?
すごくいい手触り……!」
興味を持った妻たちも触り出し、
「サラサラしてるね。
こんな糸見た事無いよ」
「粘着性の無い糸も作れるのだのう」
「ピュ~」
いつの間にか周囲に人だかりが出来て、
次々と彼女の糸に手を伸ばす。
「なーシン殿。
これ、売り物になるかな?」
私もその手で感触を確かめるが、
「十分でしょう。
後でカーマンさんに話を通した方が
良さそうです。
ちなみにこれ、量産―――
たくさん作る事は可能なんでしょうか」
「メシさえもらえれば!」
ガッツポーズのような姿勢を決めるラウラさんを
前に、食堂は笑いで包まれた。
「……父上。
キャビンの報告書は目を通されましたか?」
ウィンベル王国の遥か東南の地、アイゼン王国。
新生『アノーミア』連邦と最恵国待遇を結んだ国。
その王宮で六十代くらいの老人が、位の高そうな
衣装を身にまとい、王子である息子から問いかけ
られていた。
「ああ読んだ読んだ。
『万能冒険者』の暗殺失敗したんだっけ。
まったく、若いヤツらは何でも短絡的に
問題を解決しようとするんだから、もー」
(■126話
はじめての げいげき(ひなんじょ)参照)
うんざりした様子で王はグチる。
実際、彼は全くその事を知らされておらず―――
国のトップとして思考を巡らせる。
「ワシの知らないところで勝手に動くんじゃ
ねーっての。
んで?
お前はどうするつもりなんだ?」
危機感を持つのはいい事だが、下手に知識と力が
あると、このバカ息子のように暴走するしなあ。
「は、はい。
さらなる調査と……
任務を達成出来なかった者どもには、
しかるべき処罰が必要かと」
息子の答えに、思わずため息が出る。
「あっちがわざわざ、『何も無かった事に』って
気を利かせて送り返してくれた者たちに……
何だって?
どうしてお前は最短距離で、相手を怒らせる事を
思いつくんだよ」
「でで、ですが……処罰はともかく、
その『万能冒険者』は危険です!
恐らく何らかの情報工作が行われているの
でしょうが、その強力な『抵抗魔法』は
放置出来ません!!」
だから何で危険即排除なんだ。
しかも一度失敗した相手に、二度目なんて
差し向けたらどうなる事やら。
「まーいい。
お前の言う通り、『万能冒険者』を暗殺。
排除に成功したとしよう。
で?
妻のドラゴンやワイバーンの群れ、
フェンリル、ラミア族に魔狼といった方々の
怒りはどーするんだ?」
「ハ?
それは……ただの噂に過ぎないのでは」
何で『万能冒険者』は信じられて、実在している
ドラゴンやワイバーンの調査がおざなりなんだ。
「その噂は本物だよ。
我が国の商人たちの間でも持ち切りだし、
目撃情報もごまんとある。
ラミア族や魔狼はともかく、空からの攻撃なんて
まず対応出来ん。勝てん」
ワイバーンの撃墜例はあるにはあるが、ありゃ
単体での話だからな。
それが群れで、しかもドラゴンまで加わるとなると
ほぼ絶望的だ。
「そ、そんな……
それでは我が国はどうすれば」
だからこれ以上勝手に動くんじゃねえって
言いたいが―――
何か対策や理由が無いと納得しないだろうしなあ。
面倒くせえ。
「確かにアレには勝てん。だが……
負けない方法ならある」
「さ、さすが父上!
ぜひお聞かせください!!」
そこでワシはニカッと笑い、
「戦わなきゃいいんだよ」
「……はい?」
目を丸くして動作を停止している我が子の肩を
ワシはポン、と叩き、
「お前なー。
ウィンベル王国の軍人たちの間で流行ってる、
『ソンシの兵法』読んでねーのか?
だいたい戦争なんてのは、戦う前から勝敗は
決まっているんだ。
その仕上げとして実行するに過ぎん」
「そ、それと負けない事に何の関係が」
まだ飲み込めないのか。
ワシは大きくため息をついて、
「だ・か・ら!
こちらから敵対するなと言ってんだよ!
相手が穏健路線で来てくれてんのに、何で
わざわざ勝ち目の無い戦に突っ込まなければ
ならん?」
「し、しかし―――
いつ侵略方針に変わるかわからないでしょう」
ああ言えばこう言う……
しかもあながち的外れでない分質が悪い。
「それを避けるためにまず手を尽くすんだよ。
外交でも商売でも何でも。
はぁ……
やっぱりお前、一度『ソンシの兵法』を
読み終わってから来い。
それ宿題な。
読み終わるまで何もするなよ。いいな?」
「わ、わかりました」
あたふたと出て行く息子の後ろ姿を見送り、
ワシは一人頭を悩ませる。
そういえば、ウィンベル王国から―――
我が国にいるラミア族のような亜人を調査したい、
という書状が来ていたな。
まずはそこで交渉の糸口を探してみよう。
あのバカ息子も含めて……
アイゼン王国の国王は、一人窓の外へ目をやった。
「いやーどーもシンさん。
お久しぶりでっす」
「アラウェン総司令―――」
寝ぼけたような半眼をしながら語る、赤髪の短髪の
アラサーの男を、その部下である歴戦の戦士と
いった、年上のゴツイ体格の男性がたしなめる。
ラウラさんが来てから十日ほど後―――
私は来客が来たとかで冒険者ギルド支部へと
呼び出され、
かつての顔見知りと再会していた。
「どうもすいません。
ウチの総司令が」
「まあ慣れたからもういいけどよ。
諜報機関の総司令が来るなんて―――
新生『アノーミア』連邦で、何かマズい事でも
起きたのか?」
薄茶のショートヘアーをした三白眼の少女に、
ジャンさんが聞き返す。
「起きたっつーか……
起きようとしている、ですかね」
「出来ればシン殿のお知恵を借りられたら、
というのが本音です」
アラウェンさんとフーバーさん、主従の男が
苦々しい表情となり、
「実は我が国というか連邦で、こちらに対する
留学計画が進められておりまして」
次いで出たルフィタさんの説明に、公都側の
人間は首を傾げる。
「何か問題があるッスか?」
「チエゴ国からも受け入れていますし、
別に制限は無かったかと」
レイド夫妻の疑問に、諜報部隊の総司令は
首を左右に振り、
「ウィンベル王国側に問題があるわけじゃ
ないんですよ。
むしろあるのはこっち側でして。
ちょっと聞いて頂けますかね―――」
そこでアラウェンさんから、事情を説明された。
何でも、チエゴ国がフェンリルとワイバーン、
双方と婚姻を結んだ事……
またマルズでもエンレイン王子様がワイバーンの
女王、ヒミコ様と婚約した事により、
公都『ヤマト』で良縁を見つけてこい!
という機運が貴族・豪商の子弟の間で沸き起こって
いるという。
そこで目を付けられたのが留学制度で―――
何とかその枠に自分の子供をねじこもうと、
競争になっているらしいのだが、
「その中にバカがいないとも限りませんのでね。
特に身分が高い連中だと、特別扱いが当然だと
思っているアホどもも多いんで」
「言い方は何ですが、わかりやすく説明すると
そういう事です……」
上司の言葉にうなだれながらも、部下は追認する。
つまり―――
そんな連中が公都に来て尊大な態度を取ったら、
せっかく順調にいっている友好路線に影響が出る。
「子供たちは魔法が使えませんので、それほど
大きな混乱は起こさないと思いますが……
護衛や付き人と称して付いてくる人間までと
なりますと、その」
言いにくそうに諜報部隊メンバー唯一の女性が、
言葉をつなげ、
「その度にシメてやってもいいが、ケガ人でも
出たらコトだな」
面倒くさそうにギルド長が返す。
チエゴ国の時とは状況が異なり―――
様子見や代わりのきく分家や末端ではなく、
本気で送り出してくる人材。
当然、それなりのガードは固めてくる事が
予想されるわけで……
「でもいい加減、『万能冒険者』の噂くらい
知っているッスよね?」
「それにマルズはエンレイン王子様が、
ヒミコ様と結婚予定なんでしょう?
いわばその縁を取り持った場所が公都なのに、
そこでそんな騒ぎを起こすなんて」
次期ギルド長とその妻が、同時に首を傾げるも、
「それがまあ、直接見たヤツと見ていないヤツの
差って事なんでしょうねえ」
「それに去年結んだ各国の同盟―――
あれの真の目的がランドルフ帝国に対抗する
ためっていうのは、まだ一握りの上層部にしか
知らされていませんから」
アラウェンとフーバーさんの言葉に、室内の
ギルドメンバーがうなる。
どこかで公開はするだろうが、実際のところ
まだ戦争になると決まったわけではないし―――
そこは難しい判断だ。
「そのエンレイン王子サマから一言、
言ってもらうってわけにはいかねえのか?
第九王子とはいえ王族だろ?」
ガシガシとジャンさんが頭をかきながら
提案するが、
「今、エンレイン王子様はマルズにいないんです。
王位継承争いに下手に刺激を与えてはならない、
という事で―――
ヒミコ様と一緒にワイバーンの拠点に行って
おります。
もともとあまり王位に興味は無かったようで、
どちらかと言うと、向こうへ婿入りしたような
感じです」
ルフィタさんの言葉を聞いて、みんな納得した
表情になる。
確かにエンレイン様、権力に固執するタイプでは
無かったものなあ。
「しかし、私の知恵と言いましても……
まさか『全員かかってこい』なんて
言えませんし」
するとギルド長が私の方へ視線を向けて、
「それでいいんじゃねえか?」
その言葉に、私を含め彼以外の人間が注目した。
「んで?
マルズに行く事になったの?」
「夫が決めた事に反対はせぬが……
しかし、面倒な事よ」
「ピュピュ~」
自宅の屋敷に戻って、家族に事情を説明する。
「ごめん。
いろいろと巻き込んじゃって」
私が謝るとメルとアルテリーゼは、
「シンだって巻き込まれた側でしょ?
私たちには気を使わないでいいんだって」
「むしろ妻として頼ってくれた方が、我らは
嬉しいものよ」
「ピュ!」
そう言って妻二人は私の頬っぺたの両側を
引っ張り―――
ラッチはその小さなシッポで手をぺしぺしと叩く。
「はは、ありがとう。
じゃあ日程なんだけど……」
こうして家族の同意を得て、マルズ国へ行く日を
待つ事になった。
「ナッシュさん、クローザーさん。
お久しぶりです」
「「…………」」
僧侶のようにローブで身を包んだ、スキンヘッドの
二人が無言で挨拶を返してくる。
マルズ国へ到着したのは、アラウェンさんたちから
話があった二日後。
今回は国防や機密が絡んだ話ではないという事で、
『なる早』の行動を希望され―――
アルテリーゼの『乗客箱』で移動。
次いで留学『候補者』の方々に連絡が行き、
『説明会』を行う運びになったのである。
そして今、その控室で待機しているのだが……
「相変わらず無口だねー」
「寡黙な男は嫌いじゃないがのう」
「ピュウ」
『風神』ナッシュ、『雷神』クローザー……
マルズ国の風雷と呼ばれる二人を前に、
くだけた感じで家族は対応するが、
ただ共にハイ・ローキュストの大群を迎え撃った
戦友でもあるので―――
あまり口うるさい事は言われないだろう。
ていうか本当にしゃべらないなこの人たち。
「あの、これ……
公都で作ってきためんつゆです。
もしよろしかったら―――」
以前、ハイ・ローキュストの防衛戦で
共闘した後、これを所望していた事を
思い出し、お土産として持ってきていた。
(■118話 はじめての ひやしちゅうか参照)
二人はそれを無言で受け取ると、ブンブンと
首を上下に振る。
無口な上に無表情だが、喜んでいるのだろう、
多分……
そこへアラウェンさんが入って来て、
「シンさん!
準備出来ました。
じゃ、バカどもにご説明お願いしまっす」
私は家族に振り返ると、
「じゃあ行こうか。
メル、アルテリーゼ、ラッチ」
「はーいっ」
「わかったぞ」
「ピュッ」
そこで私たちは、『会場』へと場を移した。
「遅いぞ!
いったい何をしておった!?」
「このダーレ伯爵家を待たせるなんて……
ずいぶん度胸があるんですねぇ?」
「『万能冒険者』と言ったが、しょせん
平民であろうが。
まったく、これだから身分の低い者は」
体育館のように広い室内に入ると―――
『留学生候補』の保護者、身内と思われる
人たちが、数十人イスに座って待っていた。
「えーと……
これからウィンベル王国への留学について、
説明会を始めようと思いますのでぇ~」
ひきつった笑顔で話すアラウェンさんを前に、
貴族・豪商と思われる方々は、
「その前にまず謝罪せんか!」
「平民ごときが待たせていい人間では
ないのだぞ!!」
「まずは土下座せい!!
それとそこの女ども、なかなかの美人だな。
その男の妻というのであれば、お前たち次第で
許してやらん事もないぞ?」
ぎゃあぎゃあと身分を盾にわめかれる。
この空気も久しぶりだなあ、と思っていると、
「ふむ、土下座か。
―――こうかの?」
真っ先に動いたのはアルテリーゼだった。
彼女はドラゴンの姿に戻ると、その首を
連中まで伸ばし、
「あ……」
「ひ、ひいぃいいっ!?」
「ドドド、ドラゴンが……!?
ば、万能冒険者の妻がドラゴンという噂は、
本当に……」
そして彼女は彼らの目の前で、ズシン!
と首を落とす。
「土下座とやらは―――
これでいいか?
我が夫に代わってしてみたが……
シンもやらねばならぬか?」
その問いに連中は、首がちぎれんばかりに
ブンブンと左右に振りまくる。
まあこれで、大方の心を折る事には成功した
だろうけど―――
念には念を入れる必要がある。
そこで私はメルと一緒に歩み出て、
「では取り敢えず」
「説明させて頂きまーす♪」
そこで人間の姿になったアルテリーゼも
加わって、『説明』を一通りする事になった。
「―――というわけで、留学される場合は
協調を主として過ごして頂きます。
また、亜人や人間以外の種族とも共存を考え、
その観点から身分を前面に押し出した行為は
控えて頂きたいと思います」
暗に、『ドラゴンやワイバーンに貴族だの
有力者だの言ったところで通じないんだよ』と
プレッシャーをかけ、
「さて他に―――」
「ご質問はないかのう?」
「ピュー?」
メルとアルテリーゼ、ラッチが確認を取る。
ざわめきは聞こえるが、これといった反発はなく、
私は次の段階へ移る。
「ただ、あなた方も……
大事なご子息を向かわせるにあたって、
多少の不安はあるでしょう。
そこで、警備や防衛の代表として私たちが
参りました」
私は一呼吸おいて話を再開し、
「もしこちらへご子息の警護なり―――
護衛をしていらっしゃる方がおりましたら、
攻撃を仕掛けてきてみてください。
私どもは反撃しませんので。
そうすれば、こちらの実力もわかるでしょう?」
「は?」「え?」と来場者から声が上がる。
これが、ジャンさんの提案した『解決策』だ。
さすがに人外に手を出そうとする者は、現時点で
もはやいないだろうが……
人間相手に何かやらかす可能性は残っている。
これで完全に心を折っておくのだ。
「ドラゴンのアルテリーゼの実力は、説明の
必要もないでしょうから―――
私とメルでお相手いたしますよ」
しばらくざわざわと喧騒が続いていたが、
「で、では……
私の連れて来た護衛からお相手させよう」
中でも一番身分が高そうな初老の男性を皮切りに、
『対戦』がスタートした。
「火球!!」
「石弾!!」
「風刃!!」
「水弾!!」
「吹雪!!」
各家が擁する用心棒もといボディーガードから、
数々の魔法が撃ち込まれるが……
今の私は、自分の一メートル以内にいる人間を
抜かして、半径三メートルの範囲に対し、
魔力・魔法を無効化させている。
かつて自分に差し向けられた暗殺部隊への
対策として―――
無効化の範囲を特定させ、使用した事がある。
今回はその応用だ。
(■126話
はじめての げいげき(ひなんじょ)参照)
そのために、アラウェンさんにこの場所を
用意してもらった。
ここは魔力防御壁で作られた施設であり、
床や壁に被害は及ばない。
「ほっ!」
メルが飛んできた石のつぶてを叩き落とす。
時々、慣性の法則に従って石弾や氷の塊が
無効化範囲を抜けて来るが……
それは彼女によって防がれていた。
「はぁはぁ……
こ、こんな……バカな……っ」
「どのような魔法も寄せ付けぬというのか!?」
疲労困憊の極みにある彼らを前に、さらに
アラウェンさんが『増援』を連れて来る。
「はいはい。
じゃあシメとして―――
ナッシュさん、クローザーさん。
お願いします!」
名指しで呼ばれたスキンヘッドの二人は、
手をかざすと……
私とメルの周りに、暴風と目を覆うような輝きが
出現し、
「え……?
ま、まさか……」
「『風神』ナッシュ、『雷神』クローザー……」
「『マルズ国の風雷』がなぜここに!?」
驚く彼らの前で、やがて煙幕のような煙が
晴れていき、私たちが無傷でその姿を現した。
もはや口をパクパクさせている事しか出来ない
ボディガードたちを前に、アラウェンさんは
咳払いして、
「えー、コホン。
ご覧の通り、かつてマルズ国王都、サルバルを
救った英雄―――
万能冒険者、シンさんの実力は本物だとご理解
出来たと思います」
そして最後に魔法を撃った二人の背中を押すように
前面に出し、
「そして今回ご協力頂いたナッシュさん・
クローザーさん、『マルズ国の風雷』は、かつて
新生『アノーミア』連邦の一国マシリアであった
ハイ・ローキュストの大群の防衛戦において、
シンさんと共闘した戦友でもあります」
言外に『マルズ国の風雷』との関係を匂わせ、
『手を出したら後々厄介ですよ~』と最後の
とどめもとい警告を行う。
これで相手の心は完全に粉砕されただろう。
しかしこれだけでは終わらない。
「では、これから……
ウィンベル王国の料理を食べて頂きましょう。
向こうでどのような食生活になるのか―――
知って頂くいい機会だと思いますので」
一応、一通りは脅したので……
その後はアフターケア。
そこで用意してあった各種料理が次々と
運び込まれ―――
即席の立食パーティー会場となり、
「では、他に細かいご質問等ございましたら
受け付けますので。
お気軽に食べながらどうぞ」
その後、私と家族は会場内を回り……
彼らの緊張をほぐす事に務めた。
私がお酒や料理について説明する中、
メルやアルテリーゼも、女性陣を中心として
熱心に話し合っており―――
いつの間にか女性たちだけで離れ、親睦を
深めたりしていたが、
パーティーの中で一番人気だったのは……
小さなドラゴンの子供であった。
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